第10話「あははー、そんなことないよねー。ね、たーくみん♪」

「だから覚えてるって言ったでしょ? こう見えてアタシ、人の名前を覚えるの得意なんだよねー」


「だよね、もぅ。なのに陽菜ちゃんが覚えてないって言うから、わたしほんとビックリしたんだからね?」


「えへへ、めんちゃい♪」


「でもねでもね、陽菜ちゃんって本当にすごいんだよ? いつも初日からクラス全員の顔と名前をばっちり覚えちゃうの」


 自分のことではないのに、どこか自慢気に胸を張って語る木陰さん。

 いつもは猫背気味の姿勢で隠されている大きなアレが、激しく自己主張した。


 思わずガン見してしまいそうになって、俺は自制心をフル動員して、釘付けになりそうな視線を引きはがした。


 女子は男子のエロ目線に極めて敏感だと聞く。

 1年生美少女ツートップにエロ男子とか思われたら、俺の高校生活は死あるのみだ。


「じー……」

 天野さんが俺を観察するような目で見たような気がしたが、気がしただけだと信じることにする。


 俺は青少年のアオハルを必死に抑えつつ、素知らぬふりをして話を続けた。


「それいいなぁ。だって名前を覚えるのが得意ってことは、日本史や世界史が得意ってことだろ? すごいスキルだ。羨ましいよ」


 ――というわけでもないようで。


「……それとこれとは話が別かな♪」

「陽菜ちゃん、歴史が一番苦手だもんね」


「あれ? そうなのか? 名前覚えるの得意なんだよな?」


「だってクラスメイトの名前は憶えても意味あるけど、大昔の人の名前とか役職とか、あれこれ覚えたって意味なくない? 織田信長やオクタビアヌスがアタシに何してくれるっていうの?」


 学生がみな抱くであろう若者の疑問を、俺に投げかけてくる天野さん。


「覚えておけば、テストの点数が上がる……とか?」


 しかし気の利いた答えがパッとは思い浮かばず、当たり障りのない答えを返してしまう俺。

 実につまらない男である。


「んもぅ、陽菜がバカなことばっかり言うから、中野くんが困ってるでしょ」


「あははー、そんなことないよねー。ね、たーくみん♪」


 天野さんがケラケラと朗らかに笑った。

 木陰さんの百合の花のような優しい笑顔とはまた違う、太陽がさんさんと照らすような明るい笑顔だ。


 っていうか。


「た、たくみん? えっと、俺のこと?」


「うん。中野拓海だから、たくみん。どうどう、悪くないっしょ?」


「…………」


「どしたの、たくみん? 黙っちゃって。もしかしてあんまり気に入らなかったり?」


「そういうわけじゃないんだけど」

「だったらどーして?」

 

「女の子にあだ名で呼ばれるのは初めてだったから、戸惑ったっていうか。どう反応したらいいものか悩んだっていうか」


「あははっ、たくみんは純情ボーイなんだね。あれでしょ、今までカノジョとかガールフレンドとかいなかったでしょ?」


「まぁ、そうだけどさ」


 マシンガントークでグイグイと距離を詰めてくる天野さんに、俺はもうタジタジだった。

 だけど人懐っこい子犬がじゃれついてくるみたいで、嫌な気はしないから不思議だ。


 これがキラキラ女子グループを率いる女王のコミュ力というものか。


「ちょ、ちょっとぉ!? 陽菜ちゃんの頭の中には、失礼って言葉がインプットされてないのかな!?」

 そしてまたまた焦る木陰さん。


「え? コイバナくらい友達だったら普通っしょ?」


「友達……俺と天野さんが?」

「陽菜でいいよー。友達なんだし」

「え――っ」


 既に天野さんの中で、俺は友達というカテゴリーにいるようだった。

 すごく嬉しかったものの、俺がキラキラ女子と友達になってもいいのかなという、遠慮のような気持ちが同時にあった。


「それにアタシだけたくみんって呼んでたら、なんかアンバランスでしょ?」


「まぁ、そうだな……じゃあ、陽菜」


「うわぉ、呼び捨て♪ やるぅ!」


「わ、悪い! 陽菜でいいって言うから、つい」


 しまった……!

 せめて「さん」か「ちゃん」を付けるべきだった。

 カレシでもないのに、なに女の子を下の名前で呼び捨てにしてるんだ!


 これだから年齢=彼女いない歴の男子はよぉ!


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