中学生から伯爵家に:転生先からチートを探せ
bookmax
第1話 JS転生なのにチートなし?
喧騒と熱気が渦巻く東京駅の構内。蛍光灯の白すぎる光が、行き交う人々の波を照らし出している。私は、田中京子、十四歳。そのあまりに鮮やかすぎる日常の只中にいた。
「ねえ瑞樹、やっぱり東京土産の定番だし、東京ばな奈でいいかな?」
黄色いパッケージを手に取り、私は隣で貧乏ゆすりをしている友人に問いかけた。瑞樹は呆れたように眉を寄せ、腕時計へと視線を走らせる。
「なんでもいいよ! もう、早くしないと帰りの新幹線に乗り遅れちゃうよ。なんでこんなギリギリになってお土産なんて買ってるのよ?」
「瑞樹はわかってないなぁ」
私は人差し指を立てて、得意げに力説する。
「帰る直前に買えば荷物にならないし、小腹が空いたからって自分で食べちゃうリスクもない。これこそが最も賢いお土産購入術……」
「はいはい、もうなんでもいいから早くして! ほら、鈴木君まで呼びに来ちゃったじゃない」
人波をかき分けて、息を切らしたクラスメイトの鈴木君がこちらへ走ってくるのが見えた。
「田中さん、佐藤さん! 早く集合してって先生が……怒ってるよ!」
「ごめんね鈴木君! ほら京子、東京ばな奈でいいからさっさと会計してきて!」
瑞樹に背中を強く押される。「はいはい」と苦笑しながら、私は何個入りの箱にするか悩みつつ、レジへと一歩を踏み出した。
「八個入りと十二個入り、どっちが得かな……」
その時だった。
視界が、不自然に歪んだ。
耳をつんざくような轟音。
そして、世界が真っ暗闇に塗り潰される。
何も見えない。
痛い? 熱い? それとも寒い?
身体の感覚が、バラバラに引き裂かれていくような衝撃。
ああ、東京ばな奈、まだ買えてないのに――。
意識はそこで、ぷっつりと断ち切られた。
***
重たい瞼を押し上げると、そこには見たこともない豪奢な天蓋が広がっていた。
柔らかなシーツの感触。窓から差し込む陽光は、東京駅の人工的な光とは違う、優しく穏やかな暖かさを帯びている。
「……私の名前は、リーン・バルガス。八歳」
無意識に口をついて出た言葉に、私自身が一番驚いた。
同時に、濁流のように頭の中に流れ込んでくる二つの記憶。
バルガス伯爵家の長女として生きた八年間の記憶と、田中京子として生きた十四年間の記憶。
「はあ……転生、か」
ため息が、子供の高い声で部屋に響く。
転生なんて、ライトノベルの中だけの絵空事だと思っていた。事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ。
あの唐突すぎる最期。十四歳という、あまりにも早すぎる幕切れ。
そして今、こうして別の肉体を得て呼吸をしている事実。
「間違いない。これは神様の手違いへのお詫びか、あるいは世界を救う使命でも背負わされたか……」
私はベッドの上で身を起こし、小さな自分の掌を見つめた。
けれど、神様や天使のようなナビゲーターが現れる気配はない。あの死の瞬間の記憶が曖昧なのは、トラウマにならないように消去されたのだろうか。それとも、説明なしの「投げっぱなし」パターンなのか。
「まあ、いいや」
嘆いても前の世界には戻れない。それなら、これからのことを考える方が建設的だ。
転生といえば、お約束の「特典」があるはずだ。
私は目を閉じ、体の中に眠る魔力や、隠されたスキルを探ってみる。
……うーん、何も感じない。
これは、元々天才的な才能が秘められていて、修行次第でチート級の強さを手に入れるタイプだろうか? それとも、前世の知識を活かして領地を改革する「内政チート」系だろうか?
どちらにせよ、今の私には時間がたっぷりある。
私は鏡台の前へと歩み寄り、あどけない少女の顔を映した鏡に向かって、不敵に微笑んでみせた。
「よし、とりあえず考えはまとまった。まずは自分探しから始めることにしましょう」
新しい人生、新しい私。
手にできなかった東京土産の代わりに、この世界で何を手に入れられるのか。
私の二度目の物語が、ここから始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます