1-12:生徒会室へ

 美青みお琴宝ことほ千咲季ちさきは部室を出て、校舎へ向かう事にした。事前に美青は琴宝と話していたし、千咲季については二人の記録をつけて貰う為だ。


「学校の中を撮影するのに許可を求めるべき相手がいる」


 琴宝は千咲季が向けるカメラに話しかけた。


「学園長とか教師の誰かって言うのは、躑躅峠つつじとうげ先生の領域だから私達にはできない」


 琴宝はよく通る声で話す。


「できるのは――生徒会長の鳥兜とりかぶとつむぎ先輩に掛け合う事」


 事前にはなから聞いていたし、灯理ともりにも確かめたが、『鳥兜紬』という物凄い人名は忘れようがない。


「校内では『猛毒紬』の異名で通ってるらしいけど、英も灯理も会った事はほとんどなくてどんな人か不明。一年から二年に上がるタイミングで生徒会長になってるから現在二年ってくらい。ただ、会うのにアポはいらないって話は聞いてる」


 そこで琴宝は千咲季に背中を見せた。


「記録についてはまあ一応許して貰うけど、問題は公開を許して貰えるか。実際、毬子まりことかそうだけど部活決めてる人もいるしね」


 学校内での撮影について、映美研成立以前からしているが、それは仲間内での事だ。PINK MAD SICKのメンバーについては別クラスに纏まった上で『バンドの活動の一環』として行なっており、一年七組の面々についてはそもそも教室の外で撮る時に場所を選んでいる。


 それを垣根なく撮れるようにする事はどうしても必要だ。それぞれ、教室も部室も飛び出して動くので。


「生徒会室で撮って怒られないかな……」


 千咲季が不安そうに呟く。


「まあダメならダメでやり取りくらい覚えられるし、後で再現すればいいでしょ」


「琴宝の記憶ってほんと不思議だよね……」


「どこが?」


「あっちこっち」


 美青はマンション管理人の名前すら覚えていなかったのに、会話は覚えられるという琴宝が不思議で仕方なかった。


「まあでも、許しては貰えるのかな。凍月しづきちゃんがお咎め受けてる感じでもないし」


 美青は思わず千咲季の方を振り返った。千咲季は美青にピントを合わせてきた。穏やかな顔はいつも通りだが、何故凍月の事が話題に出るのか分からない。


雛菊ひなぎくさんが見逃されてるみたいな感じだけど……雛菊さんって何かした?」


 紫姫しきに勝負を挑んではいたが、あれはどちらかと言うと彼女が所属する剣道部の管轄であって、美青達にまでくる話とは思えない。


「あ、美青ちゃん気づいてないんだ……凍月ちゃんっていつも竹刀袋持ち歩くでしょ」


「ん? うん」


 隣の席なので毎日凍月を見ているが、常に竹刀袋を身近に置いて離さない。移動教室の時だろうが体育の時だろうが、必ずその場所まで持っていく。


「あの中……竹刀の他に明らかに別の物が入ってる」


「え……」


 美青はなんの話か分からなかった。もっとも、千咲季はそのような物を見切るには達人と言っていいので、間違いはないのだろうが。


「単に竹刀を入れてるだけなら重心の位置はあんな風にはならない。何か……竹刀に近い長さの槍みたいなのを入れてるね」


「槍って……」


 何故凍月はそんな物騒な物を持ち歩いているのか……しかも、恐らく本人は隠しているつもりでも千咲季にバレる辺り、見る人が見れば分かる。


「琴宝は気づいてた?」


「明らかに竹刀を持ってる動きじゃなかったし、なんか入ってるのは分かった。しかも物騒な物だってのも持ち方が重そうなので分かる」


 琴宝で分かるならば、他にも覇子はるこ、毬子、紫姫辺りは気づけるという事だ。誰も今まで触れていないが。


「そんな風に分かるんだね……」


 下手な事を言っても自分の観察力のなさがまた露呈するだけなので、美青はおとなしく目の前の部屋――生徒会室での話に徹する事にした。ドアをノックして中に入る。


 中は比較的広い、教室くらいの大きさの部屋だった。そこに生徒会役員がそれぞれ席を合わせて仕事をしている。


 一番の上座にいる人物だな、という事はすぐに分かった。


 艶やかな黒髪を三つ編みにしている。毬子まりこよりも褐色が強い肌はエキゾチックな印象を与える。。穏やかな灰色の瞳を持つ柔和な垂れ目は美青達をしっかりとらえていた。身長は一六八センチと高く。ボディラインは制服の上から分かる程、起伏に富んでいた。


「……椿谷つばきたに美青さんに、橘家たちばなや琴宝さん、東蓮寺とうれんじ千咲季さん……一年七組というより、映像美術研究会の用事ですね」


 彼女はすぐに三人が誰かを言い当てた。いつ覚えたのか分からないが、いつの間にか美青まで名前を知られていた。


 そして彼女は立ち上がり、役員達の席の中で空いている所を三席示した。


「座ってください。撮影についてもご自由に。愛殿学園生徒会長・二年二組鳥兜紬が話を聞きます」


 この人が鳥兜会長――美青は少し、緊張しながら席についた。隣に琴宝が座り、その横に立って千咲季がカメラを回す。


「えっと……一年七組、映像美術研究会の部長、椿谷美青です。今日は少し、活動についてご相談があってきました」


 なんとなく居心地が悪い相手だなどと思いながら、美青は話を始めた。


「どのような事でしょうか」


 紬は手を差し伸べて尋ねてくる。


「映美研では部員のそれぞれの物語を映画として記録する活動を行なっていて、今、千咲季がカメラを回しているのもその一環です。それで、撮影場所として愛殿の校舎内外、敷地内を使った動画を公開できるか、という事です」


 既にある程度撮っているという事については言外に示している。既成事実を認めて貰えるかどうかという所が重要だった。


「まあ本来ならば映研のように撮影の事前申告と場所の指定を行なわなければ全面的に不可なのですが」


 割と当たり前の話が出てきた。琴宝から聞くに、過去に所属していた映研でも撮影には大分の縛りがあったらしい。


「映美研に関しては少々特殊な活動である事に加え――」


 紬はそこで明確に千咲季のカメラ――というか、千咲季本人を見た。


「――同郷の東蓮寺さんがいるという事を勘案して、少しの条件の下では可能としようと思います」


 千咲季と紬が同郷――思わず美青も琴宝も、千咲季を見た。千咲季の故郷と言えば、若干人に言えないか、言ってもジョークと取られるような人間を育てている場所だ。


 千咲季はカメラから視線を外し、紬を見た。


「まあ『鳥兜紬』の時点で他にいないと思いましたけど、やっぱり紬先達でしたね……」


 千咲季は既に知っている相手らしかった。


「あの……千咲季。これ聞くの大丈夫か分かんないんだけど、鳥兜会長が同郷って事は、鳥兜会長も強い……?」


「私ごときが紬先達と勝負したら五秒以内に殺されて終わりだよ」


 怖すぎる情報が出てきた。一年七組の中でもまず間違いなく最強と言っていい千咲季がそこまで言う相手ならば『猛毒紬』などという物騒な二つ名も頷ける。


「今更その話をしても始まらないでしょう。具体的な条件の話に移ります」


 ただ、不可侵の話題ではあるらしかった。


 美青が琴宝を見ると、メモの用意をしていた。


「一つ、撮影に許可は不要。ただし動画公開の際、許可を得ていない部外の人物が映っている場合は加工処理を施して特定不可能にする事。二つ、部外者を撮影した動画を出す場合、映った人物全員に許可を取る事。三つ、これが最重要ですが、他の部活・クラスの光景を取る際は代表と交渉して合意を得、それがなければ撮影を行なわない……というのも」


 ピ、と紬は指を四本立てた。


「一年四組の一部生徒から少々苦情がきています。映美研の構成を考えるにクラス外の四名がクラスの中を撮影していて困ると」


 考えてみるとPINK MAD SICKのメンバー四人に関してはあまり美青達の目が行き届いていないので、それはそういう苦情も出てきそうだった。


「その四人のリーダーに関してはうちのクラスにいるので、そちらから話しておくようにしておきます」


 すぐに、琴宝がフォローを入れる。


「了解しました。しかし、先に出した条件三つに加えて以下――『部活で一つの場所を占有する場合、三日前までに生徒会に申請する事』を加えて、四箇条とします。部室を占有は含みませんが、宿泊は教師に申請する事。異論については」


 紬の顔は変わっていない。ただ、その灰色の瞳に浮かぶ迫力が明確に増した。


「一切認めません。破った場合は部の存続に関わるものとして部員にも周知徹底してください」


 美青は彼女が『猛毒』と言われる所以が分かった気がした。これに逆らえる相手はちょっと、覇子くらいしか思いつかない。話の内容的に覇子は寧ろ合意するだろうが。


「分かりました。今日の内に周知して、条件に該当する動画がないか週末の内にチェック、あった場合は指定の処理を施すか、公開を差し控えるかします」


 美青はすぐに条件を飲む事を承諾した。寛容そうに見えるが、紬はその寛容さを裏切った者に一切の情けをかけないタイプだとすぐに理解できる。


「話が早くて助かります。では、他にも困った事があればいつでも相談に乗りますので、ここを訪ねてください。私個人の連絡先も――」


 紬は再度、千咲季を見た。


「東蓮寺さんの縁もありますし、教えておきます」


 千咲季とどういう縁なのか、千咲季の過去自体が重たく暗いのもあって美青は聞けなかったが、いずれにせよ、映美研を運営していく上では必要なので交換する事にした。琴宝が何も言わないという事は、彼女でも下手には逆らえないという事だ。


 連絡先を交換すると、三人はお礼を言って生徒会室を出た。


「先に言ってよ千咲季……」


 美青はちょっと、千咲季に愚痴った。


「ごめん。でも人違いだったら驚かせちゃうなと思って……」


「いや絶対同じ名前の人二人もいないでしょ」


「琴宝ちゃん、ここだと先達に聞こえるから……」


 千咲季の言葉で、美青達は少し急いで生徒会室近辺から去り、三人で帰り道に就いた。


 物騒な物には触れず、三人は帰って生徒会長からの話を伝えた。絶対に厳守という事で、週末に動画の総浚いをする事になった。


 忙しくなるな――美青はちょっと、自分に気合を入れた。


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