2-1:全部見せる?
以前、
それと並行して、現時点で存在する動画のチェックを行なった。基本的に映像美術研究会外部には無断で撮っているので、加工する所のチェックだ。編集班ではもう加工処理のやり方について議論が進んでいる。
それらをこなしつつ課題もやっているので、日曜の夕方になると美青は(もう日曜日終わる……)やるせなさすら覚えた。
映像のチェックについては終わっており、ひとまず自己紹介動画を流す話が出ている。細かくは明日の会議でだ。
日曜日は基本的に二人で食事を整える。琴宝が仕事でも入らない限りはそうだ。
この日も二人で夕食を整えて、二人で食卓を囲んだ。
「これでとりあえず
琴宝が作ったカレイの煮つけを崩しながら、美青はぽつりと言った。美青のカメラも土曜に届いたが、それ以前に動画を撮ったカメラは琴宝の私物を合わせて計七台。チェックも相当な量になっていた。
「まあ後は出す前の最終チェックだけしとけば大丈夫かな。自己紹介動画はちょっと長いから分割にする感じで」
琴宝は美青が作った野菜サラダにドレッシングをかけて、少し食べた。
「……今の所は、上手くいってるのかな」
「いってないなー、って顔してる」
琴宝に言われて、美青は彼女の顔をまじまじと見た。
「顔に書いてあった?」
「そりゃもうでかでかとね。何を気にしてんのかって――
完全に図星を突かれる辺り、本当に美青は琴宝に隠し事ができそうにない。
「そうだね……」
特に、自分達は纏まっている側に入るし、それを外部の視点で判断する事もできないと美青は思っているので。
「今回の動画総洗い……八人それぞれ意見をくれたけど、やっぱり気になっちゃうな」
美青は少しご飯を食べた。食べないとどんどんネガティブになっていく気がした。
「まあ気持ちは分からんでもないけど……やり方がそれぞれ違うから、一人で全部解決しようとはしないでね」
琴宝は常に美青に見えない部分を見てくれるので、彼女としては頼もしい。
「やり方、か……」
「そう。弓心については文芸部をやりたいって言ってるから、まずはメロメを頼る。美青が文芸部どうするかにもよるけど」
そこで自分の事を言われると心苦しかったりする。文芸部に関しては本当に決めかねているので。
「でも、弓心はまだ大丈夫だと思う。編集班に立候補するくらいには馴染む気あるし、編集班のメンバー考えるとあの人には合ってそう」
美青は
バラバラなようでいて、それぞれ大人な部分はある。風文子と灯理は元からそうだし、美青が話してみた感じ、鯉路もまとめ役を任せられるタイプだ。雪夢は正鵠を射る事が多いし、羊日はなんだかんだまとめ役ができるタイプではある。
「終はまあ
「そうだね。
「あと、十鋒に関しては杞憂もいい所だと思う」
「まあそれは思ったけどさ……」
十鋒に関しては既に完全に映美研に馴染んでいる。
「ピマシのメンバーはちょっと遠慮されてる気がするけどね」
その心理が分かるのか、琴宝は凍月を飛ばして、PINK MAD SICKのメンバーに触れた。
「でもあの四人、メロメさんとの動画撮ってたよね?」
メロメの『人間や物が動物に見える感覚』でそれぞれの愛称を決める動画は美青も見た。少し編集すればそのまま出せそうなくらいだった。
「繋がりを担うのが羊日ってのがなんとも言えない感じなんだけど……
「
何故、急に黒絵の名前が出てくるのかと思って美青が琴宝を見ると、凄く湿気った顔で美青を見ている。思わず美青は煮つけを落としかけた。
「いや、バンドメンバー四人全員から矢印向いてる羊日が黒絵と付き合ってるんだよ?」
冷静に考えれば分かる事だった。
PINK MAD SICKの四人に関しては明確に羊日が好きだという事は分かる。その上で羊日が黒絵とつきあっている事は――恐らく本人達が隠していない。
「薊間さんからあの四人に対する反応もいまいち見た事ないね……」
「だから、そこは気にしなきゃいけないんだけど……羊日も含めた五人でまとまってるから、とりあえずは私達の空気感に慣れて貰う感じで、好きにやって貰うのがいいと思う」
琴宝の助言に関しては、しっかり覚えようと美青は思う。
「で――凍月でしょ、美青が一番気にしてるの」
本当に、琴宝は常に図星を突いてくるな、美青は少し苦笑した。
「正確には、雛菊さんと
「まあいきなり名前で『凍月も』って言った時は私も驚いたくらいではあるからね」
琴宝を驚かせるのは簡単にはいかない。
そして、雪夢はあまり凍月との繋がりを話したくないような感じだった。何があったかまでは不明だが、少なくとも雪夢が自分で語るのを拒否する事はそれほどない。彼女は口数が少ないだけで、会話は積極的な方なので。
「んー……雪夢って一回決めたら結構頑固だからな……ってのは
雪夢と覇子に関しては元ルームメイトという所があるので、恐らくその部分については理解している。
ただ、美青自身の雪夢への解像度は寧ろ浅い。急に予想外の事をしてくる人物という印象があるのは、単に雪夢の事をよく知らないだけという感じもする。
「……一度、雛菊さんに話を聞けないかな」
食事の手を止めて、美青は小さく呟いた。
「まあ、『全員主役』の内の『最初の主役』を二人に頼む感じでもいいと思う」
琴宝の言葉が気になって、美青は彼女を見た。琴宝は普通に味噌汁を飲んでいる。
「それ……楓山さんにせよ雛菊さんにせよ、頷いて貰えるのかな……」
「いいじゃん。全部見せちゃえば」
全部、見せる。
それはきっと、とても勇気がいる事になるだろう。それを二人に頼んでいいのか――美青はますます、ジレンマに陥っていく自分を発見した。
「なんにしても明日、凍月の予定をちょっと空けて貰うかー」
「ちょ、琴宝、行動が早いよ!」
「じゃあさ」
琴宝は少し、からかうような顔で美青を見た。
「美青はあの二人が主役やってるとこ見たくないの?」
まだ、どんな関係なのかも分からないのに、主役として勝手に抜擢する――背徳感は大きかった。
ただ――見たいかどうか、知りたいかどうかで言えば、主役というのは一旦置いても、知りたい。
「……主役をやってる二人がみたいって言うより、二人の間にある感情――そう、感情を知って、それを一つにしたい」
美青は、自分の中に存在する一つの大切な事を発見した。
「きっと、あの二人だけじゃない、私も琴宝も含めて、二十四人がそれぞれの感情を持ってる。だから――その感情を、フィルムって言う匣に一欠片ずつでも、閉じ込めたい」
それは紛れもなく、美青が望んでいる、一つの『映画』であり『物語』だった。
「なら、何も躊躇わなくていいじゃん」
琴宝は、すぐにテーブルに置いているスマホを取ろうとした――美青は、手を伸ばして遮る。
「私がやる」
自分が言い出した事だから――琴宝なら、言わなくても察してくれる。
「しっかり、監督」
明るい笑顔の琴宝に頷いて、美青は凍月に連絡し、明日の昼に琴宝も合わせて三人で部室に集まる事になった。
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