第6話 俺と木陰さんと相合傘

 さらに少し話し合った結果、木陰さんが子猫を抱っこして、俺が傘を差して一緒に入ることにする。


「待たせてごめんね。今から新しいおうちに行くからねー」


 ミャア?


 木陰さんが子猫を抱き上げると、子猫は目をくりくりさせながら可愛く鳴いた。

 それを見て笑みを深める木陰さん。


「この笑顔が見れただけでも良かったよな……」

「えっと、何か言いました? ごめんなさい、子猫と話してて聞き逃しちゃいました」


 木陰さんはそう言いながら、子猫から俺へと律義に視線を移した。


 だけど今のは聞かれてなくてセーフだった。


 これはバスケ部エースの高身長イケメン先輩とか、眼鏡クイッな秀才イケメン生徒会長とか、雑誌でファッションモデルをしているオシャレ男子とかだけに許されるイケ台詞だ。


 間違ってもモブ男子Aが、1年生美少女ツートップに言っていい台詞ではない。


「ごめん、ひとり言。じゃあ、帰ろうか」


 ミャア!


 木陰さんが何か言う前に、代わりに子猫が元気よく鳴いて、それを見た木陰さんがクスリと笑った。


 俺は木陰さんの方に広めの傘下エリアができるように、木陰さん側に傘を差す。

 そのまま、子猫を抱いた木陰さんと肩を寄せ合って歩き出した。


 木陰さんに抱っこされた子猫は、ごろごろと喉を鳴らしながら、嬉しそうに目を細めている。


 意図せず相合傘になってしまったが、木陰さんは特に嫌そうな素振りは見せなかった。

 むしろ自分の方に傘が寄せられていることにすぐに気付いて、顔だけ俺に向けて言った。


「傘、半分半分で大丈夫ですよ?」

「さすがに女の子を濡れさせるわけにはいかないから」


 キラキラ女子を濡れさせるなんてとんでもない!

 何様のつもりだ俺!


「でもこれだと中野くんが濡れちゃいます」


「濡れるっていっても肩のところだけだし、雨もだいぶ小降りになってきたから全然平気」


 強がりでもなんでもなく、雨はかなり勢いを弱めていた。

 そう遠くないうちに、あがるはずだ。


「今日は肌寒いから、少し濡れただけでも風邪を引いちゃうかもです」


「ほんと気にしないでってば。俺にもこれくらいの甲斐性はあるんだ」


「甲斐性の問題……なんでしょうか? あ、だったら――」


「ん?」


「えっと、その、だったら――」

「だったら?」


「だからその――」

「うん」


 何か言おうとしている木陰さんの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。

 なんだろう、今になって相合傘が恥ずかしくなったとか?


「だったら、こ、こうするしかないよね……えいっ!」


 しかし木陰さんは意を決したように小声で掛け声をつぶやくと、俺にピタリとくっつくように、さらに身体を寄せてきた。


 俺の右側面に、木陰さんの左側面がふよんとくっつく。

 二の腕や肘に触れる木陰さんの柔らかい感触に、トクンではなくドクドクドクン!!! と鼓動が跳ねあがる。


「え、えと、木陰さん!?」

「こ、これなら2人とも濡れないもんね!」


「あ、ああ。まぁ、うん。そうだけど……」

「…………」


 そして顔を赤くしたまま俺にピタッとくっついた後は、木陰さんはうつむいてしまって一言も発しなくなった。


 ちょ、ちょっと木陰さん!?


 この状況を作るだけ作っておいて、「わたしは精一杯頑張ったのでもう無理です、後は任せました」みたいな態度で黙り込まないで欲しいな!?


 この状況でさらっとトークを再開できるほど俺は女の子慣れしてないし、メンタルも硬くないんだけど!?

 なんなら年齢=彼女いない歴だから慣れるとか以前の問題だし!


「……」

「……」


「…………」

「…………」


 俺と木陰さんは、無言のままで肩をくっつけ合って俺の家へと向かった。


 ミャア?


 俺たちが急に静かになったからか、子猫がくりくりした瞳で木陰さんの腕の中から見上げてくる。


 なんだよお前、俺がヘタレなのを笑ってるのか?

 泣くぞこの野郎。


 それでも木陰さんは俺とくっついたままの状態をキープしていたし、嫌われてはないんだろうなと、なんとなく思った(自意識過剰ではないと思う)。


 そして制服越しとはいえ、初めて触れる女の子の身体はすごく柔らかくて、俺はずっとドキドキしっぱなしだった。


 もっともっと、この時間が続けばいいのにな――。


 しかし俺の願いもむなしく、すぐに俺の家(ばあちゃんち)にたどり着いてしまう。


「着いたよ。ここが俺のばあちゃんち」


 たどり着いた以上は、肩をくっつける必要も、相合傘をする必要もなくなってしまう。

 この奇跡のような瞬間はもう終わり。


 少し残念に。

 だけどおおいにホッとしているヘタレな俺がいた。


 しかしホッとしたのも束の間。

 新たな出会いが俺を待ち受けていた。


 そのまま門を開けて庭に入ろうとしたところで――、


「こらぁ! ちょっと待ったぁ!」


 大きな声が飛んでくるとともに、門から入ろうとした俺は後ろからガシっと強烈にヘッドロックを決められてしまったのだ――!

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