第5話「でしたら、今から中野くんの家にご一緒してもいいですか?」

「でも――」

「ん?」


「それじゃあ中野くんに、この子のお世話を押し付けることになります」


「それは気にしないでいいよ。この子猫かなり人慣れしてるから、多分だけどそんなに手間はかからないはずだから」


 おそらくだけど生まれてからしばらくの間に、それなりに躾けられている。

 しかも人間を怖がらないように、丁寧に優しく。


 そこまでするなら捨てずにちゃんと飼うか、里親でも探せよと思わなくもないが、今それを言っても仕方がない。

 何かやむにやまれぬ事情でもあったんだろう。


「でも2人で見つけたのに、中野くんにだけ迷惑をかけるのは、やっぱりよくないと思うんです」


「だから全然、気にしなくていいってば。言っただろ、これも何かの縁だって。俺はこの縁を大事にしたい。それに知ってる誰かに飼ってもらえたほうが、木陰さんも安心できるだろ?」


「それは、そうだけど……」


「木陰さんの感謝の気持ちは、ちゃんと伝わってるからさ。野良を何匹もとかなると大変だろうけど、躾けられた子猫一匹くらいなら俺でもなんとかなるから。だからこの子は俺に任せてくれないかな?」


 子猫が心配&俺に迷惑をかけたくないって気持ちがいっぱいの木陰さんを安心させるために、俺はしっかりと木陰さんの目を見て伝えた。


「わかりました」

 それで少し気も楽になったのか、木陰さんは納得したようにまたもや大きく頷いた。


 ただ視線は少し交わったあと、すぐに外された。

 俺が嫌いなわけでなく、男子が苦手だからした反応だと信じたい。


 さて、これで子猫のお世話論争は終わりだ。

 後はこの子猫をうちに連れて帰るだけ。


 俺と木陰さんの偶然の出会いも、これにて終了――


「中野くんの――えっと、お祖母ちゃんのおうちってこの近くなんですよね?」


 と、ここで木陰さんが急に話を変えた。


「もうすぐそこだよ。公園を出たら右に曲がって道なりに行ったところにある、ちょい古めの普通の庭付き一軒家」


「でしたら、今から中野くんの家にご一緒してもいいですか?」


「え、い、今から? ――って、え? うちに木陰さんが来るの?」


 木陰さんの突然の提案に、俺は自分でもそうと分かるくらいにきょどってしまった。


「あ、えっと、ごめんなさい。なにか中野くんに協力できたらなって思ったんです。でも急に言われても、中野くんだって都合がありますよね……」


 俺の反応がアレすぎたからか、木陰さんは俺の都合が悪いと受け取ったようで、申し訳なさそうな顔をしながら、胸の前で両手をワタワタと大げさに左右に振った。

 コミカルな仕草がなんかもう超可愛い。


「別に都合は悪くはないんだ。もうほんと、ちっとも。ぜんぜん」


 都合は悪くない。

 帰宅部かつ、一人暮らしのモブ男子Aに、そんなたいそうな予定があるはずもない。


 帰ったら配信でも聞きながらだらだらゲームでもしよう、とか思ってたくらいには毎日、暇を持て余している。


 木陰さんみたいな可愛い女の子が来るなんて、むしろハッピーカムカムウェルカムマキシブーストだ。


 一人暮らしを始めてまだ間もなく、家の中も綺麗なままだから、女の子が遊びに来ても部屋が汚くて引かれることもない。


 だから俺が気にしたのは、一人暮らしの男子の家に同年代の女の子が一人で来るという点についてだった。


 だってまずいだろ? いろいろと。


 木陰さんは美人で可愛くて巨乳――ん、んん! 優しい子だし、間違いが起こってしまっては大変だ。


(起こす気はないよ。ないんだけど、年頃の男女が一つ屋根の下で2人きりになると、間違いとかそういのが、ねぇ??)


 それにもし誰かに見られでもして、俺と付き合ってるみたいなありえない誤解をされて、木陰さんに変な噂が立ったら申し訳なさすぎる。


 いやでも、一人暮らしなのはさっき木陰さんに伝えてあるし、木陰さんもその辺りはわかったうえで言ってるはずだよな?


 となると。


 俺がここで「そういうこと」を改めて口にするのは、俺が木陰さんが家に来ることを過剰に意識していることを自白するに等しく、自意識過剰系男子だと思われるかもしれない。


 木陰さんは面白おかしく言いふらしたりはしないだろうけど、そもそも自意識が過剰な男子だと木陰さんに思われること自体が嫌だった。


(実際、過剰に意識しまくっているので、思われても仕方ないのだが……)


「じゃあ少しだけ、中野くんのおうちにお邪魔してもいいですか? 1人よりも2人の方が、きっといいアイデアが出ると思うんです」


「三人寄れば文殊の知恵、的な?」

「はい。もちろん長居はしませんから。すぐに帰ります」


「いやいや、全然長居してくれてもOKだよ。いつも放課後は暇してるし。なにより俺も猫の扱いに詳しいわけじゃないから、木陰さんが手伝ってくれるなら正直ありがたい」


「ほんと? じゃあ適度にお邪魔させてもらうね」


 話がうまくまとまり、木陰さんがくすっと微笑んだ。


 男子と話すことへの緊張がほぐれてきたのか、はたまたもふもふ可愛い子猫の存在が木陰さんの心のガードを下げさせたのか、そもそも俺があまり男子として意識されていないのか。


 もしくはその全てか。


 木陰さんの心中はわからないが、いつの間にか木陰さんはキラキラ女子グループで話しているときのようにフランクな口調に近くなっていた。


 男子とほとんど話さない木陰さんが、俺にだけ親し気に話してくれる。

 しかも今からうちに来る――そのことにちょっとした優越感を覚えてしまう。


 もちろん木陰さんは俺の家に行きたいのではなく、子猫の世話をしたいだけだ。

 だからこの素敵な笑顔も親し気な口調も、俺を通して子猫に向けられたもの。


 だから勘違いするなよ中野拓海。


 1年生美少女ツートップの木陰さんが、初めて話したモブ男子Aに好意を抱いたのかも――なんてのはイタすぎる妄想だぞ。


 あーやだやだ。

 これだから男子は。

 すぐ勘違いするんだから、もう。


 とかなんとか木陰さんに思われたら、マジで死ねる(俺の心が)。


 俺は心の中で、分相応をわきまえろと念入りに自分に言い聞かせた。


 まぁそれはそれとして。

 1年生美少女ツートップの一人、木陰美月さんが俺んちに遊びに来ることになった。


 なってしまった。



 え!?

 マジで!?Σ(・ω・ノ)ノ!?

 

 同じクラスだけど、ついさっきまで話したことすらなかったのに――!

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