2-2:凍月の事情
翌日の月曜日――朝に
どんな話をすべきか――美青は上手く纏められなかった。ただ、ありのままでいいという気もする。何せ、凍月とゆったり話すのは初めてなので。
昼になると、美青と琴宝、凍月の三人は一緒に教室を出て、購買で食事を買って部室に向かった。部室までのいき方にはまだ馴染みがないが、建物が目立つのですぐに分かる。
中に入ると、誰もいない。広い教会の中に三人というのは、少し寂しかった。
「撮る……んだよな?」
凍月は購買で買ったパンと牛乳、それからいつも持っている竹刀袋を抱えて、少し警戒するように尋ねてきた。
「うん。琴宝、お願いしていい?」
話は自分がすべきと思い、美青は琴宝に頼んだ。
「いや美青も凍月の事撮りなよ。使い方まだ馴染んでないし」
「……そうだね」
美青はカメラを取り出して、撮影ボタンを押した。使い方そのものが簡単なので、美青としてはこれで全部撮りたいくらいだった。
「自己紹介はいいか」
凍月は軽く言って、パンの袋を開けた。琴宝は美青のカメラに映らない位置から凍月の様子を撮っている。
「
美青は食事を置いて、凍月に言った。
「なんでも答えてやる」
凍月は強気な瞳で答えた。
「まず、いつも竹刀袋に竹刀じゃない何かを入れてるみたいだけど、それは私達が知っててもいいもの?」
事前に琴宝から『確かめよう』と言われた物から、美青は入った。
凍月は明確に驚いた顔をして、琴宝の方を振り返った。どうも美青では見破られないと思われているらしく、美青は若干悲しくなった。
「
琴宝が千咲季の名前を出すと、凍月は諦めた顔になった。
「観念するしかないな。少し待て」
凍月は竹刀袋を取り、その紐を解いて中に入っていた一本の短い槍を取り出した。素人である美青が見てもかなりしっかりした造りの物だった。
何より、その刃の部分にある淡い金色の光沢は、明確に見覚えがあった。
「
「それ、どこで手に入れたの?」
美青は気になって尋ねた。美青達が手に入れたのは人づてで、
「話せば長くなるが……友人達と猿黄沢を散策していて、
鋼藺門――猿黄沢で鍛冶屋を行なっていた慶のはとこの家だ。そこに凍月は入った事があるらしい。まさかそこで鱗鉄を得ているとは思わなかったが。
「以来、何か物騒な物が出る度これで退治していた。中には雪夢から頼まれた事もある。……雪夢は」
戸惑うように、凍月は美青に視線を送った。
「何故私を
聞かれそうだなとは思っていたが、美青からすると大分困る質問だった。
「正直に言うね。ごめん、私は墨盟団の初期メンバーで、記録係してたけど、少なくとも
美青はカメラを凍月に向けたまま、琴宝に話題を振った。
「雪夢からってのはなかったね。
琴宝の方がより知っていたらしい。美青は英を連れてこなかった事を少し後悔した。桜来の中でも事情通で通っていた英の方が色々と詳しそうではある。
「……
凍月は槍を持ったまま、悲し気に俯いて、涙が少し滲む声で何かを言いかけてやめた。
「ひょっとして、二人の間に何かあった感じ?」
美青が聞きにくかった事を、琴宝は即座に言った。
「……何かあった、と言えば確かにそうだな」
凍月は、顔を上げて美青を見た。
「もしも、二人がいいならば話を聞いて欲しい。そして――私の頼みを聞いて欲しい。無論――」
凍月は、左手で自分の胸を押さえた。
「……頼めた義理でもないが」
「話して」
美青は、間髪入れずに言った。
「私は――正直雛菊さんとはまだほんの少しのつきあいだけど、二人の間に何かあったみたいな事は、楓山さんから聞いてる。ほら、雛菊さんが
美青はそこで、カメラに映るように凍月を指さした。
「雛菊さんの本当の気持ちを知りたいから」
凍月は、優しい笑顔になった。
「随分、優しいんだな」
そこから、凍月は話し始めた。
私と雪夢のつきあいは長い。
初めて会ったのは地元宮城の幼稚園だ。その頃から雪夢は今みたいな性格だった。徐々にしっかりはしてきているが、見ていて心配になる……だからよく一緒にいた。
雪夢は、鍵っ子と言って分かるか? いつも家に親がいなくて、留守番するからと言ってすぐに帰る子だった。
雪夢の家にいっていたのは私くらいだったと思う。最初は大人がいない家だから少しいたが、雪夢はなんというか……あまり現代的な娯楽を好まない性格だったので、徐々にみんなつまらないと言っていかなくなった。
その度に雪夢は口数が少なくなっていったように思う。
けれど、小学三年にもなると私も武術を習い始めて、通う機会は減っていった……その頃だな。
凍月は、不意に何かを思い出したように指を一本立てた。
「梵天丸……
「え、待って」
モノローグの最中にそれもどうかと思ったが、梵天丸こと向日葵
「隼と同じ学校だったの?」
「小学校の後半三年間はな。あいつの家は転勤族で、中学を桜来にしたのは途中で転校しなくていいかららしい。まあ……あいつはあいつで誰とでもすぐに仲良くなるから、雪夢も気を許しているみたいだった。ただ、問題はそこじゃない」
そこからまた、凍月の話が始まった。
当時住んでいたのは結構な田舎だった。私は道場で少し怒られる事があって、帰りが遅くなった。
帰り道を歩いていると――もう月が出ている時間だったから、結構遅い――雪夢に会った。
雪夢は荷物も持たず、ただ目的もなく歩いているらしかった。私が声をかけると気づいた。
どうしてこんな夜中に、尋ねたら家族と喧嘩して出てきたと言っていた。どうしたのかとかは、一切言わなかった。
私はただ心配で、雪夢を家に送って……その途中だ。
雪夢が『ここから出たい』なんて漏らして、私は一緒にどこかにいこうと言って逃げ出して……けれど子どもの足でいける所なんて限られるから、すぐに大人に見つかって。
私が連れ出した事にして、雪夢は寧ろ心配されていた。
その後は……雪夢が隣県の私立桜来を受けると聞いて、私もいくと言って、一緒に受かって。
「別々のクラスになって、たまに話をするくらいになっていた。その後、桜来が鎖された後、私は
凍月は徐々に悲しそうになっていって、最後はほとんど涙声だった。
「愛殿で再会できたと思ったら、雪夢は以前と違って、あまり話してくれなくなっていた……愛想をつかされたのかと思う」
話に関しては映像として記録しているが、分かる事は二人の間に長いつきあいが存在する事、隼が話を知っていそうな事、そして、雪夢の方で何か事情を抱えていそうな事だ。
「楓山さん、そんなに話をしない? いや、元々饒舌ではないけど」
美青は少し気になって尋ねた。雪夢は友人はかなり大切にするし、まして名前を呼び捨てにするほど仲が良くて冷たくするというのがちょっと想像できなかった。
「話をすれば答えを返してはくれる。だが明確に分かる。声に温度があれば、雪夢の声は以前より冷たい」
何か、凍月にとっては明確に分かる違いが存在するらしい。美青ではそこまで判別できないが。
「雪夢が話してくれるか分かんないから聞くけど、雪夢って何か家庭の事情ある感じだよね。どういう感じか知ってる?」
琴宝が尋ねた。
「そこが正直私もよくは分かっていない。当時住んでいた所から遠方に務めているご両親だとは聞いた。何をしているのかは雪夢もあまり把握していないらしかったが……少しだけ会った印象として、雪夢に対しては甘いイメージがある」
忙しくて家を空けがちなのはともかく、そこまでおかしな事はないのではないかと美青は考え、しかしまだ見えていない事情があるような気配も感じ取った。
「それで、雛菊さんはどうしたい?」
言ってみて、美青は手を差し伸べた。
「雪夢の、本当の気持ちを知りたい。どんなものでも構わない。ただ……隠しがちな本心を、見せて欲しい」
それが明確ならば、美青にとってやる事は自明だった。
「うん。絶対なんとかする。琴宝、この事は私が協力頼んだ人以外には秘密で進めたいけど、いい? 雛菊さんも」
言った以上、責任が伴う。それは充分分かっている。だからこそ、美青は覚悟できる。
「私は構わん」
「いいけど……向日葵さんとあと
琴宝の言葉に、凍月が歯を食い縛るのが美青には分かった。
「その二人……と、編集班の誰かで進めると思う。向日葵さんいるなら
「分かった」
「忙しくなるね」
軽く言ってくれる琴宝くらいの方が、傍にいると安心すると美青は思う。
なんにせよ一つのフィルムの方向が決まり、三人は食事を一緒にして、教室に戻った。
食事の間に分かったのは、凍月が雪夢の事をとても大切に思っているという、
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