2-4:知る者・知らぬ者
「あれ、千咲季?」
美青は思わず疑問に思って尋ねた。
千咲季は平和そうな顔に微笑みを浮かべて、美青の顔を撮っている。
「あれ? 風文子ちゃんだけで撮れる人数じゃないかなって思って残ったんだけど……美青ちゃんと琴宝ちゃん、羊日ちゃんの班だと映画委員だし……」
どうも純粋な使命感で残ってくれていたらしい。美青は(無下にできない……)あっさり折れた。
「美青ー、どうすんの」
琴宝が呆れた顔で尋ねてくる。
「じゃあ、千咲季、メインカメラお願い……
「ありがとー」
「構いませんよ。それと、せっかくの機会なので二階の方も見たいのですが……」
風文子のさっきの話――部室二階に編集班のスペースを作れないかというのを考えると、今の内に見ておいた方がよさそうだ。
「じゃあ、二階に移動しながら話そうか」
「私もカメラやるか……」
琴宝はカメラを取り出し、先頭を切って二階に上がる階段を上っていく。美青達はそれに続く。
「
美青の後から階段を上りながら、覇子が尋ねてくる。
「うん。二十四人の映美研で亀裂が入るのはよくないし――雛菊さんは相当気にしてたから、
「え、待って梵天丸どう関係すんのよ」
羊日が疑問を出した。
「あれ? ジャガー知らないんですか? 私とそのお二人は小学校が半分の期間一緒でーす!!」
隼は頭の上でまとめたお団子を揺らしながら答えた。
「早く言いなさいよそれで私も呼ばれてんのね!?」
「
「隼でオッケーですよ旦那ー!」
「じゃあ隼ね……」
そんな会話をしながら二階に上がり、琴宝が扉を開けると、中は複数の部屋に分かれていた。広い廊下の中に複数の扉がある。
「少し見てみても?」
「いいよ」
風文子は実際的な要件から、部屋を一つずつ開けていった。風文子の事なので、恐らく話についてはしても大丈夫と美青は判断した。
「で、楓山さんと雛菊さんの件……隼と合わせて三人同じ小学校、かつ楓山さんと雛菊さんは幼稚園からのつきあいだけど……
美青は昼の話を簡単に纏めて話した。
「確認なんだけど」
琴宝は急にカメラを覇子に向けた。
「覇子は雪夢から
カメラを向けられても、覇子は動じなかった。寧ろ腕を組み、右手を顎に当てた。
「……幼馴染が桜来にいてちょくちょく連絡を取っているとは聞いたし、雛菊凍月、向日葵隼の名前も雪夢から聞いた事はある。ただ、私見を加えるならば――」
覇子はそこで、隼を見た。
「なんですかー?」
「雪夢は桜来にいた時点で二人と距離を置いていた。隼についてはそもそも会えば話すくらいだから本人もそれほど気にしていなかったが、雛菊さんについては本人としても話しづらいようだったな」
覇子の観察眼、かつ間近にいた相手への私見はちょっと無視できない。
「そういう話ですか。丁度いい部屋を見つけたのでこちらへ」
そこで風文子が一番奥の部屋を示した。
美青達が入ると、会議室のように幾つかの机が合体して置かれ、椅子が幾つかついていた。ここにいる人数ならば座れるくらいある。
カメラを持っている琴宝と千咲季、風文子は座らず、美青達だけが座った。
「楓山さんの方で雛菊さんを避けてる……っていう事かな、覇子さん」
美青は覇子に尋ねた。視界の端で風文子が何かを思い出すような顔をしていた。
「まあ雪夢はあまり小学校以前の事を話したがらない所があるが、雛菊さんにせよ隼にせよ、喋らずに済むならそれがいい、ただ話しかけられたら話す、という距離感……しかし、雛菊さんは寧ろ積極的だから困っていたように感じる」
ここでは寧ろ、隼の意見が欲しくなる。
「梵天丸ー、あんた雪夢になんかした?」
羊日が尋ねてくれた。なんだかんだ、クッションとして彼女を呼んでよかったと美青は思う。
「あー、雪夢さんは話せば乗ってくれるので話しますけど、楽しそうって思う事ほぼないですねー」
隼はあっけらかんと言った。
「待って隼。隼から見た楓山さんはどんなイメージ?」
美青は隼に尋ねた。同時に千咲季が彼女にカメラを向ける。
「いっつも何か悲しそうにしてる人、ってイメージでーす!」
元気よく言うのもどうかと思うが、少なくとも隼の印象を無視できる程、彼女の存在は軽くない。
「その意見は理解できる」
追い打ちをかけるのは覇子の話だった。
「桜来にきた頃の雪夢は見ていて不安になるくらいに人と距離を置きがちだった。美青と琴宝は一学期同じ班にいたが、四月五月くらいの印象はまだあるかな」
最近ではしないだけで、覇子は場を回そうとすると全然できるのは相変わらずらしかった。
「正直最初は無口な人って印象だったかな……」
「それはあるんだけど、人と繋がりたくて繋がり方が分かってないみたいな感じもあった」
「それを分かって放置している琴宝はなんなんだ?」
「いや私もそういうの苦手だし」
「はい、二人共そこまで」
琴宝と覇子と同じ空間にいると美青の警戒センサーが働く。隙あれば喧嘩するので事前に止めるのはもう慣れた。
「綿原さんは何か知ってる? 楓山さんとは
美青達旧桜来学園一年三組で作った墨桜会の一部は『墨桜会生物部』という動物の写真を共有するグループを持っている。雪夢と風文子は二人共入っている。
「……生物部ができる以前にちらっと聞いた、程度の情報ではあるのですが、雛菊さんの事についてだと今分かりましたね。当時は『一緒に桜来に受かった幼馴染』としか言っていませんでしたが……」
風文子は何か知っていたらしい。
「どんな話だった?」
「確かあの時、一緒に校舎の近くを散策していて、楓山さんが雛菊さんの話題を出して言ったのが……一緒に桜来を受かった事に対して『嬉しいけど、傷つく』と、本人の発言そのままです」
嬉しいけど、傷つく?
咄嗟に飲み込めない言葉だった。
「私の事じゃないんですかー?」
「隼さんではありませんね……幼稚園の頃からとなると雛菊さんでしょう?」
「ですねー! でもよく考えると……」
隼は急に考えるように顔に手を当て、俯いた。
「……小学校の時点で凍月さんが話しかけても、雪夢さんってあんまり嬉しそうな反応はしてませんでしたね……」
余計に雪夢の内面が分かりにくくなる話が出てきた。
美青なりに今までの話を纏めると――。
「元々楓山さんの中にあった、雛菊さんへの複雑な感情が、何かの切っ掛けで距離を置く感じにまでなった、っていう感じなのかな……?」
不明な所は多いが、どちらかというと雪夢の感情が分かりづらい感じがする。単なる幼馴染というわけではない感じがする。
「で、凍月の方はどんな感じなのよ英」
羊日はさっきから考えている英を見た。
「んー……しづきちからきよむーの話は結構聞いたよ。最近どんな感じかとか、マメに気にしてた。逆にきよむーからだと……猿黄沢事変でさ」
英は机に肘を置いて、人差し指を立てた。
「
英の話はまだ続きがあるらしい。
「しづきちとしては猿黄沢事変で力になれなかったのを悔やんでるって、愛殿中等部で二年の時に同じクラスだったから聞いてる。その時もきよむーの名前出してた。まー下世話な話すると」
英はそこでカメラ三人のうち、琴宝に向き直り、指ハートを作った。
「あれはラブよ」
薄々そんな気はしていた美青だが、改めて言われるとちょっと食傷気味の話題ではあった。映美研内部で成立しているカップルが自分達を含めて三ペアもあるので。
「アタックして空振ってるだけってわけでもなさそうよね、これ」
羊日はカメラ目線を送る英に湿気った眼差しを向けている。
「雪夢さんって多分凍月さんの事好きですけど、でも嫌なとこは嫌みたいな感じですよー。なんか、凍月さんが言う度にちょっと嫌そうにしてた言葉が何かありましたー!」
隼は意外と二人の事をよく見ているらしかった。情報は足りていないが。
そこで手を上げたのが、覇子だった。
「覇子さん」
「隼に質問なのだが、雛菊さんが雪夢に言って嫌がっていたのは『雪夢は強い』や『雪夢は頑張っている』という類の、普通に聞けば寧ろ褒め言葉に属すものではなかったかな」
覇子は何か、心当たりがあるらしい。
「あー、確かにそんな感じでしたねー! 凍月さん雪夢さんの事凄い褒めるんですけど、雪夢さんはいつも嫌そうでした!」
隼は思い切り断言した。
「それだな……」
そして覇子は――彼女にしては珍しく、本気で困ったように頭を抱えた。
「……覇子さん、何か心当たりあるの?」
「少々、雪夢のプライベートに属す事になるので本人のいない所で話すのは気が引けるが……彼女にとってその手の褒め言葉は寧ろ禁句と言っていい。これは私の経験則だ」
半年ほど同じ部屋にいた覇子の経験則ならば間違いないと、美青はそれくらいには覇子を信頼している。
「美青、すまないが少々仕切るよ」
「ん? うん」
何故覇子が謝るのかと美青は少し混乱した。
「まず、雪夢自身が雛菊さんの事をどう思っているのかを明確にしたい。次に雛菊さんに説明する事が幾つかある。この話を簡潔に纏めると、二人の間に長い間すれ違いが起きていて、そこに更に――まだ私にも見えない――地雷が存在したという話だ」
覇子はそこで、予定帖を取り出した。
「雪夢の話を聞くのに私も同席したいが、明日……午前から昼は不可能。合流は午後の授業からになる。事務所の予定がある。琴宝も同様。放課後に美青と琴宝、私に加え誰かという形でいきたい。美青、決めてくれ」
あくまで、リーダーの役は美青に任せると、覇子は言外に言っている。
「……綿原さんと英については私と琴宝不在の状況で映美研でまとまってない部分をそれぞれ纏めて欲しいって言うのがある。隼はなまじ過去の事知ってる分楓山さんは話しづらそう。羊日と千咲季だと楓山さんと話した事あるのは……」
美青は二人を見た。
「まあ雪夢に関しては千咲季の方が近いわよ。ってか梵天丸飛ばすなら私はバンドの練習の方に入りたいし」
羊日の方が助言してくれた。
「じゃあ、私、琴宝、覇子さん、千咲季の四人で。話す事は纏めておくけど……」
美青は覇子の方を見た。
「まずい展開になるならばフォローは行なう。美青は美青の思うようにすればいい」
それはとても孤独になるな、だから私は――少し唇の端に微笑みを浮かべた。
「ありがとう。じゃあ……」
若干を通り越して疲れてきた頭で、美青は風文子と英に決めて欲しい範囲の指示を出して、その日は解散となった。
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