第26話 初恋の夢は黒猫とともに。(2)
「わわっ! ほんとに直ったし! すごいね、君! マジ感謝だし!」
「ま、まあね」
とか言いつつも、内心ではホッとしている僕だ。
これで上手くいかなかったらカッコ悪すぎだもんな。
「ほんとすごいよ! もう超すごい! あっと、そうだ。直してくれてありがとうございました!」
女の子がガバッと勢いよく頭を下げた。
「お礼なんていいよ。僕は自転車のチェーンをハメただけだから、そんな大したことはしてないし」
「でもアタシにはできなかったもん。急いでたのにチェーンが外れちゃって、どうしよう、どうしようって、もうどんどん焦っちゃって大パニックでさー」
「急いでるとよけいに焦るよね。僕もテストで時間がなくなってくると、焦っちゃって問題文が頭に入って来なくなっちゃうし」
「あ、それわかる~! なんかさ、あと5分とかなると、『うわっ、ヤバイヤバイどうしよ!?』って、頭の中がそればっかりになっちゃうんだよねー」
「そうそう。問題文なんて全然頭に入って来なくてさ。なのに時間だけが過ぎてくんだ」
「マジそれ~!」
距離感が近くて親しみやすい女の子と、初対面なのに妙に話が盛り上がりかけたところで、僕はあることに気が付いた。
「あれ? でも急いでたんなら、自転車も直ったんだし、早く行ったほうがいいんじゃない?」
「わわっ、ヤバッ! 友だちと待ち合わせしてるんだった!」
僕の言葉に女の子はハッとしたように、開いた右手のひらで口元を抑えると、ぴょんと飛び上がるように立ち上がって、直ったばかりのマウンテンバイクに颯爽とまたがった。
カッコ可愛いって言うのかな?
めちゃくちゃ似合ってた。
この子ならママチャリでも余裕で似合うんだろうけど、これはもうそういう次元を超えている。
しかも素敵な笑顔が僕を見つめていた。
胸がドキドキする。
多分だけど、僕の初恋はこの瞬間だったと思う。
顔とか真っ赤になってたんじゃないかな。
「間に合うといいね」
ドキドキがバレないように、落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながらなんとか声を出す。
でも、いつもの自分の声とぜんぜん違ってる。
「せっかく直してもらったんだから、もち間に合わせるし!」
「じゃあ急がないとだ」
「うん、今日はマジありがと♪ ちょお感謝してるし♪」
女の子はそう言うと、素敵なウインクを飛ばしてから、マウンテンバイクで風のように走り去っていった。
その姿が見えなくなるまで見送ってから、
「そういや名前も聞いてなかったな。多分、この辺に住んでる子だよな? 同い年くらいだったし、可愛かったなぁ」
ばあちゃんちに来ないと会えない女の子とはいえ、お互いに自己紹介すらしていなかったのを思い出して、僕はとても残念に思ったのだった。
そんなすっかり忘れていた懐かしい初恋の思い出を、なぜだか僕は何年かぶりに夢で見た。
◇
翌朝。
みゃあ! みゃあ!
耳元から元気な声が聞こえてきて、俺は目を覚ました。
「ふぁーあ……。なんか懐かしい夢を見たな……あの子、どうしてるかな?」
すごく美人になってるんだろうな――などとぼんやり考えながら、寝ぼけ眼で顔を横に向けると、枕元に見慣れない黒いモフモフがあった。
なんだろうと思ったものの、すぐに状況を認識する。
それと同時に、さっき見た夢の記憶は俺の意識から急速に薄れていった。
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