1-4:通称ピマシ
朝はばらばらに向かった
三月に入居者がそろって、四月に入って内部のコンビニもオープンした。ここを利用する入居者も多い。
帰って時間を確認するとお昼を過ぎていた。美青は朝に作った料理を食べてから、
会うのは羊日の部屋でとなったので、美青はマンションの見取り図を開いて羊日の部屋を目指した。部屋数が多いので誰がどこに住んでいるかを咄嗟に思い出すのは容易ではない。
羊日の部屋に間違いない事を確認してインターホンを鳴らすと、すぐにドアホンから羊日の声が聞こえて、美青は中に通された。
「いやー、悪いわね。どうしても……」
羊日は中に美青を招き入れると、ずしずし中を歩き、リビングに入った。
「紹介しときたくてね。私の家族を」
そこにいるのは合計四人。
「PINK MAD SICKのメンバーの人達……だよね?」
美青は改めて、その四人に尋ねた。
「そうでーす!!」
真っ先に答えたのは、長くサラサラの金髪を伸ばした上で頭の上にお団子を作っている、青い目が特徴的な羊日と同じ――一五〇センチくらいの身長の人物だった。顔立ちが異国的で、あまり日本人風ではない。
「確か……
美青は頑張って覚えた名前を呼んだ。
「はい! ドラム担当の向日葵隼、通称
滅茶苦茶元気よく、隼は謎の愛称を披露した。
「まあ梵天丸はそりゃそうなるか……美青、座って。お茶入れるけど何がいい?」
部屋の主である羊日はダイニングに向かった。
「あれば紅茶で」
「おっけー」
まだ挨拶程度のやり取りしかしていない四人の中にぽつねんと取り残されて、美青は心細い気持ちになった。とは言え、この四人ももう、自分にとって大切な人達なのだと意識を切り替える。
だって、羊日が《家族》って呼んだから。
きっと大切なんだろうと思う。
「ごめん、一人一人詳しく聞きたいんだけど、その前に私の事」
「全員知ってまーす!! 庄屋の旦那みたいなもんだって亀が言ってました!!」
「亀……?」
そう言えば、PINK MAD SICKのメンバーの名前は全員動物の名前が入る。亀というのもいたが、その相手は――美青は彼女を見た。
身長は恐らく一四五センチ程度で羊日と隼より小柄だ。光沢のない灰色の髪の毛を長く伸ばしている。特徴的なのは前髪を二房分けて、額の中央から左右の眼の下を通って顔のサイドに合流するように整えている事だ。顔は隼とは違い日本人風の美人だった。麻呂眉が特徴的で、少しだるそうな表情をしていたが、美青と目が合うとにやりと笑った。
「PINK MAD SICK、ベース担当、
亀三梨という名前が異様に人名に聞こえないので美青も覚えている。それにしても亀という通称は捻りがなさすぎると思うが。
「亀の命名エピソード面白いんですよ旦那ー!!」
隼はもう物凄く気やすい間柄になっている。美青は恐らく、これが本来の隼の距離感だなと見た。無理をしている風ではない。
「亀三梨さんの名前の由来?」
ただ、亀三梨の方はよく分からない。
「私が生まれた時、家で三匹飼ってた亀が全部死んだから『亀三匹皆死ぬ』で『亀三梨』……」
そんな名前の付け方をする彼女の親の顔がみたいと美青は切に思った。そしてリアクションに困る。
「亀のその話題、初対面の人に言ってもリアクションに困るからやめろって言ってんでしょーが。はい美青、紅茶とクッキー」
「ありがとう……」
折よく羊日がきて、美青は助けられる形になった。
「ジャガーが止めてくれてよかったわ」
落ち着いた声で言ったのは、長いストロベリーブロンドをツーサイドアップにした、身長一四八センチくらいの人物だ。顔立ちは整っており、大人っぽい。少しジト目っぽい彼女は美青の方を見た。
「ピマシのキーボード担当、
鯉路はずっと見ていて、おどおどしていた人物に声をかけた。羊日が何故ジャガーなのかと思って、美青はメロメの呼び方(メロメには羊日がジャガーに見える)を思い出した。
そして、最後の一人は羊日を含めた他の四人に比べると目立たない、黒髪を二つ結びにして落ち着いた印象を与える顔立ちの持ち主だった。身長は一五二センチ程度で、太眉と少しむっちりしたボディラインが印象的だった。
「だってほぼ初めましてだし……PINK MAD SICKのギター担当、
豹衛はかなりキョドっている。
「そういう話じゃなくて、羊日に呼ばれてきたんだけど……」
美青は優雅に紅茶を飲んでいる羊日を見た。
「そうね。改めましても済んだ事だし、本題よ」
羊日は紅茶を置いて、メンバー四人、そして美青を見た。
「美青とその恋人の琴宝の発案で、一年七組では一つの映画を撮るって話になった」
「キネマ!」
「ただまー普通の映画じゃないわね。誰が主役だと思う?」
羊日は隼に待てをして、豹衛に尋ねた。
「え……プロ女優の琴宝さん……」
「違う。美青と私含む一年七組全員――十八人はここに住んでて、残り二人も元
羊日はいきなり立ち上がった。
「なんとしてもPINK MAD SICKのメンバー四人、つまりあんたらも追加して貰う!!」
バンドマンを目指しているだけあり、滅茶苦茶よく通る高音で羊日は宣言した。恐らくそういう話だろうと美青は思っていたが、改めて声高に宣言されるとこのフロアを防音にしてよかったと思える。
「まあそれは私も考えてたけど……」
恐らく、羊日の方から説明すれば特に拒む者もいない。
「なら話は早いわね。四人共美青と連絡先交換しなさい」
なんだかんだバンドリーダー(の筈)だけあって、羊日はてきぱきとしている。美青はスマホを取った。
「よろしくお願いしまーす!!」
真っ先にきたのは隼だった。
「話はよく知らないけどよろしく」
亀三梨がどういうつもりで参加しているのかも美青にはよく分からなかった。
「基本的にピマシは運命共同体だから、それは覚えておいて」
鯉路はちらっと教えてくれた。
もっとも――この四人がどこの出身かを美青は知らないが、桜来で結成されて以降、閉校後に羊日の地元長野に集まっているくらいなので、つきあいに関しては滅茶苦茶進んでいそうではある。
「よっ、よろしくお願いします!」
豹衛は縮こまってスマホを差し出した。
「うん、菖蒲名豹衛さん、向日葵隼さん、百日紅亀三梨さん、鬼灯町鯉路さん、改めて、
美青がお辞儀すると、それぞれお辞儀を返した。
「ただ――羊日から詳しく聞いてるって感じでもないし、最初から話させて貰うね。羊日」
まず、美青はここを記録したくて、羊日にカメラを渡して、動画の撮り方を教えた。羊日はすぐに覚える。
そして美青はさっき、教室で話した事を四人に向けて話した。
元桜来生で一つの映画を作る――琴宝が造ったキャッチコピー『合言葉は、私達だけの、飛びっきりのクソ映画』というのも添えた。クラスで映画委員ができている事も。
大分バカげた話ではあるのだが、四人共真面目に聞いてくれた。そして――。
「やりまーす!!」
即座に隼が手を上げる。
「面白そう。私もやる」
亀三梨は表情もなく頷いた。
「……豹衛、どうする?」
鯉路は豹衛に尋ねた。
「私は……自分が主役になるとは思えないし……」
「えー!? やりましょうよ豹衛さーん!!」
乗り気ではないらしい豹衛を、隼が急かす。
「まあ豹衛って元々あんまり自信あるタイプじゃないから……美青さん、もう少し具体的な話、どうやって撮るかとか、教えて貰っていいですか?」
鯉路はもっと現実的だった。
「今、グループで出てきてる事としては、携帯に便利なカメラを最低五つ……これはクラスの班の数揃えて、各自撮れる時に撮るっていう案。そこに鬼灯町さん達が入るなら、カメラ」
「このメンバーに関しては記録用のカメラ私が持ってるから別にそこは問題じゃないわよ」
撮影に徹していた羊日がさらっと言った。
「記録用?」
思わず美青はそのまま返した。
「なんて言ってもバンドのあれこれ練習するのにその練習を記録する必要があんのよ。なんなら撮影機材は美青と琴宝よりあるんじゃないかってくらいある。で」
羊日はカメラを豹衛と鯉路に回した。
「いい話だと思うわよ、これ。小さな集まりではあっても、一つの共同体の中にPINK MAD SICKが残るって、保証されるんだから」
羊日はリーダーとしてだろうか、とても大切な事を言っている。
「……ジャガーさ」
「何よ」
「楽曲提供狙ってるでしょ」
「ッたり前でしょ何言ってんの」
ここまで正直だと、美青も寧ろ苦笑するしかない。
「どうかな、豹衛さん、鯉路さん。主役って言うとかえって気が引けちゃうのかも知れないけど――」
美青は『自分だな』と思って、声をかけた。
「人間って、必ず物語を持ってる。私はまだPINK MAD SICKをよく知らないけど、どうして集まったのかとか、どうして音楽やりたいって思ったのか、その思いの始まりは絶対に自分の中にある。まあ――」
カメラが自分に向いているのに気づいて、美青は少し照れ臭くなったが、続ける事にした。
「――それをさらけ出すのって、とても大変な事だけど。でも、その心の核が二十四個集まった時に見える景色があると思う」
美青がちらりと羊日を見ると、羊日はカメラを自分に向けていた。
「こんな経験ができる機会は二度と巡ってこないわよ。私は絶対に乗る。豹衛、鯉路、決めなさい」
そしてまた、カメラは二人に向く。
「私は――私も、主役になれるんですか?」
豹衛は、美青に向けて聞いた。
「正直、まだ豹衛さんの事は何も知らない。それでも、豹衛さんの主役としての部分を見たいって思う」
美青は、羊日を見た。
「羊日が『家族』って認めてたら、
羊日は珍しく、赤くなっていた。
「照れちゃって」
鯉路は冷やかすように羊日を見て、そのカメラをじっと見つめた。
「乗ったわ。美青さんの事は何も知らないに等しいけど、羊日をこれだけ大事にしてくれて悪い人なわけがない」
鯉路については、参加で決定だった。
「私も!」
豹衛は美青の方に身を乗り出して、叫んだ。
「クラスでもバンドでもずっと『真ん中』じゃないですけど、それでもやってみたいです!」
その叫びは――重かった。
「ありがとう」
体がへし折れようと、受け止めなければならない重さを感じながら、美青は微笑んだ。
「私も――PINK MAD SICKの四人が一緒になってくれたら、それはきっと羊日にとって凄くいい事だと思う」
「なんで美青は私を引き合いに出すのよー!!」
羊日は美青にカメラを回しながら、思い切り怒っているような、照れ隠しのような声を上げた。
「だって、家族が一緒の方が心強いって気持ち、私も琴宝がいるから分かるよ」
「うっ……」
少し、羊日の心の深い所に触れた気がして、今までは近くにいても手を伸ばさなかっただけなのだなと、美青は少し自分を改めようと思った。
「ジャガーの負けね。美青さん、ジャガー以外の四人でカメラの扱い分かるの私だけだから、そこは任せて。クラスも四人一緒だし撮りやすいと思う」
「じゃあ鬼灯町さん、私と琴宝……琴宝の連絡先も教えるけど、その連絡役も頼める?」
「勿論」
こうして、一つのFILMに、新たな登場人物が加わった。
美青はグループに事の経緯を説明し、四人を追加した。
始まっているという手応えを感じながら、美青は羊日達のやりたい事――真っ先にライブをするというのを聞いて、メモ帳に収めておいた。
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