SSF001:ピマシメロメリズム

 これは、映像美術研究会が部として認められ、部室で話を終えた後のPINK MAD SICKキーボード担当であり映画委員・編集班を兼任する鬼灯町ほおずきまち鯉路こいじの記録した物になる。


 鯉路はストロベリーブロンドのツーサイドアップを少し直して、小柄な体で目の前の人物――ふわふわの金髪に一五〇センチの小柄な体を白いブレザーと赤と黒チェックのスカートに包んだPINK MAD SICKのリーダーでありギターボーカル・棗井なつめい羊日ようひにカメラを向けた。


「OK?」


 羊日は短く尋ねてくる。


「OKよ」


 鯉路は短く答える。


 場所は教室――一年七組の場所に戻っている。


 場にいるのは合計六人。


 PINK MAD SICKのメンバーである羊日、鯉路、菖蒲名あやめな豹衛ひょうえ百日紅さるすべり亀三梨かめみなし向日葵ひまわりはやと、そして牡丹座ぼたんざメロメだ。


 教室の後ろにメロメが椅子に座り、その対面に一つの椅子がある。鯉路がメロメを映すと、困惑しきりの様子だった。


「ねえ……いきなり拉致されたと思ったらこれって何……?」


 その困惑を隠しもせずに伝えてくる。鯉路はメロメの事をほぼほぼ羊日の話でしか知らないが、かなり面白い人物だとは聞いている。


「私のバンド内での愛称がジャガーなのは知ってるわね?」


 羊日はメロメの前の席に座って尋ねる。鯉路はメロメの後ろに回って羊日を映し、彼女が髪の毛をかき上げると、メロメの前に立って彼女を映した。


「知らないけど……」


 メロメの言葉に、鯉路はすぐさま後ろの羊日を振り返る。


「知らんのかい!! あんた人の話聞いてるようで聞いてないわね!! なんで私がジャガーなのか説明して!!」


 羊日はじたばたと足を動かして抗議しつつ、要件を言った。鯉路はすぐさまカメラをメロメに戻す。


「まあジャガーさんがなんでジャガーを名乗ってるのかは知らないけど」


「あんたの所為よ」


「単に僕にはジャガーに見えるってだけだから理由とか説明しろって言われても困るんだよね……っていうかえっと……バンド名」


「PINK MAD SICKよ」


 羊日が注釈を入れた。


「のメンバーの人知らないからこれ撮ってるの……?」


 メロメは鯉路の目を見た。


「じゃあ説明して貰いましょ」


 丁度いいと思い、鯉路は羊日に視点を戻した。


「そう、この子らは私の話でしか知らないのよ、メロメリズム――人間が動物に見えるメロメだけの感覚をね」


 羊日は決め顔を作って答えた。足を組み、上品に解説している。ちなみにメロメに何故主旨を伝えていないのかを鯉路は知らないが、とりあえず羊日に考えがあるのだろうとあまり気にせずにいる。


「まあそうなんだけど、ひょっとしてこの四人がなんに見えるのか試したくて呼んだの……?」


 メロメの方にカメラを戻すと、彼女はやはり困惑した顔だった。


「そのとーり。って事で鯉路、自分にカメラ向けなさい」


「オッケー」


 鯉路はカメラを自分に向けた。自撮りと同じ感覚でいける事は既に自分で確認している。


 カメラにはきっと、ストロベリーブロンドをツーサイドアップにした、小柄で気の強そうな麗人が映っている筈だ。


「っていう事でまずは私、PINK MAD SICKのキーボード担当、鬼灯町鯉路から」


 打合せ通り、鯉路はカメラをメロメに向けた。同時に羊日が椅子からどくので、鯉路はそこに座ってしっかりメロメを映した。


「私の事は何に見える?」


 メロメはちょっと引いた。何故引くのかが鯉路には分からないが、メロメの事はまだよく知らないのでそれはいい。


「細かい種類までは詳しくないから分かんないけど……見た感じコンドルだね……」


 コンドルって言った?


 鯉って名前に入ってるのに――いや、『羊日』が『ジャガー』になる時点で意味が分からないので、これは連想ゲームではないのだろう。


「コンドルね……コンドルかあ……」


 羊日がこのメロメリズムと呼ばれる物を頼りに自分の愛称をジャガーにしているので、まだ愛称が決まっていないメンバー(鯉路と豹衛)も参考にしたいという話が出ていた。


 しかしコンドルはいじりづらい。そして自分のコンドル要素はどこだと鯉路は思う。


「ちなみに名前になんか動物の名前入ってても僕の見え方は関係ないからね?」


 メロメは注意するように言ってくる。


「うん、まあジャガーがジャガーの時点で分かってる。じゃあ次」


「はーい!! 私自分の気になりまーす!!」


 段取りを無視して割り込んできたのは、PINK MAD SICKのドラムス・向日葵隼だった。


 サラサラの長い金髪の一部を集めて頭の上にお団子を作っている。顔立ちは異国情緒が漂い、青い瞳は外国人っぽい。めっちゃ元気で健康なのが彼女の取り柄だが、頭が足りないのはどういうわけか。一五〇センチの身長でのしのし鯉路をどかそうとするので、鯉路は慌てて彼女から離れた。


「チーターにしか見えない……」


 隼が席に着くのを待たずに、メロメは回答した。


「ジャガーと似てまーす!!」


 隼は一人ではしゃいでいる。いつも元気に走り回っている隼は確かにそんな感じかも知れないと鯉路は思う。にしてもチーターは愛称にしづらい……いやこいつは別に梵天丸という自称を使うからいいかと思い直して、鯉路は黙っていた二人を映した。


「流れ変わったから次、亀」


「分かった」


 PINK MAD SICKのベーシスト・百日紅亀三梨はメロメの前に静かに座った。


 一四五センチとベースに持たれている身長、灰色の髪の毛を一本のおさげにした上で前髪の中央から二房で麻呂眉の下の目の周りにラインを引き、顔のラインで合流するようにしたやたら手間のかかる髪型の彼女は名前が長ったらしいので『亀』と呼ばれている。


「亀さんが亀なの僕も腑に落ちないんだよね……」


 思わず、鯉路はメロメの方を映した。本当に訝し気に腕を組んで亀三梨を見ている。


「ちょっと待ったメロメ。亀が亀に見えるって、そのまんま亀って事?」


 羊日が尋ねる。


「亀は亀でも鰐亀の類なんだけど、亀ではあるかなあ」


「ちなみに私の家で飼ってたのは草亀」


 亀三梨の話も一応記録しておこうと、鯉路はカメラを回した。


「草亀って割と一般的な亀でしょ。亀さんそういう感じの亀ではないよ。滅茶苦茶でかいし」


 どうもメロメリズムによると、亀三梨は見た目の小ささとは裏腹に相当でかく映るらしい。鯉路は鰐亀を知らなかったので、後で調べておこうと決めた。


「私は強い亀だ……」


 そして亀三梨はさらっと席から去って、最後の一人の背中を両手で押した。


「よ、よろしくお願いします……」


 PINK MAD SICKのギタリスト・菖蒲名豹衛は一五二センチの身長で縮こまりながらメロメの前に座った。身長はPMS一でかい。顔立ちは太眉が特徴的で、温厚そうな印象を与える。身長に比例してか肉付きも一番いい。


 彼女が目の前に座ると、メロメはビクッとして体を引っ込めかけた。


「何に見えたのよメロメ」


 羊日が対面から尋ねる。


「頬白鮫がいきなり目の前にきたらこれでもリアクション薄い方に入るよ……鮫ちゃんと海いったらとんでもない事になりそう」


 頬白鮫、と聞いて鯉路は豹衛の顔を映し、続いて羊日の考えている顔を映した。


「シャークかジョーズね……」


 恐らく羊日の中では既に愛称ができかけている、PINK MAD SICKの大半を決めるのは彼女なので、鯉路は基本的に意見を求められない限り口を出さない事にしている。


「豹衛の愛称、シャークとジョーズどっちがいい?」


「どっちもイメージ合わないよ!!」


 豹衛は思いっきり拒否している。バンドマンでその内気さもどうかと鯉路は思うが。


「シャーク!! シャークがいいです!!」


 隼は元気だ。


「ジョーズだと頭文字が同じ『J』でジャガーと紛らわしい」


 鯉路は珍しく亀三梨と同じ意見になった。ステージで咄嗟に呼ぶ前提を考えると似ないに越したことはない。


「単にシャークの方が耳馴染みいいし、シャークじゃない?」


 場の流れも加味して、鯉路は答えて全員を順番に移した。


「じゃ、豹衛はシャークで。鯉路は……」


 コンドルはどう考えてもそのまま使いづらいだろう。鯉路は一度羊日の考える姿を撮って、自分がそこに映り込むようなアングルに持ち替えてツーショットを撮った。


「コンドルは飛んでいく……」


 ぼそっと言ったのは亀三梨だ。鯉路が慌てて彼女を撮ると、にんまりと笑った。意地が悪い奴だと鯉路は思う。


「コンドルは飛んでいくって原題が……『エル・コンドル・パサ』か」


 競走馬の方を連想するなあと鯉路は他人事みたいに考えていた。


「ナスカの地上絵にもコンドルはあるらしいよ」


 何故かメロメが横から豆知識をくれた。


「ナスカ……!!」


 羊日の『ピンときた顔』を、鯉路は撮り逃さなかった。


「鯉路! 決定! あんたはナスカを名乗りなさい!!」


 もうこうなった羊日はどうやっても止まらないので、鯉路は頷く事にした。


「どうも、ナスカです。そして」


 鯉路は豹衛にカメラを向けた。


「うぅ……人喰いシャークです……!!」


 どう考えても無理がある人喰いの部分をつけて豹衛は名乗った。鯉路はカメラを亀三梨に回す。


「あれ、私だけ亀のまま……? まあ亀でいいか。亀だよ」


 よく考えると亀三梨と隼は考えてない。


「あれ? みんな動物なのに私だけ梵天丸のままですか?」


 隼にカメラを向けると、混乱していた。アホっぽく見える。


「チータでいいでしょ」


「チータでーす!! 梵天丸でもいいでーす!!」


 羊日の雑な発言に乗る辺り、本当にアホなのだろうと鯉路は思う。そして鯉路はカメラを羊日に回した。


「そしてジャガーよ」


 とりあえず格好つけるのが羊日のスタンスだ。


「ちなみにメロメはなんなの」


 亀三梨がメロメに尋ねたので、鯉路はメロメにカメラを向けた。


「僕は大きくて黒い海月だよ」


 なんだその怪奇生物は。鯉路は言いかけてやめた。失礼かなと思って。


「この中で一番不可解……」


「ビッグブラックジェリーフィッーシュ!!」


「リズム隊失礼だよぅ!!」


 三人の漫才を映しつつ、鯉路はふと気づいてカメラを羊日に向けた。


「Big Black Jellyfish……あんたら!! 曲作るからいくわよ!!」


 こんな感じで、PINK MAD SICKの日常は慌ただしく過ぎていくのだ。


「もう部活いっていいかな……」


 困惑するメロメの顔をカメラに収めて、鯉路は記録を終えた。


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