第7話「こらぁ! ちょっと待ったぁ!」
「こらぁ! ちょっと待ったぁ!」
「ぐえっ──!?」
不意打ちで後ろからヘッドロックを決められた俺は、潰れたカエルみたいな無様な声を上げつつも、しかし落としそうになった傘を必死に握り直した。
たとえ俺はやられても、木陰さんだけは濡れさせるわけにはいかない!
俺なりの使命感から来たとっさの行動だった。
やるじゃん俺!
でもそれはそれとして。
誰か知らんがヘッドロックはヤバいから!
腕が完全に俺の首に入ってるから!
気道が塞がってるから!
い、息が……苦し……ちょ、まじやめて……ガチで……死ぬ……。
呼吸が苦しくなる中で、だがしかし同時に俺は背中に極めて柔らかいものが当たっていることに気が付いていた。
ふにょん、ふにょん。
今まで体験したことのない得も言われぬ柔らかいものが、俺の背中にむぎゅむぎゅむぎゅりと押し付けられているのがわかる。
こ、これはもしや、おっぱい――とかそう言うことを考える前に、今は息、息! 息をする方が先だ!
「ギブ、ギブ……マジギブ……ラブアンドピース……」
必死に声を絞り出しながら、背後から首を締めあげる腕を、傘を持たない方の手で必死にトントン、トントンと叩いて「参った」をする。
と、
「ゆっとくけど抵抗しても無駄だからね」
犯行者に殺意はなかったのか――日本の住宅街でそんなものがあったら困るのだが――すぐにヘッドロックは解除された。
「けほっ、こほっ、えほっ……はぁ、はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」
呼吸が回復し、身体中に酸素が行き渡る。
普段は全く意識なんてしないけど、息ができるってこんなにも素晴らしいことだったんだな。
「純真無垢な美月をナンパして家に連れ込もうとしたんだから、これくらい当然だっての。ああもう、マジ気が付いてよかったし!」
せき込む俺の前で、両手を腰に当てて睨んでくるのは、茶色のふわふわボブに片方だけサイドポニーを垂らしたギャル系美少女。
モデルのように小顔で整った可愛い顔だが、今は怒りで目がつり上がっていた。
そして木陰さんと同じ白陵台高校のブレザー制服、これまた同様に真新しい制服を着ている。
小雨をものともせずに貫禄ある仁王立ちする彼女は天野陽菜さん。
木陰さんと並んで1年生美少女ツートップと呼ばれている女の子だ。
ヘッドロックするために投げ捨てたのだろう、足下には鮮やかな鮮やかな真紅の傘が落ちていた。
「いや、連れ込もうなんてしてないから」
「はぁ? この期に及んで言い訳? 今まさにしてたでしょ!」
「誤解だってば。だから天野さん。まずはこうなった理由を説明させてくれないかな?」
「え、そもそもなんでアタシの名前を知ってるの? どこかで会ったっけ? っていうか美月とも知り合い? それ、うちの高校の制服だよね? ってことは学校で会った?」
しかしクラスメイトであるにもかかわらず、俺の顔を見た天野さんは、右手の人差し指を口元に当てながら、不思議そうに小首をかしげたる
そして不思議そうな顔のまま、傘を拾いあげた。
「ちょ、ちょっと陽菜ちゃん!? 同じクラスの中野君だよー! 見覚えあるでしょ~? ほ、ほら、ちゃんと見て!? ほら、ほらー!」
それを見た木陰さんが目に見えて焦り始める。
「え? 同じクラス? ほんと?」
「『え? 同じクラス? ほんと?』、じゃないから! 廊下側の後ろの席だよぉ。見覚えあるでしょ~!? ちゃんと思い出して!? ほら、ほらー!」
木陰さんは天野さんに俺のことを説明しながら、ほら、ほらと言って、俺の顔と天野さんの顔を何度も何度も交互に見る。
「んー……」
「ほら、ほらー!」
「まぁ、いたかも……?」
「い・ま・し・た!」
学校ではいつも落ち着いた様子で、控えめにはにかみながら聞き役に徹しているイメージな木陰さんだけど――教室で陽キャグループの一員として話しているのを遠目に見ただけでのイメージだけど――こんな風にワチャワチャってしたりもするんだな。
「なんかちょっと意外だ」
「えっ?」
ちょ、お、うえぇぇっ!?
何してんの俺!?
ワチャワチャな空気感に釣られて、ついポロっと口から素直な感想が、無防備にまろび出てしまったんだがぁぁぁぁ!?
木陰さん&天野さん、2つの視線が俺をロックオンする。
俺の人生とは縁遠かった超が付く美少女たちに真正面から見つめられて、俺の緊張ゲージは天元突破で上昇していた。
今日はもう、俺の心臓はドキドキしっぱなしだ。
この数十分だけで一生分、ドキドキしたんじゃなかろうか。
くっ、保ってくれよ、俺の心臓!
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