第3話
さすがに玄関先では人目もあるから、ボクは彼女をリビングに招き入れた。
彼女はそわそわとしながら、ソファに座っている。
何だか落ち着きのない子だなぁ……。
黒髪で二つに分けたお下げ——。
眼鏡は丸いぶ厚い眼鏡で視線すらどこを見ているのか分からない。
化粧は落ち着いた感じの化粧をしていて、着ているスーツは新入社員を感じさせるものだった。
見た目からして陰キャ爆発と言った感じの子だった。
ボクはコーヒーを入れて、彼女の前にそっと置く。
「あ、ありがとうございます!」
「あはは、そんなに気負わなくていいよ」
「…………………」
彼女は何から話せばいいのかという感じでそわそわがいまだに止まらない。
「まあ、コーヒーでも飲んで落ち着いてよ」
「あ……、はい」
彼女はカップを手に取るとそっと飲む。
数口飲むと彼女は落ち着きを取り戻す。
「で、君が新しい担当さんってことでいいのかな?」
「あ、はい! 早乙女美雪と言います! 新卒一年目、といってももう3月なんで、新卒っていうのもアレなんですけれどね」
彼女は照れ隠しのように笑う。
と、言ってもやはり眼鏡の所為で彼女が笑っているのは口だけでしか判断できない。
「今日から担当ってことだよね?」
「はい! 編集長からしっかりとお世話をするように、と!」
「お世話?」
「あ、はい! ここで住み込みでかえ……猪俣さんの面倒を見るように、と仰せつかっています」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? 住み込みって、ここに棲むの!?」
「あ、はい。そのために荷物も持ってきました」
彼女はポンポンと持ってきたキャリーバッグを叩く。
住み込みってどういうこと!?
いや、まあ、飛鳥編集長から女性のことをもっと理解しろと言われたけれど、これはさすがにまずいのではないか!?
だって、普通に労基とか法律の問題もあるだろうけれど、それ以上に女の子と同棲って何を考えているんだよ、あの人は……。
「あ、あの……ご迷惑でしたでしょうか?」
「い、いや……、まあ、編集長のやることに驚いただけ……」
「では、住み込みで頑張らせていただきますね!」
「うん。よろしく」
ああ、ボクってどうしてこんなに圧しに弱いんだろう。
かくしてボクの部屋に今日、一人の女性担当が入居することになってしまった。
「じ、じゃあ、早乙女さんの部屋を考えないとね」
「あ、一緒でもいいですよ? 編集長からはその方が猪俣さんが女性のことを知る機会にもなるんじゃないかって」
「それはダメでしょう!」
「ふえぇぇぇぇぇぇっ!?」
「い、いや、だって早乙女さん、女性ですよ!」
「はい。そうですね」
「ぼ、ボクだって男なんですから、もしかしたら大変じゃないですか?」
「あ…………」
彼女は言われて初めて気づいたのか、頬を朱色に染める。
そのままその朱色は耳まで達して、顔がリンゴのように赤くなる。
「だ、だから、早乙女さんの部屋はちゃんと一つ用意しますから。都合よくって言ったらあれですけれど、ボクの部屋の横が空いているのでそこを使ってください」
「は、はい。分かりました」
彼女は素直に頷く。
ボクは残っていたコーヒーを飲み干すと、彼女のバッグを持って部屋に案内することにした。
ドアを開けると殺風景ながらもベッドと机、本棚などが並べてある部屋を紹介する。
「だ、誰かと同居されていたんですか?」
「あ、いや、そういうわけじゃないです。執筆生活をルームシェアしてやろうと言っていた友人がいたんですけれど、実現せず友人が使うことがなかった部屋です。あ、だから、ベッドとかは買った時のままですからね! あと、ちゃんと定期的に布団もしていますので、寝心地が悪いとかはないと思います」
「ありがとうございます! こんなにいいお部屋を私のために……」
「いやいや、そんなに感動するところじゃないですから。あ、それとスーツだと堅苦しいと思いますので、普通に普段着でいいですからね。その方がボクも緊張せずに接することができると思いますから」
「緊張ですか? どうして緊張されるんですか?」
「あはは……。お恥ずかしながら、ボクは女性とのお付き合いの経験が一度しかないので……。その子とは高校卒業の日に別れてしまいまして……。今ではその子と連絡も取れずじまいで……。まあ、連絡先はあるんですけれど、フラれた女の子に連絡をするのも
「はぁ……。では、その高校時代にお付き合いされていた女性以降お付き合いはされていないのですね?」
「まあ、そういうことです。それが仇となってしまって、今回の作品が行き詰っているという感じで」
ボクは照れ隠しで髪をポリポリとかきながら、愛想笑いをする。
早乙女さんは無表情だったが、どこか安堵したような表情になる。
「分かりました! では、私がいっぱい女の子のことを猪俣さんにお伝えしますね!」
「あはは、お手柔らかにお願いします。如何せん、女性経験がありませんから。あと、ボクのことは名前で結構ですから」
「分かりました! 楓さん! 私のことも『美雪』で結構ですので」
「ええ? それはちょっと馴れ馴れしくないですか?」
「いいんです! だって、女の子のことを知りたいんですよね? それだったら、名前呼びの方がより近い存在に感じれますから!」
彼女は先程までのおどおどとした様子はなく、鼻息荒く捲し立てるようにそう言い切った。
やれやれ……ボクはやっぱり圧しに弱いのかな……。
「分かりました。じゃあ、ボクもこれからは美雪さんって呼びますね」
「はい! では、早速着替えてきますね! あ、ラブコメ展開希望ならば、覗きますか?」
「覗くわけないでしょ!」
「ふふふ。冗談ですよ、冗談。本当に覗かれちゃったら私にもさすがにプライバシーという者もありますし、職務規定で問題になりますからね」
そう言うと、彼女は大きなバッグを引きずるように部屋に入っていった。
ドアが閉まると、ボクは大きなため息を吐き、
「本当にボクの生活、大丈夫かな……」
ボクは心底不安になりつつ、リビングの方に戻った。
決して、ラブコメ展開やラッキースケベといった展開が起こるのことないようにフラグをへし折るのであった。
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