1-3:これからの話をしよう
ただ――
「どんな映画撮るの美青ちゃん!?」
真っ先に食いついてきたのは何故か美青の右隣の人物、
「ちょっとくらい私達にも相談しなさいよ美青ー」
文句を言いながらやってきたのは美青の一つ後ろの席の
「だが、興味深い話ではあるな」
「気になる」
「
穏やかに聞いてくるのは
「ごめん、ちょっとみんな落ち着いて……」
湧き上がっている教室の雰囲気に押し負けそうになるのをなんとか耐えて、美青は立ち上がった。身長がこの中でぶっちぎり一番大きいので、目立つには目立つ。
「まあ正直何も決まってないような話ではあるんだけどね」
琴宝が正直な所をぶっちゃける。それでも教室の中にあるそわそわした空気はなくならなかった。
「みんな、時間は大丈夫かしら。
新しく委員長となったからか、
「椿谷さん、橘家さん、私が黒板使うから二人で話して」
すぐに灯理は黒板の方にいった。
「ありがとう」
「じゃ、ちょっと待って」
琴宝は鞄からカメラを取り出した。
「もう撮るよ」
「もうですか!?」
驚いた声を上げたのは、琴宝の映研の頃からの友人、
「待て待て待て、話が全然分からん。椿谷と橘家は何を考えている?」
ストップをかけたのは美青の左隣の席の
「えっと……」
実際、少しの用意もない状態で話を始めているので、美青も簡単には説明できない。
けれど。
これからの話は、どうしても必要だと思うから。
「最初から説明するね」
美青は、全員の前で話を始めた。
樒場さん、雛菊さんは違うけど、二人以外の十八人は今、私と琴宝が建てた
それ自体が一つの奇跡みたいな事だけど、こうやって一つのクラスになれたのは、もっと凄い事だと思う。
このメンバーなら、誰にもできない凄い事ができる気がして、でもそれぞれやりたい事はあって、その全部を纏めたら、一つの映画になるかなって思って、無理な提案だって自分でも思うんだけど。
でも、樒場さんも雛菊さんもだけど、
具体的な事は何も決まってない状態で話を始めちゃってごめん。
でも、みんなで一つの何かを作りたいって思うから――お願いします。
最後に、美青は頭を下げた。
「まー纏めに関しては灯理が書いてるのを参照して欲しいんだけど」
灯理は事前に話を聞いていないにも関わらず、美青の話の要点を上手く纏めて黒板に書いている。
「作りたいのは『全員が主役で台本もない映画』――コンセプト決めようか」
カメラを回す琴宝の言葉を、灯理が的確に纏めていく。
「琴宝、コンセプトって?」
美青が尋ねると、琴宝はカメラを美青に渡して、その前に立った。
「合言葉は、私達だけの飛びっきりのクソ映画」
思いっきりクソ映画と言う辺り、いかにも琴宝らしい言い方だと思う。もっとも、ハチャメチャになるという意味ではあながち間違ってもないと思うが。
その言葉を言うと、琴宝は美青の手からカメラを奪い、黒板に向けた。美青がそこを見ると、灯理がしっかり書いていた。
「単なる自己満足かも知れないけど、それぞれが好きな事やって、それを全部記録していって、一つのフィルムになれたら――」
琴宝は全員に背中を向けていたが、みんなその言葉をしっかり聞いている。
「間違いなく一つの宝物になる」
宝物――そう、宝物、それが一つあれば――美青は、自分の右手を見た。
きっと、未来の不安なんて消し飛ぶだろうな。
少し、自分に言い聞かせる。
「みんながそれぞれやりたい事は全力で応援し合う。そして、何気ない時から、大事な時まで、ずっと一つにしていく……厚かましいお願いなのは分かってるけど、お願い!」
美青は思い切り頭を下げた。
「素敵な話だと思います」
真っ先に言ったのは、
「私は――自分で何ができるかも分からないくらいですが、その中に入れたらと思いますよ」
落ち着いた物腰で、風文子は言う。
「なんにせよ面白そうな話ではある。そもそも我々の過去の事をフィクションに喩えるならばB級映画の出来損ない、今更クソ映画を撮っても誰も気にせんだろう」
強気な言葉を投げたのは薊間黒絵だった。
「やる」
楓山雪夢はいつでも意思疎通が淡白だ。
「だったらうちのバンドもピックアップしなさいよー。って言うかさせる! だから私も乗る!」
棗井羊日は自分一人の事を考えているわけではない。
「ようやく私の時代がきたわね……しっかり撮ってよ?」
「風文子ちゃんと紫姫ちゃんやるなら私もやるー!」
その言葉に乗ったのは樒場十鋒だった。
「面白そうじゃないか! こういうのを求めてたんだよ! 私もやる!」
テンションを上げてきたのは、雛菊凍月だ。
「全員主演みたいな話聞いてもピンとこないけど……それが美青ちゃんのお願いならしっかり聞くよ」
「ペンギン思い切ったね……」
「メロメさんはどう?」
「やるよ。それは多分――僕にとっても一つの大切な物になるから」
「って事はほんと気が抜けなくなるな……いや抜いてもいいのか? どっちにしても、私もやる。面白そうな事はなんでも歓迎だし」
「みゃー大分ハチャメチャになりそうな予感するけど……いいじゃん。その方が私達っぽい」
「姉様が頷いて私が頷かないわけがない!!」
「なんか……目立ったりするの全然得意じゃないんだけど、大丈夫なのかな……」
「大丈夫だよ。今までの不安に比べたら――」
なんて事ない、と美青は慶に言えなかった。誰よりも多くの恐怖と不条理を体験している彼女の経験を軽んじる事はできない。
「……全然、明るい話だね。私も混ぜて」
「うん」
それでも、慶は頷いてくれた。
「何やるか全然分かんないけど、美青ちゃんの頼みなら全然いいよー!」
「あの……私そこに入っていいんですか……?」
竜胆院弓心は不安そうだった。
「ずっと自分の事脇役みたいに思ってるよね、竜胆院さん」
答えたのは琴宝だった。
「そりゃもう……」
「どんなに小さくても、そこに物語があるなら主役だよ」
自信なさげな顔をしていた弓心は、琴宝の言葉で顔を上げた。そして、決意するように唇を結ぶ。
「……なら、やります!」
彼女もまた、加わった。
「ありがと。で、どうすんの覇子」
琴宝はカメラを覇子に向けた。
「琴宝一人の提案ならば乗らなかったが……」
「うるせえバーカ」
「美青の頼みは断れないな」
そこまで重く見られるとプレッシャーがかかるのが美青だったりする。
「ありがとう覇子さん……
まだ意見を言っていないのは英と灯理の二人だ。
「いやー、私もゆーみんと同じで」
「ゆーみん!?」
「脇役みたいな感じで自分の事見てるけど……でも」
英はカメラを向ける琴宝に向けて、人差し指を出した。
「こんな面白そうな事に乗らないわけないじゃん」
彼女も、賛成のようだ。
琴宝がカメラをぐるっと回し、灯理を捕らえる。
「さっきから感情がぐちゃぐちゃなのにカメラ向けられるって複雑な気分ね……」
灯理は少し、泣きそうな顔をしている。
「でも、椿谷さんの気持ちは分かるから、私も参加するわ。一つ、提案したい事があるのだけど」
カメラを向けられたまま、灯理は一つ指を立てた。
「愛殿は一列四人の席で一つの班を作って一年その班単位で動く……まあ椿谷さんの発言のインパクトで誰も聞いてなかったかも知れないけど、そういうルールがあるのよ。その班が合計五つ、その中から一人ずつ主導する班長を決めて、椿谷さんと橘家さんを監督とした役割を作る……待ってね」
灯理は再度、黒板に向かった。
彼女が書いたのは以下の通りだった。
『監督役:椿谷美青、橘家琴宝
メインカメラ:各班一人ずつ、計五人
この七人を『映画委員』として特別に設定する』
確かに――以前の灯理ならばこういう事はできなかっただろうなと美青は思う。それくらい、灯理は明確に成長している。
「どうかしら」
灯理の言葉に、賛成の声が上がる。
「どのように決めるか、ですね」
風文子が問題の部分を指摘する。
「あくまで各班のまとめと監督二人への連絡役だから、すぐに班の四人を観察できて連絡もスムーズにできる人……ひとまず」
灯理は自分が一番前の席になる班――灯理・凍月・紫姫・メロメの列を示した。
「ここは私が担当するわ」
すぐに、一人決まる。
「では、桃坂さん、英さん、竜胆院さん、私のこの列は私が担当してもよろしいでしょうか」
風文子は窓側の列に関しては引き受けるらしい。三人共反対しなかった。
「この列でできそうなのは誰だ?」
言ったのは黒絵だ。
「まーカメラ持つ役を他の三人でやってくれるなら他の所は私が引き受けるよ」
「カメラやりたい」
「じゃあ私、補佐に雪夢で。黒絵も毬子も忙しい方だし」
廊下側の班は初が担当・補佐に雪夢という事になった。
「この列で頼りになるの白菊さんだけだよね……」
慶は弱気になっている。
黒絵達の隣の列になると終・十鋒・覇子・慶と、半分が墨桜会から外れる。
「連絡役が含まれるのであれば私は残念ながら適さない。慶、君ももっと、自分を信じてみないか」
覇子は慶を推すようだ。
「……いい? 終さん、樒場さん」
「どの道何をやればいいか分からんから任せたい」
「やっぱ覇子ちゃんか慶ちゃんだし……あれ覇子ちゃんはなんでダメなの?」
「女優業があるからだよ、樒場さん」
「なら慶ちゃんで!」
こちらはすぐに決まった。
「で、私と美青の班は……まあ私も覇子と同じ理由でいない時はいないからな……」
琴宝が言いにくそうに言う。そうなると誰かとなると、美青・千咲季・羊日の三人の誰かだ。
「私が監督役と兼任しようか」
「あ、美青ちゃんは全体を見て欲しいから私がやるよ。羊日ちゃんはバンドの方が忙しそうだし」
美青が言うと、すぐに千咲季がフォローしてくれた。
「じゃあ映画委員は椿谷さん・橘家さんのツートップに榊木さん・菫川さん、千咲季、私、綿原さんで決定ね。具体的な所を考えるのは……」
灯理は美青と琴宝を交互に見た。
「今日ここで、っていうのは難しいし、基本はみんなやりたい事もあるだろうから、みんな意見送ってくれるといいかな。終さん、竜胆院さん、樒場さん、雛菊さんとはこれから交換するけど」
もう大分時間が経っている。美青はいつまでも話しているわけにはいかないと思い、提案できる部分を提案した。それぞれ頷く。
「椿谷と連絡先を交換すればいいんだな」
「うん、そこでしたい事を言ってくれれば」
「すぐできるよー!」
凍月と十鋒もすぐに馴染みそうで、美青は少し安心してスマホを取った。
その瞬間、羊日から連絡がきて〈あとでバンドメンバー紹介していい?〉とあった。
美青が見ると、羊日は顔の前に人差し指を立てていた。
そっと、了解の返事を送って、その後一年七組の面々は別れた。
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