第4話 心配性な木陰さん

「だったらこの子猫、俺が引き取ってもいいかな?」


「え? 中野くん、引き取れるんですか?」

 木陰さんが目を大きく見開きながら俺を見た。


「俺も見捨てるのは心苦しいし、これも何かの縁かなって思うんだ」


「でも勝手に決めちゃって大丈夫なんですか? ご家族のご了解も要りますし、無理はダメですよ?」


「それなら大丈夫。俺、一人暮らししてるから」


「一人暮らし……ですか?」

 木陰さんがこてんと可愛らしく首を傾げた


「実はそうなんだ」

「あの、えと、もしかして中野くんのご両親って――」


 木陰さんがしまったって顔をしながら口元に手を当てた後、イチ推しのVtuberが突然何の前触れもなく引退発表したのを見たかのような、沈痛な表情になった。


 視線がおろおろと、あちこち行ったり来たりしている。


 おおっと、この反応。


 捨て子猫にご飯を買ってきてあげるくらい優しい木陰さんのことだ。

 俺か両親と死別してるとか、そういう想像をしたに違いない。


「あはは。多分、木陰さんの勘違い。俺の両親は元気だよ」


「……なのに一人暮らししてるんですか? 高校生なのに?」


「俺が今住んでるのは、元々はばあちゃんの家なんだ」


「中野くんのおばあちゃんのおうち……ということは……」


 再び沈んだ顔を見せる木陰さん。

 本当に他人の気持ちに敏感な、優しい女の子なんだなぁ。


「一応言っておくと、ばあちゃんも生きてるからね。足腰が弱ってきた以外は全然、元気。今日もばあちゃんのいる老人ホームに顔を出して、その帰りだったんだ」


「そうなんですね。ふぅ、よかったぁ……」


 木陰さんはホッとしたような大きく息を吐いた。

 だけどやっぱり不思議そうな顔は変わっていない。


 俺の状況がまったくわからないからだろう。

 別に隠すようなことでもないし、せっかくだから一人暮らししている理由を説明しておこう。


「今年の2月から、ばあちゃんが老人ホームに入ったんだ。だけど何十年も住んできた、亡くなった爺ちゃんとの思い出がいっぱい詰まった家を、生きてる間は売りたくないって言っててさ」


「その気持ち、すごくわかります。大切なものがそこにあるってだけで、心の支えになりますから」


 妙に納得したように、木陰さんがふんふんと頷いた。

 なにか実感することでもあるんだろうか?


「でも、家って誰も住んでないとすぐに荒れちゃうらしいんだ」


「それもわかります。旅行とかでちょっと掃除をしないだけで、すぐにほこりが溜まっちゃうんです」


「らしいね。で、ちょうど俺が白陵台高校に進学してさ。ばあちゃん家からは徒歩で通えるところだったから、ばあちゃんちを保守する代わりに、一人暮らしさせてもらえることになったんだ」


「そういう理由だったんですね」


 木陰さんが納得するように大きく一度頷いた。


 説明したらなんてことはないんだけど、説明しなければ絶対にわからない話だろう。


「そういうわけだから、家族の了解は必要ないんだ。まぁ、後でばあちゃんには連絡するけど。でもばあちゃんも猫好きで、昔、捨て猫を拾って飼ってたから、ダメとは言わないと思う。この子猫とそっくりの黒猫だったし」


 その黒猫が2年前に老衰で天寿を全うするまでは、俺もばあちゃんちに来るたびに撫でたり餌をあげたりしていた。


 逆に言うとそれくらいしかしてなかったので、猫を飼うノウハウを俺は持ち合わせてはいないんだけれども。


 そして、ばあちゃんはかなりの人情家だ。

 人や縁を大事にしなさいと、よく言っていた。

 何なら今日も老人ホームに顔を出した時に言われた。


 そんな人情にあついばあちゃんの老人ホームに顔を出した帰りに出会った子猫は、まさにこれ以上ない縁があるのではなかろうか。

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