1-5:彼女達も?

 入学式で愛殿あいどの学園一年七組映画委員の話が纏まり、その日の内にメンバーの棗井なつめい羊日ようひのバンド・PINK MAD SICKも加わって、一つの計画はかなりの大所帯となっていた。


 簡易な撮影機材をそろえる、という事で琴宝ことほが持っているのと同じカメラを映画委員の人数分――合計五つそろえて、美青みお達は年度初めにある行事を済ませた。


 本格的な物についてはこれからそろえればいいという話になっている。何せ知識があるのが琴宝と弓心ゆみくらいなので、選び方については慎重にという事だった。


 身体測定やスポーツテストが落ち着いて翌週月曜日から、愛殿の生活が本格的に始まった――美青は元々、勉強は欠かさずやるタイプなので授業についていけないという事はなさそうだった。


 一日の授業の合間でも、何かあるとカメラを回す。映る練習、という側面が大きいが、今の所それぞれカメラに映る練習は上手くいっている。


 そんなある日、一日の授業が終わると、中央の列の前から二番目の美青の所に、メロメと弓心がきた。


「ペンギンー」


 メロメは気軽に声をかけてくる。


「何?」


 買い物をして帰る予定だった美青はちょっと戸惑った。琴宝は今日も稽古なので、料理を担当するのは自分になる。


「蟻ちゃんと一緒に狼魚先輩に会いにいくんだけど、ペンギンもくる?」


 蟻というのは弓心の事で、狼魚先輩というのは愛殿三年にいる(とは美青は聞いた話だが)元桜来おうらい文芸部部長・冬青そよご鮎魚あゆなの事だ。


「あー、文芸部?」


「そう。蟻ちゃん一人だと心細いって言うから」


「いいよ。夕飯の買い物あるからそんなにはいられないけど」


「なら僕荷物持ち手伝うよ」


「……ありがとう」


 美青が重い物を右腕で持てない事は周知の事実なので、メロメは気を使ってくれたのだろう。少し、気遣いが沁みる。


「文芸部にいくの?」


 声をかけてきたのは、美青の後ろの席の東蓮寺とうれんじ千咲季ちさきだった。


 平和そうな顔はいつも通りだが、その手には新しく買ったカメラがある。千咲季は合計八人いる映画委員の一人だ。


「千咲季、ひょっとして……」


「メロメちゃんから色々聞いてるし、せっかくだから撮っておいた方がいいかなって」


 千咲季はカメラを向けてにっこりと微笑んだ。この笑顔に歯向かう術を美青は知らない。


「じゃあ、メロメさんと竜胆院りんどういんさんもいい?」


「いいよ」


「私が……頑張ります!」


 二人共大丈夫らしい。弓心についてはかなり無理している所もありそうだが。


 いずれにせよ、竜胆院さんが乗り気になってくれてよかったと思う。


「メロメさん、部室の位置分かる?」


「家鴨ちゃんから聞いてる。いこう」


「うん」


 メロメを先頭に立てて、一同は歩き出した。


 途中の他愛もない話も、千咲季は記録した。鮎魚の噂とか、鮎魚の下で副部長をやっていた虎刺ありどおしきばはどうしているのかとか、そういう話だ。


 メロメが一つの部屋の前で立ち止まる。《文芸部》の表示があった。


 冬青先輩、今はどんな感じになってるんだろう……三年ぶりって、ちょっと想像つかない。


 そんな事を思いながら、美青はメロメが扉を開けた後から中に入った。弓心と千咲季も続く。


 中は幾つもの本棚が並んでいて、その間を通るようになっていて、奥に部員が座るスペースがあるらしかった。メロメを先頭にしてそちらにいくと――そこにいた人物は見間違えようがなかった。


 赤紫の髪の毛を二つ結びにしていて、瞳は柿色、幼い顔立ちに加えて一四〇センチくらいの低身長のまま愛殿の白と黒の制服に身を包み、椅子の上にしゃがんで文庫本を読んでいる――制服こそ変わったが、それ以外は何も変わらない、冬青鮎魚の姿がそこにあった。


「狼魚先輩久しぶりー」


 メロメはどういう感覚なのか、普通に話しかけている。


「お久しぶりです、冬青先輩」


 美青はメロメよりは礼儀正しく、お辞儀した。


牡丹座ぼたんざ部員にせよ椿谷つばきたに部員にせよ、久しぶりだな」


 鮎魚は本に栞を挟んで閉じて、二人を見た。


 すぐに、美青を見上げて瞬きをする。


「椿谷部員は身長だけは伸びるのになあ」


「身長だけってどういう意味ですか!?」


「牡丹座部員は中学の時に中高生向けの賞を受賞しているのに椿谷部員の名前は聞かない」


「ぐっ……!」


 その事実に関しては美青も知っていた。桜来文芸部OGのグループというのもできていて、メロメがそこに上げて鮎魚が添削した作品はちょっとした賞を受賞している。


 一方美青は中学の間に書けた作品三作がことごとく空振りで終わっている。返す言葉も出てこない。


「まあそれはいいんだけど、狼魚先輩、撮られるの大丈夫?」


 メロメは今もカメラを回している千咲季を示して言った。


「ちらっと噂は聞いたが、一年七組主導でしている『映画委員』か?」


「え、どこで聞いたの」


「一年四組にも映画委員がいて、そちらがあれこれやっているので噂が少しではあるが聞こえている」


 一年四組といえば、羊日以外のPINK MAD SICKメンバーが集まっているクラスだ。あの四人は……と考えて、美青ははやと亀三梨かめみなしも特に隠さないタイプだなと思った。


「そうなんですけど……あれ、冬青先輩って今部長ですか?」


「これでもなー。まー撮るのは好きにしたらいい……それより」


 鮎魚の柿色の瞳は、弓心に向いた。


「確か桜来の頃に映研で脚本見習いをしていた……」


「蟻ちゃん」


「竜胆院弓心です!!」


 メロメが紹介すると、弓心は慌てて訂正した。蟻で認知されるのは流石にダメらしい。


「と」


 更に鮎魚は、カメラを向けている千咲季を見ている。


「初めまして、美青ちゃん達と同じクラスで映画委員の東蓮寺千咲季です。今日は三人の記録の為にきました」


 千咲季は礼儀正しく名乗って、要件も纏めて言った。


「今年の入部希望者は三人か……」


「あの冬青部長、すぐに話を決めないでください。私まだ何も言ってないんですけど……」


 もう鮎魚の中では美青・メロメ・弓心の入部は決定らしい。


「入らないの?」


 鮎魚は美青を見上げて尋ねてくる。


「……ちょっと迷ってはいます。文芸より、もっと広い所に興味が向いてて」


「まあ映画撮ろうって言い出したのペンギンだし」


 メロメが補足説明してくれて、美青はちょっと助かった。


 実際、個人で作る小説という範囲だけではもう、美青が表現したい物は収まらない気持ちが彼女自身の中にある。


 ただ、鮎魚が作品という物一般に強い審美眼を持っている事は事実なので、それを学びたいという気持ちはある。


 どっちつかずのまま入部を決めるというのも、少し不義理だと思う。


「まーその面倒くさい感じはいかにも椿谷部員らしいが……分かった。牡丹座部員と竜胆院部員については入部希望かな」


 鮎魚は一応、美青の話を聞いてくれた。面倒くさいというのは自分でも思う。


「まあ、もうちょっとやってみようって気持ちはあるし、入部希望で」


「私は元々文芸部希望だったんです!! でも桜来の文芸部が曰く付きだったから映研にいたんです!! なので文芸部に入れてください!!」


 竜胆院さんはそうだった……美青は思い出した。


 元々桜来の文芸部のOGにはプロデビューした者が多い。しかし、若くして亡くなったり発狂したり消息不明になったりとロクな事がない。美青は入部してからそれを知ったが、弓心は事前に知っていて避けていたらしい。


「ならば入部届を書いてくる事。椿谷部員については愛殿の部活受付締切が五月の連休明けだから、それまでに決めるように」


「その割に部員呼ばわりしますよね……虎刺先輩はいないんですか?」


 美青はそう言えばと思って話を変えた。


「牙は籍は置いているし年刊誌に作品も出すが、現在では剣道部の方をメインにしていてほとんどこない。私が」


 鮎魚は部室の隅にあるキャンプ道具を見せた。


「ここに住んでいるのでご飯は毎日持ってくるが、それくらいだ」


 住んでいるとはメロメから以前、ちらっと聞いたが、改めて聞くとリアクションに困る。


「あの……私と私の恋人で経営してるマンション、元桜来生なら無料で入れるのでどうですか?」


 以前もその話はしていたが、何故か立ち消えた。


 鮎魚は考えるように俯いた。


「……椿谷部員の好意に甘えっぱなしになっては、自分にとってよくない気がしている。牙は乗り気だが、それについてはもう少し考えたい」


 鮎魚には鮎魚の考えがあるらしかった。何か、鮎魚はそれを人に見せないが、こだわりはしっかり持って動いている。


 それならば、美青が無理強いできる話でもない。


「分かりました。気が変わったら、いつでも声をかけてください」


「うむ。椿谷部員も踏ん切りがついたらすぐ入部届持ってくるように」


「……はい」


 鮎魚と一緒にいられる期間は、今日から数えてほんの一年にも満たない。


 その中で、何ができるか――美青は、考えながら文芸部の部室を出た。



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