1-6:編集担当
できれば風文子の部屋にきて欲しいという事で、美青と琴宝は断る理由もなく、琴宝の予定も空いていたので二人で頷いた。
そして放課後になると風文子と一緒に墨桜荘まで帰った。彼女は自分の班――
そして風文子の案内で(美青は未だに誰がどこに住んでいるか咄嗟に分からない)彼女の部屋に入ると、風文子は部屋を示した。
墨桜荘の独居用スペースの部屋は2LDKの間取りとなっている。風文子が示したのは私室だ。美青は内心(いいのかな……)などと思いながらそこに入った。
客人がくる事を前提にテーブルと座布団が置いてある部屋の中に二人を置いて、風文子はお茶を用意すると言ってキッチンにいった。美青と琴宝はその部屋の中を見ていた。
真っ先に目につくのは、勉強用のスペースに加えて大きなPCが置いてある机だ。その他、本棚が幾つか並び、生物関係の図書や図鑑が大量に並んでいる。いかにも風文子らしい部屋ではある。
「お待たせしました」
風文子はクッキーと紅茶を二人の前に並べ、机の上に置いていたタブレットを取った。
「ありがと。で、部屋に呼ぶってどういう用事?」
琴宝は紅茶に口をつけつつ尋ねた。
「少し相談したい事がありまして……これを見てください」
風文子はタブレットを二人に見えるようにして、一つの動画を再生した。
〈愛殿学園一年七組、桃坂白生だよー!!〉
元気に叫ぶ白生の様子と共に、紹介用のテロップが流れた。背景を考えるに教室で撮っている。美青はその光景を見た覚えがあった。その時、白生の話はかなり脱線していたが、風文子が見せた動画では脱線した所が纏められて、より簡潔に見れるようになっていた。
「こんな感じで少し、動画の編集に手を出しています」
風文子は別の動画を開いた。今度は風文子の元ルームメイトである柳下英の自己紹介動画だった。こちらはあまり直す所がなかった。英があまり話を脱線させないからという所が大きいが。
「編集、か。風文子、できたの?」
琴宝が尋ねると、風文子は苦笑した。
「全然できてる内に入りませんよ。私の班の三人に協力して貰って、少し練習してみた程度です。一つのフィルムをどうするにせよ――」
風文子は自分の机に置いてあるデスクトップPCを見た。
「ある程度の編集は必要だと思うので、編集ソフトを入れて、少しいじっています」
既に風文子は行動を開始していたらしい。
編集、という所を美青は考えていなかった。もっとも、必要ではある。ただ、できるかどうかで言えば自分にはできないので、誰かを頼るしかないとは分かっている。
その誰かが風文子ならば――それは、頼もしい。
「綿原さん、カメラ回していい?」
美青はカメラを取り出して、尋ねた。
「構いませんよ」
「じゃ……スタート」
風文子にカメラを回して、美青はその穏やかな顔容をしっかり撮った。
「編集作業を始めようと思った切っ掛けは?」
琴宝は美青の意思が分かるのか、インタビューを始めた。風文子は少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの穏やかな微笑みに変わる。
「元々、パソコンをいじる作業は好きだったんです。中学の飼育部でも観察動画の編集は少ししましたから、切っ掛けはあって……ただ、私達の映画となると誰かが編集しなければならないと思うので、一人で話を進めていました」
風文子は本当にインタビューに答えるように答えていく。
「じゃあ、今編集してる動画は?」
琴宝はアドリブで質問を考えている。
「まだお二人の許可を得ていない状態で進めているので、範囲としては私がカメラ担当の班だけです。桃坂さんがテニス部に呼ばれた時の動画など編集中ですね」
白生がテニス部に呼ばれたという話題はクラスの中にあった。それも風文子は撮って、纏めているらしい。
あまりすらすら答えられると、かえって質問が出てこなくなるのかなと美青は思う。琴宝を映すと、少し考えるように口元に手を当てていた。
「……綿原さんは」
美青は、自分も質問したくなった。
いつも穏やかで、英と二人で盛り上がっている印象がある風文子の顔が、今日はやけに悲しいから。
「もしかして、
少し、失礼かなとも思ったが、聞いておきたかった。
猿黄沢事変に於いて、風文子は首謀者の部下に真っ先に襲われ、その時に負った怪我が元でほぼ動けなくなっていた。風文子を寮から動かせないので実働部隊が守りと攻めに分かれるくらいには、キーになっていた。
「隠せないものですね」
風文子は少し、優しさの中に悲しみを滲ませた。
「あの時の事は、ずっと心のしこりになっています」
だから、なのか、もっと違う気持ちなのか。
「皆さんずっと、私に無理させまいと動いてくれて、肝心な所に関しては
風文子は、顔の前に三本の指を立てた。
「
風文子の指が畳まれると、美青の中に優しい気持ちが湧いてきた。
ずっと、風文子もあの時に縛られていたのだと思うと、つらくなる。
けれど、これからに希望を灯せるなら、それは悪い事ではない。
いつも笑顔で場の空気を和ませてくれる風文子だから、安心して仲間達の輪に加わって欲しいと、美青は切に願う。
「ありがとう。本当の気持ちを話してくれて」
美青はまず、お礼を言った。
「そういう事なら、編集は――一人では無理な量かも知れないけど、メインは綿原さんで、他に知識がある人を募るっていう形にしたいって思うけど、どうかな」
あまり知識のない美青からできる提案はさほど多くはなかった。ただ、自分は既に全体の統括役――監督になっている所があるので、編集について相談できる一人がいると、大幅にやりやすくなる。
「そうですね、恐らく合計六班の編集となると流石に手が回らなくなるので、一度その辺りを話したかった所もあります。橘家さんは大丈夫ですか?」
風文子は黙っていた琴宝に尋ねた。
「まあ編集なら私も口出しするくらいはできるけど、実際の作業ってなると難しいし、風文子を主任にして複数でってのは賛成。美青」
「ん」
琴宝が手を差し出すので、美青はその手にカメラを渡した。
「って事で、監督・椿谷美青から編集チーフ・綿原風文子へ一言」
急にきてくれるなと、美青は少し苦笑した。
「綿原さんなら、安心して任せられるよ。編集の話は全員に伝えるから、できそうな人を任意で選んで欲しい」
美青が思っている事を言うと、琴宝はカメラを風文子に向けた。
「分かりました。各班一人という形にはできないと思いますが、知識のある人で行なうという事なら引き受けます――それが」
琴宝がカメラをいじって、風文子の顔をアップにするのが美青の位置から分かった。
「今の私にできる、精一杯の事です」
清々しい顔で、風文子は言った。
「うん。みんなの『精一杯』を足していった先を見る為に、よろしくね」
美青がロンググローブをしている方の腕を差し出すと、風文子は柔らかくその手を握った。
琴宝はその二人の手の繋がった所を撮って、「カット」と言った。
「二人共アドリブで撮ってるのに上手いな……」
「いや、思った事言ってるだけだし……」
「プロ女優の方にカメラ向けられるのは相当心臓に悪いですね……」
風文子の反応を見るに、彼女もあまり撮られるのに慣れている方ではないらしい。
「まあ私は本来映る側だけどね。ってか、風文子の班でこういうのに積極的に映りたいってタイプ、白生くらいな気がするから、悪いけどそこも上手く調整して」
「そうですね。そう言えばお二人の班だと
文芸部にいった時の事だな、美青はすぐに分かった。
「正確には私とメロメさんと、あと文芸部の部長が映ってる。でも――」
それを考えると、美青は少し、風文子にお願いしたい事ができるのを感じた。
「正直言って、竜胆院さんにとってあの動画は一番大事な『始まり』だと思うから、あとで
弓心からすればずっと憧れていた文芸部への入部が叶った瞬間だ。それをしっかり組み込みたいという気持ちは、美青の中にもある。
「分かりました。映画委員の中の編集班数名、椿谷さんの方から話を出して貰えば私の方で選びます」
「うん、よろしく」
美青はすぐに、スマホを取り出して今の風文子とのやり取りの要点を書きだした。
それぞれがすぐに確認できるわけではないので決まったのはその日の夜だが、編集班についてはスムーズに決まった。
映画委員動画編集班
綿原風文子(チーフ)、竜胆院弓心、
一つ大切な事が決まり――何より、風文子の心の本当の部分に触れられてよかったと思いながら、美青は琴宝と一緒に眠りに落ちた。
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