SSF002:格技研に集う

 これは、映美研えいびけんでそれぞれやりたい事を話し合った後、梅村うめむら毬子まりこ榊木さかきつい雛菊ひなぎく凍月しづきが格技研にいきたいと言い出した後の様子を、終の双子の姉であるうい楓山かえでやま雪夢きよむの手を借りて撮影した物だ。


 まとめ役は損な役、初の基本的な考えは桜来おうらいにいた頃から変わっていない。当時委員長だった覇子はるこを見ても、覇子の代わりをやろうとしていた琴宝ことほを見ても、今の顔役である美青みおを見ても思う。


 小さな体に黒い外跳ねボブと端正な顔、翡翠の瞳を持つ初は、あんまりまとめ役が好きではないのだが。


「雪夢、格技研の人達に許可取るまではカメラ回さないでね」


「分かった」


樺鬼堂かばきどう先輩だっけ? 毬子はもう顔見知りみたいだし、交渉して」


「おう」


 こういう事をやるのに適している自分がいる事も知っている。


 楓山雪夢は一六〇センチの体と三年間で大分育ったボディライン、無機質な表情を浮かべた整った顔立ちに、左サイドに編み込みを入れたボブカットを持つ。彼女は初と並んで、一同の最後尾だ。


 そして初の恋人でもある梅村毬子は一七二センチの長身に褐色の肌と短い黒髪、活発そうな顔を持つ。制服に隠した体は筋肉質だと、初は知っている。


「ここだな」


 毬子が部室棟にある一つの部屋をノックする。


 少しして、扉が開く。


 中から出てきたのは、黒髪を短く纏めて、太い眉に凛々しい顔立ちを持つのが特徴的な人物だった。身長は一七六センチと、毬子よりも大きい。かなり肉体が造りこまれており、運動着を着たその姿はプロの格闘家にも見えた。


「梅村に入部希望の榊木か! それと……おお、剣道部のきばの弟子!」


 恐らくこの人が、毬子から聞いている樺鬼堂いろりという格技研を興す話を出した人物だと、初はすぐに悟った。


「はい! 榊木終です! こちらは私の双子の姉様の榊木初姉様です!」


 律儀な妹を持って自分は果報者だな、初はぺこりと炉にお辞儀した。


 初を銀髪にしたみたいな見た目の終は見た感じ、格闘技をやるのには大分小さい。だが、本人の希望がかなり強いので、初は好きにさせている。


「それから、同じクラスで映美研のメンバーでもある楓山雪夢です!」


 雪夢を紹介したのは短い銀髪に凛々しい顔立ち、一六二センチの身長に豊満なボディラインを持つ雛菊凍月だ。雪夢とは昔から知り合いらしい気配を持っているが――恐らくそこに何かある。


「映美研の話、二年にも聞こえてるぞ。私は樺鬼堂炉。ここの部長だ。撮影するか?」


「そうっすね。初と雪夢は入部希望じゃなくて、撮影担当できてるんで、お願いしたいです」


「うちの部を紹介してくれるなら歓迎だ! 私の事も映してくれて構わん!」


 体育会系の交渉は体育会系に限る。毬子はすぐに馴染んでいる。


「じゃ、雪夢。部室の中撮って」


「分かった」


 雪夢はカメラを回し始めた。炉の後から中に入ると、雪夢はその中をじっくり映し始めた。


 中は格闘技のトレーニングジムかと思うような造りになっていた。筋トレの為の道具が様々に置いてあり、巻き藁が置かれ、サンドバッグまで吊るされている。どうやって調達して備え付けたのか分からないが、かなり本格的な物になりそうだった。炉以外に人はいない。


「で、入部希望者三人集めてきましたけど、どうするんすか?」


 毬子は細かい話を知らないらしい。初は雪夢のブレザーの裾を引いて、人物に意識を向けさせた。


「まあ四人集まったから部活動としては申請できる! 活動方針についても決まっている! それはずばり、『生徒会長・鳥兜とりかぶとつむぎに勝利する者を生み出す事』だ!」


 ここまで明朗な人物もあまりいないなと初は思う。知っている範囲だと覇子が近いが、炉に彼女のような落ち着きはない。


「生徒会長って……強いんすか?」


 鳥兜紬、というかなり強烈な字面を毬子は覚えていないらしい。先週会った千咲季ちさきが注意していたのだが。


「毬子ー、千咲季が怖がるような相手が弱いわけないじゃん」


 初が一言言うと、雪夢がちらっと初を映すので、初はウインクしておいた。


「あー、東蓮寺とうれんじ言ってたな……」


「む? 紬会長の知り合いがいるのか?」


 炉は不可解そうに太眉を歪めて、五人に尋ねた。


「そう言えばどういう繋がりだ?」


 凍月が初の方を見る。


「詳しくは言ってないけど、故郷が同じで滅茶苦茶強いって事は断言してたね。まあ千咲季がそこまで言うなら間違いなく強いよ」


 初はあまり千咲季の強さを知らないが、話を聞くに桜来時代に『最強』で鳴っていた相手とその得意分野で引き分けている。その上で猿黄沢さるきざわ事変での活躍の記録を読み、聞いてもみるととんでもない人物だと分かってくる。


「その東蓮寺って奴は連れてこれなかったのか?」


 炉は毬子と終、凍月に尋ねた。


「いやー、あいつは多分こないっすよ。強いには強いですけど、必要ない限り戦わないってスタンスだし」


「よく力を律している人物なのだな! ならばよし! そう言えば……剣道部で騒ぎになっていたのが雛菊、その雛菊に勝ったのが……」


 案外炉は耳ざとい。というか、愛殿あいどのの上級生はみんなこんな感じかと初は思う。初は雪夢の視界で凍月を指さし、カメラを誘導した。


藤宮ふじみや紫姫しき短杖たんじょう術藤宮宗家のご令嬢だそうです」


 凍月は千咲季が解説していた事を話した。


「ぜひ欲しいな!」


「藤宮はそもそも習い事やってて強いってだけで、その習い事自体やりたいってわけでもないんで余計無理っす」


「そうか! ならばよし! まずはこの場の入部希望者三人と私で考える!」


 初が雪夢を見ると、もう凍月からカメラを外して炉を映していた。


「あれ、他に入部希望者居ないんすか」


「二年は交渉中の二人を除いて壊滅! 三年はほぼ部活が決まっていて無理が多い! 一年生に関しては引き続き勧誘活動を行なう! 梅村!」


「うっす」


「現状四人で一番強いのは私、その次がお前だから副部長をやれ!」


「うぇ?」


 毬子は混乱しているが、予想していなかったのかと初は呆れた。


「みゃー毬子でしょこの三人から一人役職選ぶなら。まして基準が強さなら」


 毬子が強いというのを初はよく知っている。雪夢がカメラを向けてくるので、そっと目隠しをする。


「いやー……陸上部と水泳部どうすっかなー……」


「やりたいなら一つも手放すな! そして手から零れた物に未練を持つな!」


 初はサブカメラを借りなかった事を少し後悔した。今の雪夢の考え込んでいるような顔は、どうしてもカメラに映しておきたい。だが、スマホを使えば雪夢は気づくだろう。後でどうにかする事にした。


「まあいいんですけど、多分実際的な事はなんもできないっすよ?」


「私不在の時の代打だ! それ程難い事ではない! 不在にするならば練習メニューは作るしな! まずは!」


 炉は明朗快活に言って、部室の中にあるカーテンで仕切られたスペースを示した。


「運動着に着替えろ! そしてそれぞれ得意武技を見せろ! それで方針を決める!」


 割と仕切れる人物ではあるが、方針は結構行き当たりばったりな感じでもあった。


 それでも、この人は毬子達と上手くやっていけるな。


 初は一つの確信を抱いた。


「じゃー着替えるか。あ、初、着替えは撮るなよ?」


「撮らないよ。毬子はともかく終は児ポ認定されるし」


「姉様!?」


「お前が言うかよ……」


「あーはいはい、さっさと着替えてきな」


 初は二人にひらひら手を振って、何か言いたげな凍月を見た。


「雪夢、凍月映して」


「分かった」


 少し、渋々という感じ。美青は何かの切っ掛けで知ったのだろうが、この二人の関係が微妙なのをなんとかしようとしているのを初は悟っている。さっき居残りを命じられた面々を考えても、間違いない。


「凍月、意気込み一言」


 初は軽く頼んだ。


「……今よりずっと、強くなる。それだけだ」


 決意を感じさせる表情で言って、凍月は更衣スペースの中に入っていった。


「雪夢、樺鬼堂先輩に向けて」


「分かった」


「じゃ、せっかく許可も下りたし、軽く格技研のPRなんてして貰いましょうか」


「いいのか?」


「これからもここ撮らせて貰いたいので」


「それならば歓迎する!」


 扱いやすい先輩でよかったと思いながら、初はインタビュアー役をやり、三人が着替えている間に格技研の事を聞いた。


 時間稼ぎ程度はできたか……初が雪夢を見上げると、カメラに集中していた。


 ほんと、まとめ役は損な役。そんな事を思って、初は練習の記録についた。

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