1-2:そしてまた二人

 愛殿あいどの学園の入学式について、まず新入生は講堂に直行し、入学式となる。


 その後、担任の指示で教室に移動するのだが、この時まで美青みおは信じられなかった。


 躑躅峠つつじとうげ伝会つたえ――桜来おうらい学園の頃に美青達、墨桜会ぼくおうかいこと一年三組の担任をし、猿黄沢さるきざわ事変の解決にも一役買った人物が教師として復職している事を。


 伝会の後から出席番号順に教室に入り、墨桜会の面々と榊木さかき姉妹の妹、榊木つい、彼女の友人である竜胆院りんどういん弓心ゆみ、そして愛殿進学に当たって二人できた新たなクラスメイトの中で席に着く。


「それでは皆さん」


 伝会は恐ろしく準備がよく、もう黒板に全員の名前と自分の名前を書いていた。


 淡い色合いの茶髪を二つ結びにして、ノーフレームの眼鏡をかけて、スーツ姿に身を包んでいる彼女は少し老けた感じはするものの、まだ全然若く見えた。穏やかでにこやかな表情は今も昔も変わりない。


「今更という感じもしますが、今年から愛殿学園に入り、皆さんの担任を務める事になりました躑躅峠伝会です。よろしくお願いします」


 そして、その言葉については寧ろ困惑の方が多かった。猿黄沢事変解決の為とは言え、伝会はあれこれ物騒な事をしている上にその後は消息も聞かなかった。


「あの、ツゲ先」


 毬子まりこが控えめに手を上げる。


「なんでしょうか、梅村うめむらさん」


「今までどうしてたんすか」


 それは、特に墨桜会の面々にとってはとても気になる事だった。


「まあ桜来が解体された後は散々取り調べを受けたんですけどね。何せ十数人撃ち殺しましたし」


 本人が言う通り、首謀者の部下を伝会は何人も撃ち殺している。


「ですが私は桜来では一貫して『何も知らない側』を装っていましたし、学園内部で人体実験に関わっていた人間のリストも手に入れていたので、その辺りを元に交渉した結果無罪で万々歳です」


 なんだかんだ、伝会の罪については許されているらしい。伝会が『どちらでもないスタンス』でいた事は別の協力者から聞いていたし、内部であれこれ独自に動いたのが奏功したらしい。滅茶苦茶笑顔なのが少し美青には怖かったが。


「あの……躑躅峠先生……元桜来の人が十八人も集まっているのは……」


 美青は気になって尋ねた。桜来で名前を聞かなかった人物が二人、このクラスにはいる。


「違いますよ、椿谷つばきたにさん」


「え?」


 美青に言ったのは、綿原わたはら風文子ふみこだ。


「少なくとも樒場しきみば十鋒とほこさんは元桜来生です」


 樒場十鋒――美青は自分の右の席を見た。


 緩く巻いた金髪をサイドテールにしている愛嬌のある顔立ちで、まだ幼さを残している一五二センチの細い体型は花やかな印象を与える。見た感じ太眉と開いた口から見える八重歯が特徴的な人物だった。


 樒場、という苗字だけは美青も記憶に残っているのだが。


凍月しづきも」


 楓山かえでやま雪夢きよむがぼそっと言った。


 美青は自分の左側を見た。新しく知り合う面子は美青の左右の席になっている。


 雛菊ひなぎく凍月――短く纏めた銀髪と豊満な体型が特徴的で、顔は少し吊り目勝ちで勝気そうな印象を与える。身長は一六二センチ程で、引き締まった体を持つ。少し険しい顔をしている。美青が気になったのは入学式ではどう考えても使わない竹刀袋だ。


「実を言うと二十人全員桜来のOGなんですよ、椿谷さん」


「うぇ、マジっすか」


 伝会の言葉に、毬子が驚いたような声を上げた。


「十鋒は私のダンス部の同期よ」


 藤宮ふじみや紫姫しきが補足説明する。


「飼育部にもきてましたね」


 風文子も知り合いだったらしい。


「しづきちは桜来だと結構有名だったけどねー。千咲季ちさきは覚えてない? 剣道部にいたっしょ」


 柳下やぎしたはなも、雛菊凍月を知っているらしい。


「あー、覚えてるよ。虎刺ありどおし先輩の次に強いなって思ったの」


 東蓮寺とうれんじ千咲季はマイペースに答える。


「そして榊木終さんと竜胆院弓心さんについては言うまでもなく猿黄沢事変解決をお手伝いしてくれた人です。本来なら自己紹介もするのですが、どちらかというと終さん、樒場さん、雛菊さん、竜胆院さんの四人にして貰った方が早いかなと思います」


 伝会は黒板の方を向き、チョークを取った。


「旧一年三組のメンバーに丸をつけていきますから、その十六人は十六人だけで固まらず、桜来時代はよそのクラスだった四人とも仲良くなってください」


 伝会は合計十六人に丸をつける。机が一列四人で五列なのでそのほとんどに丸がつく。


「ではまず、榊木終さん」


「はい」


 伝会の言葉に、終が立ち上がる。


うい姉様の双子の妹の榊木終だ。山形の田舎から姉様と一緒に出てきた。昔は美術部にいたが、愛殿では運動部を何かやりたい。いい所を知っている人は声をかけて欲しい。これからよろしく」


 そう言って、終は座った。


 美青の中の終の印象はシスコンくらいだったので、思ったよりもまともな自己紹介にちょっと安心した。運動部となると力になれない気はするが。美青は元から文化系なので。


「では、樒場さん」


「はーい!」


 十鋒は元気よく立ち上がった。


「元桜来の樒場十鋒です! お姉ちゃんの後から桜来に入ったけど、あんな事になるとか思わなかった! 紫姫ちゃんと風文子ちゃんは桜来の頃から友達! 部活はまたダンス部に入ろうと思ってるよー! 猿黄沢事変? の時は寝てたけど、みんなのお陰で助かった感じだからありがとー!」


 十鋒は元気よく言って、美青の方を見て、有無を言わさずその右手を取った。


「本当に、ありがとね」


 今の美青には、十鋒のその言葉の真意が分からなかった。


「う、うん……」


 何か、十鋒に感謝されるような事をしたか? 十鋒は桜来全体の事ではなく、もっと個人的な事を言っているような気がする。


「樒場さん、椿谷さんは猿黄沢事変の後遺症で右腕に力が入らないらしいので、あまり無理はさせないように」


「ごめんなさい!」


 伝会の言葉で、十鋒は慌てて離れて、椅子に座った。


「では、雛菊さん」


「はい」


 美青の左隣にいる雛菊凍月が立ち上がる。


「元桜来学園剣道部、雛菊凍月だ! 桜来では様々な怪現象を解決するプロと一部で評判になるくらいだったが、猿黄沢事変には間に合わなかった! すまんな! 部活は引き続き剣道部、虎刺先輩の元で剣を学ぶ! 猿黄沢事変解決の為に奮戦した十八人の結束は強いだろうが、そこに私も混ぜて貰えるとありがたい!」


 凍月は美青を見て、にこっと笑った。


 凍月にせよ十鋒にせよ、朗らかだなと美青は思う。桜来にいて起こった事がトラウマになっているOGもいるとか聞いた事があるが、この二人については全然そんな事がなさそうだ。


「最後に、竜胆院さん」


「はいぃー!!」


 弓心が立ち上がる。


「竜胆院弓心です! 元々は琴宝ことほさんと同じ映研で、脚本見習いをやってました! 終さんとは元ルームメイトです! 桜来の文芸部は曰く付きだったので映研に入りましたが、今は文芸部です! 愛殿でも文芸部の冬青そよご先輩に学びたいと思ってます! よろしくお願いします!」


 大分緊張している感じで、弓心は自己紹介を終えた。


「元一年三組の皆さんはそれぞれ自己紹介しておくように。そして、この中からクラス委員と副委員の二人は今日の内に決めます。愛殿の他の委員会については各クラスから希望者を最低一名、かつ申告制なのであまり縛りはありませんが……」


 伝会はそこで十鋒の後ろ、白菊しらぎく覇子はるこを見た。


「私は無理ですよ」


「え!?」


 覇子が無理だと言うと、灯理ともりが驚いた声を上げた。


「覇子さんじゃないの!?」


 覇子は桜来の頃、委員長としてクラスを完全に纏めていた。その覇子を副委員長として支えていたのが灯理だ。


「これでも今の私はプロの女優だ。委員会に入る時間的な余裕は正直な所ない。寧ろ――」


 覇子は灯理の方を見た。


「私は灯理を委員長に推す」


「え……」


 二人の席の中間にいる美青は居心地が悪かったが、いずれにせよここで決める事ではあるし、このメンバーをしきれる者というのも限られる。


「む、無理よそれは……私はずっと覇子さんに寄りかかっていたし、まして愛殿で、それぞれやりたい事も明確な中で私が委員長なんて……」


「昔の灯理ならば無理だった」


 覇子のよく通る声が、教室の中に木霊する。


「だが、今の灯理は違う。桜来に入学した時から数えて三年、その間に見違えた今の灯理ならば、充分にできる」


 彼女の言葉には、明確な信頼がある――灯理はどうするのか――美青は、左斜め前の灯理を見た。


「……私が」


 灯理は覇子の方を見ているが、少し考えて、立ち上がった。


「皆さん――私で、いいですか」


 全員の方を向いて言う彼女の言葉に、自然と拍手が起きた。


「――ありがとう」


 灯理は少し、安心と決意を混ぜたような顔をしていた。


「では、副委員長の方……」


 伝会が話を運ぶ中で、その視線は一人に向いている。


「まぁー愛殿で灯理が委員長やるなら副は私っすねー」


 英だ。


「頼んだわよ本当に……」


 灯理は少し、湿気った目をしている。


「任せときなさいって」


 英は自分の胸をどんと叩いた。それにも拍手が起きる。


「では、決め事は一通り決めますが――元一年三組で何か、特別言いたい事がある人はいますか」


 伝会は全員を見た後、美青を見た。


 少し迷って、美青は手を上げた。


「椿谷さん」


 指名されて、美青は立ち上がる。


「まず……知らない人も何人かいますが、私は猿黄沢事変の時の後遺症が腕に残っていて、重い物が持てなかったり、握力がほとんどなかったりします。なので、みんなの力を借りる事は多いと思います」


 美青は気を付けながら話を進めていく。


「そんな私が言うのも厚かましいとは思うんですけど――みんなに、一つ協力して欲しい提案があります」


 ここで言うには個人的すぎるが、この人数が集まる場というのは教室でしかないだろう。今言わなくてどうすると思い琴宝を見れば、優しく目で頷いている。


「私達の『これから』を一つの物語として、『映画フィルム』にする――今朝、琴宝と話してた私達の夢に、つきあってくれませんか?」


 具体的な話は全然できていない。見切り発車もいい所なのは承知している。それでも、墨桜会のメンバーと、終と弓心、十鋒と凍月も加えた二十人でできたらという気持ちが、美青の中にある。


「賛成の人は、椿谷さんに拍手を」


 纏めてくれたのは、灯理だった。そして自分から、拍手を送る。


 美青が周りを見ると、クラス内の全員から、拍手が送られてきていた。美青とは今日が初対面になる十鋒と凍月も、恐らくよく分かってはいないのだろうが、拍手をくれた。


「ありがとうございます」


 きっとこれから、楽しく、苦しくなる。


 けれどその未来は輝いていて、美青は少しというには過分に、勇気を貰えた。


 その後、伝会の主導であれこれ決める事を決めて、その日は解散となった――が、それだけで終わるわけがなかった。


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