第5話

 トイレに飛び込んだボクの性剣はこれまでに見たことのないような状態だった。

 ガチガチ………。

 まさにそう表現するのが妥当のような状態だった。

 確かにここ最近は執筆作業の関係で性欲にかまっている暇などなかった。

 たしかにここ一か月ほどは………。


「だからと言って、今日であった担当相手に爆発しそうになるとかあるか……?」


 ボクはなかなか収まろうとしない性剣を見つつそう呟いた。

 サクッと処理して、戻らないと食事の準備をしてくれていた彼女に悪いじゃないか。

 ボクは性剣に手を宛がおうとする。


『楓さん! 大丈夫ですか!?』


 ビクゥッ!?!?!?


 ドアの外からの声にボクは驚き、慌てふためく。

 ど、どうして美雪さんが————!?


「だ、大丈夫ですよ!」

『そ、そうですか………』

「ええ、突然の尿意を催してすみません!」

『あ、いえいえ、大丈夫ですよ。ご飯、冷めないうちに食べませんか?』

「え、ええ! そうします!」

『じゃあ、私、リビングでお待ちしておりますので』


 そういうと、スリッパのパタパタという音が遠のいていく。

 彼女が去っていくという安堵感と何だか彼女をオカズにしてしまいそうになった罪悪感が芽生えてくる。

 ため息をひとつついて、さっさと処理しようとすると、ボクの性剣はいつのまにか通常サイズに戻っている。

 萎えるのも早いとか—————。

 これはこれで何だか精神的ダメージを喰らったような気がしないでもない。

 手を洗剤できれいに洗い終え、リビングに戻ることにした。

 その後の状況と言えば至って普通の生活に近かった。

 食べ終えると、そのままパソコンに向かい、小説のネタを捻りだし、書き出していく。

 彼女はというと、会社とのオンラインミーティングやら買い出しやらで忙しくしている。



 あっという間に時間は過ぎ去り、日がとっぷりとくれた。

 夕食は塩鮭の焼き物とほうれんそうのお浸しとみそ汁。

 至って普通の食事が並ぶ。

 でも、この「普通」が自分の中では安堵感が大きかった。

 これまで一人暮らしだとこういった食事はまず出て来ない。


「こういう食事、ここ最近取ってなかったから、幸せだなぁ」

「え?」

「あ、ゴメン。つい、言葉に出ちゃった」

「いえいえ、いいんですよ。それよりもちゃんとした食生活を取らなきゃだめですよ」

「それに関しては何も言えない……」

「私も最近きちんと採れてないなぁ……」

「え?」

「あ、いえ、何でもないです。私もちゃんとした食生活をしなきゃって」


 その後も彼女はどこか気が抜けたようなポーッっとした顔をしながら、食事を口に運んでいた。

 いやいや、こんなに料理ができるのに食生活が悪いとかありえないだろ……。

 それにしても、美雪さんは本当に家事全般は何でもできる。

 仕事もできるから尚更だ。

 ただ、彼女の周りに男の匂いというかそういう浮いた感じがしないのは、やっぱりこの陰キャっぽい姿なんだろうなぁ……。

 ボクはみそ汁をすすりながら、彼女の顔をまじまじと見つめる。


「あ、あの……楓さん?」

「え? あ、何?」

「そ、そんなに私の顔を見つめるのは止めてもらえませんか?」

「え!? あ、ゴメン!」

「い、一応、これでも女なので、そういう視線は気づくんですからね」

「そ、それは申し訳ない!」

「どうせ良からぬことでも考えていたんでしょう?」

「いや、別に良からぬことなんかじゃないよ」

「声が上ずっている段階で間違いないじゃないですか」

「あはは……ごめん」


 ボクは平謝りするとそれ以上、その話題を出さずに近くのスーパーの話など他の話題に切り替えて、事なきを得た。


「ご馳走様でした。昼、夜ともにすっごく美味しい食事ありがとう」

「お粗末様でした。まあ、これからは毎日食事は作りますから、安心してください」


 あ、そうか……。

 彼女は今日からここに泊まるんだっけ?

 同棲状態で四六時中、女性というものを理解しなきゃいけないんだっけ……。

 何だか、それはそれでいつも担当さんに監視されているようで辛いなぁ……。


「お風呂も沸きあがっているので、先に入ってくださいね」

「え? いいよ。先にボクが入るなんて……。美雪さんが先に————」

「いいえ。私はあくまでも担当ですから、先に楓さんが入ってください! それに食器を洗ったりとかしますから」


 ボクは彼女の圧しの強さに屈して、先に入ることにした。

 髪や体を洗い終えて、湯船に身を沈める。

 心地よい湯の温かさが、身に染みてくる。

 いつもはさっくりとシャワーで終わらせることも多かった。

 何だか、今日だけで普段、何気なくしていた日常が非日常のようになってしまうような、そんな感覚に陥った。


「恋人との同棲ってこんな感じなのかな……」


 高校時代に付き合っていた彼女とは、同棲なんてしたことはない。

 たまに家に遊びに来てくれたことがあったけれど、それ以上はないし、宿泊なんて以ての外だった。

 それが今、何だか、すっごく仕事のできる奥さんと付き合いを通り越して、結婚してしまったような感覚だ……。

 それに彼女のスタイルは——————。

 と、昼のことを思い出してしまい、再び性剣が再起動してしまう。

 ああ……ボクの血流の良さを嘆きたくなる。

 これ以上は止めておこう。

 罪悪感で心が病んでしまいそうになるからね……。

 ボクはさくっと湯船から上がると、リビングにいる彼女にお礼の言葉を伝えて、そのまま寝室へと向かった。

 ドッと湧いた疲れに抗えず、ボクはそのままベッドで闇に引き込まれていいた。

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