第9話「だから勘違いしないでよね。アタシ、そんな冷たい女じゃないもん」

「2人は仲がいいんだな」

「まぁね。アタシと美月は、生まれた時からの幼馴染だから」


「生まれた時から!? うわっ、すごっ! ドラマみたいだ!」

 2人の関係の深さに、俺は心底ビックリしたのだが――。


「ただの冗談だから信じちゃだめだよ中野くん。普通に小学3年生からだから」


「え……?」


「わたしが転校してきた時に、陽菜ちゃんが声をかけてくれて、それ以来なの」

「えへへ、ちょっと盛った感じ?」

「もぅ、どこがちょっとよ。盛り過ぎでしょー」

「えへっ、めんちゃい」


「お、おう……」


「陽菜ちゃんってば、ほんともぅ。中野くんが完全に呆れちゃってるよ?」

「え、そう? ねぇねぇ呆れちゃってる?」


「あー、まー、その、なんだ。とりあえず2人がすっごく仲が良いのはわかったぞ」

 俺は若干、言葉を濁した。


「ほら、ちゃんとアタシたちの関係性が伝わってるじゃん。結果オーライだしー」

「中野君は優しいからそう言ってくれただけでしょー」


 終始明るい様子の天野さんと、もはや天野さんの保護者感すらにじませる木陰さん。

 学校では見られない2人の本来の関係性。

 これはきっと学校の誰も知らない、俺だけが知っている2人の姿だ。


 だけど天野さんはここで少し真剣な顔をしてから、言った。


「それとね。さっきのは冗談だから」


「え? さっきのって? 何の話だっけ?」

 急に話が飛んだように感じて、俺は少し戸惑ってしまう。

 

「名前のこと。アタシ、クラスメイトの顔と名前くらいちゃんと覚えてるから」


「ああ、そのことか」

 マジで気にしてなかったんで、言われるまで全然思い至らなかった。


「だから勘違いしないでよね。アタシ、そんな冷たい女じゃないもん」


 おおっと?

 これはあれか。


「もしかして気を使ってくれた感じ?」


「そりゃクラスメイトから『名前を覚えられてない』なんて言われたら気分悪いでしょ?」


「陽菜ちゃん、さっきのわざと言ったんだ? そういうの、あんまりよくないよ」


 と、そこで横から木陰さんの強烈な一言が入った。

 怒っているのか、声のトーンが少し低い。


「だから悪かったって言ってるじゃんかー」


「世の中、言っていいことと悪いことがあるよね。これは完全に後者だと思うな」

「はーい……」


 木陰さんに叱られて、天野さんがシュンとした。

 なんか教室で見る2人とは本当に正反対で新鮮だ。

 意外過ぎて、正直ちょっと面白いまである。


「あはは、それなら本当に気にしなくていいって。もともと俺はあんまり目立つ方じゃないし、まだ入学して間もないし、名前を覚えられてなくてもぜんぜん普通だから。それに冗談だったんだろ?」


「それはもちろん。来月のお小遣いに誓って冗談だったもん」

「お小遣いに誓うとは、また大きく出たな」


 高校生が来月のお小遣いに誓うのは、相当な決意の表れだ。

 なにせお小遣いがなければ、何も行動できないに等しいからな。


 学校帰りに友達とマックにも行けないし、休日に遊びにも行けない。


 ……あ、これはどっちも俺には関係ないな。

 クラスに同中おなちゅうの知り合いがいなかったから、入学直後の友達作りに失敗して、まだ友達いないんだよなぁ……。


「あのね、陽菜ちゃん。陽菜ちゃんの冗談はあんまり笑えないの。気を付けた方がいいと思うよ?」

 少し呆れたように言う木陰さん。


「ええー? そんなことないし。ね、そうだよね、中野拓海くん♪」


「え? ああいや、その、どうなんだろう……な?」

 俺は作り笑いをしながら、あいまいに言葉を濁した。


 親しくないどころか初めて話す関係なのに、いきなりそんな質問されても困る、というのが俺の正直な気持ちだ。


 だってこれ、2人のうちのどちらの味方になるかを選べってことだろ?

 どっちを選んでも角が立つ選択をするのは、ちょっと苦手だ。

 できればみんなで仲良くしたい。


「あー、いっけないんだー! ゆーじゅーふだんだー! 女の敵だー!」

 そんな俺の態度を見て、天野さんが楽しそうに笑いながら俺を指を差し、


「陽菜ちゃん、人の顔を指差すなんてお行儀悪いよー」

 そんな天野さんを木陰さんが可愛らしくたしなめた。


 と、そこで俺はあることに気がついた。


「っていうか天野さん、フルネームで覚えてくれてたんだ、俺の名前」


 そのことに、ちょっと──いやかなりビックリする。

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