第2話 内政チートはないんですか?


転生から三ヶ月。季節は緩やかに移ろい、庭の木々は色を変えたけれど、私、リーン・バルガスの「自分探し」は、いまだ迷走の只中にあった。

この三ヶ月で判明した残酷な真実が一つある。


私には、内政チートの才能が欠片もない。


このナロ王国は、文化レベルこそ中世ヨーロッパ風ではあるけれど、決して未開の地ではなかった。

ある日の昼食、デザートとして運ばれてきたプルプルと揺れる黄金色の物体――プリンを前に、私は絶句した。湯上りの肌からは、上質な石鹸のフローラルな香りが漂っているし、サラダには滑らかなマヨネーズが添えられている。

考えてみれば当たり前のことだ。石鹸なんて前世の世界でも紀元前からあったのだし、人間が数千年知恵を絞って生きていれば、美味しいものや便利なものに辿り着かない方が不自然なのかもしれない。


そして何より致命的なのは、私自身の中身だ。

悲しいかな、前世の私はただの女子中学生。石鹸やマヨネーズの製造工程なんて知る由もなく、それらを超える画期的な発明など思いつくはずもない。私が持っていたのは「消費する知識」だけで、「創造する知識」ではなかったのだ。


「……内政チート、終了。次、いってみようか」


私は自室の豪奢な窓枠に頬杖をつき、空虚な呟きを漏らした。

産業革命の母になる夢は潰えたけれど、絶望するにはまだ早い。内政が駄目なら、この世界にはまだ「本命」が残っている。


そう、ここは剣と魔法の世界なのだ。


まだこの屋敷から一歩も出たことのない「箱入り娘」の私だが、図書室の分厚い書物や、使用人たちの噂話から得た情報は確実だ。この世界には魔法が存在し、特に貴族階級はその血脈によって、高確率で魔法の才を宿しているという。


「魔法……」


その響きだけで、胸の奥が甘く疼く。

以前、お母様に尋ねたことがある。魔法とはどういうものなのか、と。

彼女は慈愛に満ちた瞳で私を見つめ、こう教えてくれた。


『そうね、リーン。もう少し大きくなれば、世界に満ちている「色」が見えるようになるわ。それが魔力の源よ』


お母様の話では、魔力はこの世界を構成するエネルギーであり、成長するにつれて自然と視覚化されるらしい。その源は六つの属性に分かれており、通常、人はその中の一属性だけを見出し、操ることができるという。


私は窓から差し込む光に透かすように、小さく掌を広げた。

今はまだ、何も見えない透明な大気。けれど、私の血管には異世界の知識と、この世界の貴族の血が流れている。


期待せずにはいられない。

ありきたりな一属性だけで終わるはずがない、という根拠のない確信が、私の心臓を早鐘のように叩く。

全ての属性が見える「全属性」の万能者か。あるいは、誰も見たことのない「希少属性」の保持者か。


「ふふっ、楽しみ」


見えない粒子を掴み取るように、私は虚空をぐっと握りしめた。

石鹸もプリンも作れなくていい。私を待っているのは、もっと劇的で、もっと心を躍らせる運命なのだから。


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