第3話 子猫にご飯をあげる木陰さんと、見守る俺
「よかったら、俺が傘をさしていようか?」
「え?」
「片手じゃご飯をあげにくいよね? もちろん邪魔じゃなかったらなんだけど」
袋の封を切るにしても、子猫に食べさせるにしても、傘を持ったままじゃなにかと不便だろうと思ったのだ。
だからこれは当然の申し出であって、これをチャンスとばかりに木陰さんと仲良くなってやろうとガッツいているとか、そういうんじゃないんだ。
これはもうほんとにほんとだから!
――って、なんで俺は心の中で、自分に対してしなくても言い訳をしてるんだ。
でも、やっぱり余計なことを言ったかもだなぁ。
木陰さんは男子が苦手だって話だし、子猫をだしにしてお近づきになろうとしているって誤解されたかも。
なんて俺はビクビクドキドキしていたんだけど、
「……じゃあ、お願いしてもいいですか?」
木陰さんはほんのわずか考えるような間を空けてから、控えめな笑みを浮かべながら言った。
「あ、うん。任せてよ」
俺は木陰さんの傘を受け取ると、自分の傘と二刀流。
濡れた地面にスカートが付かないように丁寧に膝で挟み込む木陰さんに、思わず目を奪われそうになりながら、しゃがみこんだ木陰さんが濡れないように、木陰さんの傘を身体の上にそっとかざした。
「はい、どうぞ」
両手フリーになった木陰さんが満を持して、スティックペースト状の猫おやつを子猫の口元へと差し出すと、
ミャア!
お腹を空かせていたのだろう、子猫はさっきまでとは打って変わって元気に一鳴きすると、まったく警戒することくパクパクと食べ始めた。
「わわっ、すごい食欲です」
「かなりお腹が減ってたんだろうね」
パクパクパクパク。
猫の食べるスピードに合わせて、木陰さんがペーストを押し出していく。
俺はお姫様を守る
パクパクパクパク。
パクパクパクパク。
爆食子猫の前に、1袋2本入りのスティックペースト猫ご飯は、すぐになくなってしまった。
ミャア?
子猫がもっと食べたいと言わんばかりに、可愛らしく鳴いてアピールをする。
「ごめんなさい、ご飯はもうないんです」
そんな子猫に、申し訳なさそうに呟きながら頭を下げる木陰さん。
動きに合わせて、綺麗な黒髪がさらりと流れた。
ミャア……。
言葉はわからずとも、ご飯はもうないという事は伝わったのか、子猫は寂しそうに小さく鳴いた。
「なんとかしてあげたいんですが、こんなことくらいしかできないんです。ごめんなさい」
申し訳なさをいっぱいに含んだ木陰さんの声。
子猫のことを心から心配しているってことが、これでもかと伝わってくる。
食べ終えた子猫の頭を優しく撫でる木陰さんの顔は、俺の位置からじゃ見えないけど、きっと泣きそうな顔をしているに違いなかった。
この子猫の面倒を見る義務なんて木陰さんにはないのに、猫用のご飯まで買ってきて、こんな風に悲しんであげられる。
可愛いだけじゃなくて、優しい女の子なんだなって思った。
「じゃあ、もう行きますね。本当にごめんなさい」
木陰さんはもう一度子猫に謝ると、俺から傘を受け取って、ゆっくりとした動作で立ち上がる。
しかし立ち上がっても、視線は子猫にジッと向けられたまま。
この場を離れることへの未練がひしひしと伝わってくる。
「木陰さんの家では猫は飼えないんだよね?」
「お父さんがインコを買ってるから、猫は厳禁なんです」
「あー、インコと猫は超まずいよな……」
捕食者である猫との共同生活は、インコにとっては相当なストレスだろう。
そして家で引き取れない以上、木陰さんにできることはもうなかった。
高校生にできることなんてたかが知れている。
まさに打つ手なし――だけれど。
心優しい木陰さんにこんな悲しそうな顔をさせたくないって、俺の中の男子のプライドが妙に強く主張していた。
モブ男子にもモブ男子なりのプライドがある。
何より俺にはできることがあった。
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