1-8:紫姫VS凍月
放課後になると、一年七組は全員で
何故こんな事になったのかは、
昼休み、購買で食事を買った面々が喋っている中、
「
凍月は後ろの席の藤宮
「何よ」
だるそうにパンを食べていた紫姫は何げなく答えた。
「お前強いだろ」
その言葉が何を意味しているのか――灯理のカメラが捉えた紫姫は気まずそうな顔をしていた。
「まあ藤宮さんは強いわね……」
灯理は思わず言った。このクラスで一番強いのは千咲季だが、その下に
「ちょっと灯理、余計な事言わないでよ……」
「認めたな、私と立ち会え!」
凍月はいつも持っている竹刀袋を取って立ち上がった。
「いや立ち合えって……私より千咲季の方が遥かに強いわよ?」
紫姫は戦いを避ける方向らしかった。
「それは既に察している。
「うぇ……」
紫姫はとんでもない事を聞いたという顔になった。対して凍月は自信満々だった。
「紫姫ちゃん、あれ持ってるの?」
カメラを回していた千咲季は気になって尋ねた。
「持ってるけど……分かったわよ。やればいいんでしょやれば」
「よし! では放課後剣道場でやろう! 場所を取ってくる!」
凍月は教室を出ていき、記録はひとまずそこで終わった。
……というのを見せて貰った
そして剣道場となれば、無論あの人がいるだろうと思えた。
「やあみんな! 久しぶりだね!」
短く纏めた金髪はそのまま、王子様的に整った顔立ちは凛々しさと色気を増していて、その体は既に一八〇を超える程に育っていた。剣道着に身を包んでいるが、ボディラインの豊満さは隠せない。
「お久しぶりです
「大百足先輩久しぶりー」
美青とメロメにとっては
「話は雛菊くんから聞いているよ! さあ着替えて!」
「はい!」
「はい……」
凍月は元気満々に、紫姫は若干嫌そうに更衣室に入っていった。
「ねえ千咲季……ちょっとカメラ貸して」
「はい」
美青は千咲季からカメラを借りて、彼女を映した。
「藤宮さんってなんで猿黄沢事変の時戦えてたの?」
少し、暗部になりそうな気もしたが、分からないとそれこそ意味の分からない内容になりそうだったので、美青は尋ねた。一年七組全員の視線が千咲季に向く。
「
千咲季は手で大きさを示して言った。
「その茶室刀を一つの短い杖『
短杖術というのを美青は初めて知ったが、少なくとも紫姫がそれを修めているならば覇子が防衛チームの守り役に任命したのも頷ける。
美青がお礼を言ってカメラを千咲季に返すと、彼女は更衣室の入り口を取った。
そこから、剣道着に身を包んだ二人が出てくる。
身長的には二人共一六〇を超えていてあまり差はない。紫姫は本当に短いリレーに使うバトンくらいの長さの木の棒――短杖と言うに相応しい物を持ち、凍月は竹刀を持っている。
「それではルールは単純!」
何故か牙は完全に場を仕切っている。
「先に一撃入れた方の勝ちだ! 仕切り線まで並んで!」
二人に言って、牙は撮影している美青達の方を見た。
「そこからでは見える景色も限定されるだろう! 剣道場の中は好きに撮ってくれて構わないよ!」
どうも牙は凍月か
美青は琴宝と一緒に見ていた。
「では――始め!」
牙が二人の間で腕を振り下ろすと、互いに出方をうかがうように構えた。
紫姫は短杖の両端を持って地面と平行になるように構えている。対して凍月は正眼に構えて――一気に踏み込んだ。
大きく振りかぶってから面を狙う一撃は、紫姫の短杖に阻まれる。紫姫は両手で持っていた短杖を片手に持ち替えて、するりと凍月の竹刀を流した。
そのまま反撃――する間もなく、凍月は剣道の動きを無視した出鱈目な軌道で紫姫の首を攻撃した――しかし、紫姫もそれくらいは想定内らしい。脚を一八〇度開脚し、身を伏せて躱す。
大きく身を伏せて躱した紫姫の頭を凍月は狙うが、紫姫は身を伏せたまま短杖を両手で持ち、その一撃を止めた――更に、短杖をくるりと回し、立ち上がる勢いと共に凍月の竹刀が床に落ちるように力を加えた。
形勢が傾く――美青が思った瞬間、紫姫は一気に立ち上がり、凍月の竹刀を踏みつけてその首筋に短杖の先端を寸止めした。
「一撃入れるって言っても、喉潰すわけにはいかないでしょ」
それで、決着だった。
「そこまで! 勝者、藤宮紫姫くん!」
牙が紫姫の勝利を告げる。
「むう……あの五人で一番弱い奴にも無理か……」
「うっさいわよってか私は別に強くなりたくてなってんじゃないし」
凍月は考えるように短杖を寸止めされた首筋を押さえて、一年七組の一人を見た――美青が見ると、その視線は
雪夢は何か言うのかと思ったが、ただ凍月の視線を外しただけだった。
(そう言えば楓山さん、雛菊さんと知り合いみたいだったな――凍月って、楓山さんが名前で呼ぶ程の相手ってどんな関係なんだろ)
美青は気になったが、場の空気が完全に紫姫の勝利を祝うような物に変わっているので言い出せなかった。
「いずれにせよ、いい勉強になった。ありがとう藤宮」
凍月は既に視線を紫姫に戻して握手を求めている。
「まあ二度とやりたくないけどね……」
紫姫はそんな事を言いながら握手に答えた。その光景に、拍手が沸き起こる。
けれど――美青はどうしても気になって、雪夢の方にいった。
「楓山さん」
美青が声をかけると、雪夢は相変わらず表情の読めない視線で美青を見上げた。
「何」
そしてごく短い答えを返す。
「雛菊さんの事、知ってたような感じだったよね、クラスに初めて入った時。どういう繋がりか、聞いていい?」
美青が尋ねると、雪夢は珍しく悲しそうな顔をした。
「……古い友達。それ以上は、凍月に聞いて」
何か、雪夢もまだ話したくない感じを美青は感じた。
「……分かった」
美青がふと視線を感じてそちらを見ると、琴宝がカメラを二人に向けていた。
「琴宝……」
空気が読めるのか読めないのか、判断に困る所だ。
「雪夢も主役だからね、この映画」
「ん」
琴宝の言葉を聞いた雪夢は、すぐに踵を返した。
「楓山さん?」
「いく所がある」
「部活?」
「ボルダリングジム」
思ってもみない答えが返ってきて、美青はちょっと混乱した。雪夢がボルダリングをするというのが嘘なのか本当なのか分からないが、雪夢が美青に対してか、誰かに対して嘘を言った事がないので本当なのだろうと思う。
「頑張ってね……」
「ありがとう」
それだけ言って、雪夢はひっそり剣道場を出ていった。
「雪夢と凍月、なんかあったな……」
琴宝は美青の方にきて、呟いた。
「まあそれはそうだと思うけど……」
美青が凍月の方を見ると、悲し気な顔で雪夢が去っていくのを見て、そっと更衣室に戻っていった。
「そう簡単に聞ける感じでもない、か」
「いや聞きなよ。あの二人なんか気まずい感じだし」
琴宝に言われて、美青はちょっと怖くなった。
雪夢が凍月にどういう感情を向けているのかはまったく分からない。昔から、という事はつきあいは長いのだろうが、それにしては教室で二人が話しているのを見た事がない。
凍月の方は話してくれるか――そんな事を考えても、美青はまだ凍月とそれ程話していない。
どっちつかずの心はどちらに傾ければいいのか、美青には分からなかった。
「美青って結構人に突っ込んでくのは苦手だよね」
湿気った顔の琴宝に言われて、美青は(それは本当にそうだ)自虐した。
「うん……もう少し、考えてみる」
それが、今の美青にできる精一杯だった。
「それだけ盛り上がれるならば君達も部活申請したまえよ」
牙のよく通る声が聞こえて、美青がそちらを見ると、カメラを回している経緯を灯理が説明したのに牙が答えた所らしかった。
「なんか、あっちは面白そうになってるな」
「琴宝はすぐ目移りするよね……」
「深く考えるのは美青がやる、広く見るのは私がやる。それでひとまず」
「って事にしておいてあげる」
実際は結構どっちも美青はやっているが、この辺りの匙加減は琴宝が女優としての仕事もあるので難しい。
それにしても、部活申請……?
美青は会話に入っていって、映画委員を部活にすればいいという牙の話を聞いた。
一つの手――明日、全員で話す事になって、その日はそれぞれ別れた。
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