第11話 「陽菜」と「木陰さん」
「ううん、別にいいよ? って、もしかしてたくみん照れてる? かわいー、ウケるー!」
「か、可愛いとか言うなよな」
そりゃ照れるだろ。
天野さん――陽菜みたいな可愛い子に「たくみん♪」なんて可愛らしく呼ばれたり、「陽菜」なんて名前で親し気に呼び捨てしたらさ。
なにせ俺はついさっきまでキラキラ女子とは無縁の、ただクラスが同じというだけでしかないモブ男子Aだったんだぞ?
「ごめんね中野くん。陽菜ちゃんの『ウケる』にはたいした意味がないの。だからぜんぜん、バカにしてるとかじゃないんだからね?」
「ああうん、了解」
心配性な木陰さんに、俺は笑顔を返した。
「美月ー、呼び方ぁ~」
「えっ、わたしも……?」
「なにその反応ー? 美月はたくみんのことを、友達って思ってないわけ?」
「えっ、ええっ!?」
「ううっ、可哀想なたくみん。でもアタシはたくみんのこと、友達だって思ってるからね。あとでライン交換しよっ♪」
「え、いいの?」
「もちもち!」
「陽菜ちゃん、わたしは別にそんなこと言ってないもん」
「ふーん。じゃあいいよね。3、2、1、0、はい、どうぞ♪」
陽菜のマシンガントークの前に、木陰さんは軽々と手の平の上で転がされてしまった。
うーむ、すごい。
このトーク力には一生勝てる気がしない。
「た、『たくみん』はその、恥ずかしいから……拓海くんって呼んでもいいかな?」
木陰さんが上目づかいでおずおずと提案した。
「もちろんだよ……木陰さん」
俺はなんと呼ぼうか少し悩んでから、今まで通りに木陰さんと「名字+さん付け」で呼んだ。
「木陰さん? うーん、ちょっと他人行儀すぎない? ふつーに美月でいいじゃん」
しかし陽菜から速攻でダメ出しをされてしまう。
「普通……なのかな?」
「ふつーでしょ?」
さらにノータイムで即答されてしまった。
「でも今日ずっと木陰さんって呼んでたから、俺の中ではもう木陰さんは木陰さんなんだよなぁ」
「ふーん。ま、あるよね、そういうこと」
「えらくあっさり納得してくれるんだな?」
「固定観音て言うんでしょ? 知ってるよー」
「陽菜ちゃん。固定観音じゃなくて、固定観念だよ」
「……そうとも言うかも?」
「そうとしか言わないし。でもそういうことなら、わたしもやっぱり中野くんで――」
「それは却下」
「ええっ、なんでよ陽菜ちゃん?」
「だってアタシだけたくみんって呼んでたら、ちょっとハズイじゃん?」
「なんだ、実は恥ずかしかったのかよ」
「えへっ、ちょっとだけね。男子を名前で呼ぶことってあんまりなかったから」
陽菜は明るいし社交的だし、交友関係が広そうなんだけど、意外と男友達はいないタイプなんだな。
なにか理由でもあるのか聞いてみたくもあったが、さすがに今日初めて話した間柄では踏み込み過ぎな質問というものだろう。
「じゃあ2人は拓海くんと木陰さんで決定ね♪」
「あ、はい……木陰さんです」
「え、えっと拓海くんです」
俺と木陰さん――美月はぺこりぺこりと、そろって頭を下げ合った。
「2人してなんで変な自己紹介したの?」
「えっと、なんとなく……」
「俺もなんとなく……」
「あはは、2人ともウケるー!」
挙動不審な俺と木陰さんを見て、陽菜がお腹を抱えて笑った。
「で? 美月はなんで猫を抱っこしてるのかな? 可愛いけど」
陽菜が木陰さんの抱いている子猫に顔を近づけると、
ミャア?
ここまで木陰さんの腕の中でぬくぬくしながら、俺たちのやり取りを素知らぬ顔でスルーしていた子猫が、近づいてきた陽菜の顔に反応して、目を大きくクリクリさせた興味深そうな顔を向けた。
「それも含めて、今日のいきさつとかを話したいから、いったん家の中に入らないかな? まだ雨が降ってるしさ」
小雨になったとはいえ、完全に上がったわけではない。
子猫を抱いてる美月も、いつまでも抱きっぱなしだと腕が疲れるだろうし。
「ん、りょーかーい」
ヘッドロックして家に入るのを妨害したさっきとは打って変わって、陽菜は簡単にOKしてくれた。
というわけで。
無事に誤解を解いて、陽菜と美月の美少女ツートップと友達になった俺は、2人を俺んち――正確にはばあちゃんちだが――の中へと案内した。
え!?
木陰さんだけでなく陽菜まで。
美少女ツートップが2人揃って俺んちに来るとか、え、マジばな!?!?Σ(・ω・ノ)ノ!
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