前日譚12:そして愛殿合格発表

 たまに詩的な気持ちになるのはなんなんだろうと美青みおは思う。


 ただ、そういう時は言葉にした方がいい事も美青は知っていて、こう書いた。


[ずっと、ずっとこういう形を望んでた。


 まだ、結果は分からない。自信は沢山貰えた。


 墨桜会ぼくおうかい全員で愛殿あいどのにいくって言って、一年間頑張って――合格発表の日だ。


 全員、また一つになれますように。


 神頼みくらい、いいだろう。


 人事は尽くしたんだから]


 そんな記録をつけて、美青は墨桜会の面々で集まる事になる愛殿に琴宝ことほと一緒に向かった。


 合格の通知は家に届くが、全員で合格発表を見る、という事が一つの重要な事だった。どうしても『その先の話』をしたいから。


 愛殿には受験で一度いったきりだ。着いたら通っている灯理ともりはなけいが案内してくれる事になっている。


 到着すると、既に覇子はるこ他、墨桜会のメンバーはそろっていた。遠方からきているメンバーも多いので、早めに行動したのだろう。


「そろったね。いこうか」


 覇子は短く言って、灯理と英を見た。


「こっちよ」


 灯理が先頭に立ってみんなを導いていく。


 各々、思い思いの格好をしている。その中で、美青は一つの確かな空気をつかんでいた。


「流石に人多いっすなー。みんな見えるー?」


 合格発表の掲示の前までくると、英が言った。


毬子まりこー、これ」


 かなりの人ごみに、ういは自分の身長で見る事を早々に諦めた。


「お前な……まあいいけど」


「蟹ちゃん僕の番号も見て」


「分かった」


 そのやり取りに倣って、メロメが慶に受験票を渡す。


 ただ、墨桜会どころかきている中学生の中でも一番身長が高い美青には全然問題ない話だった。


「……美青」


「うん」


 琴宝も、同じ番号を見つけていた。


「受かった人から声かけてー」


 英は墨桜荘すみざくらそうに入居するメンバーを整理する為のリストをスマホで開いている。美青が事前に送っておいた物だ。


橘家たちばなや琴宝、そして」


椿谷つばきたに美青、受かったよ」


 すぐに、琴宝と美青は英に声をかけた。灯理が安堵したような顔をした。まさか墨桜荘に住もうと言い出した二人が落ちるわけにはいかない。


「ッシャオラァ!! 梅村うめむら毬子合格!!」


「私は?」


榊木さかき初も合格!!」


「だろうね」


 毬子は思い切りテンションをあげているが、初は落ち着いていた。


「受かったー!! 桃坂ももさか白生かお合格!!」


 白生が会場中に響き渡るような大声で告げる。


「……よし、私とバンドメンバー全員合格!!」


 棗井なつめい羊日ようひはバンドメンバーの分まで確認していた。


薊間あざま黒絵くろえ、合格だ」


 黒絵が簡潔に告げる。


楓山かえでやま雪夢きよむ、合格」


 雪夢も淡白に告げる。


「受かった……藤宮ふじみや紫姫しき合格よ!!」


 紫姫はかなり安心しているらしい。


東蓮寺とうれんじ千咲季ちさき、合格だよ」


 千咲季も短く告げる。


綿原わたはら風文子ふみこ、合格です」


 風文子も無事に受かっていた。


「あれ、僕は?」


 メロメが慶を見上げる。


「メロメさんは……あった! メロメさんも合格だよ!」


 慶はメロメの番号を探し出し、珍しくテンション高く叫んだ。


白菊しらぎく覇子、合格だ」


 最後に言ったのは、覇子だった。


「いやー、ヒヤッとしたけどなんとか全員揃ったねー」


「まあ一番冷や冷やしたのは卒業試験であなたが追試食らった時だけど……」


「灯理! 私の恥を晒すのはやめよう!」


「みんな、おめでとう」


 英を横にほっぽって、灯理は全員ににこやかな笑顔を向けた。


「灯理、その言葉はもう少し待ってくれ」


「え?」


「二人共くる」


 全員が覇子の視線の先を見ると――二人の小柄な人物が走ってきた。


 片方は初と同じ一四〇センチくらいの身長に外跳ねのボブカットにした銀髪、強気そうな顔立ちを持つ初の双子の妹、榊木ついだ。


 もう一人は――墨桜会のほとんどの面々(美青も含む)にとって意外な人物だった。


 二つ編みにした黒髪に一四二センチの身長を見慣れない制服に包んでいる。顔立ちもまだ幼く、中学三年生にしてはランドセルを背負っても違和感がないくらいに幼い。


 終とは元ルームメイトで、猿黄沢さるきざわ事変に際しては補佐的な所で活躍した琴宝の元部活仲間――竜胆院りんどういん弓心ゆみだった。


「姉様!! 姉様合格おめでとうございます!!」


 先に叫んだのは終の方だった。


「うん、知ってる。終はどうなの」


「合格しました!!」


「おめでと」


 初は素っ気なく言っているが、その顔は少し嬉しそうだった。


「あの……竜胆院さん愛殿受けてたの……?」


 美青は琴宝との繋がりで弓心と話した事があるので、思い切って尋ねた。


「琴宝さんから聞いてないんですか!? 『猿黄沢事変の時のメンバー全員で愛殿目指すから受けて』って言ったの琴宝さんなのに!?」


 弓心の言葉で、美青は琴宝を見た。


「いや、竜胆院さんがくるって言ってピンとくるメンバーの方が少ないかなって思って」


「言ってよ……」


「ってかなんで白菊は知ってんだよ。初にせよ終にせよ竜胆院さんって命の恩人だろ」


 愚痴った美青に続いて毬子が呟く。覇子は知っているような言いぶりだった。


「琴宝から聞いていたが……寧ろ琴宝が話していないのか」


「いや覇子に伝えたら噂になるかと思って」


「君は時たま謎だな? 竜胆院さんとそれ程面識がない私が言っても説得力がないだろう」


「あーはい、二人共せっかくお祝いする場で喧嘩しないでね……」


 琴宝と覇子が喧嘩になりそうな時に仲裁するのはもう、美青にとっては慣れた物だった。


「弓心はどうだったのよ」


 話の流れに押し流された弓心の結果を、羊日が尋ねる。


「なんとか受かりました! 琴宝さんが住む所を確保するって言ってくれたので!」


「おめでとう。琴宝、どういう事?」


 どうも琴宝は一人で話を進める癖がたまに出るので、美青は詰めておく事にした。


「竜胆院さん、冬青そよご先輩だっけ、美青とメロメの先輩」


「うん」


「その人の下で文芸部やりたいって言ってて、ならくればいいじゃんって事。部屋についても確保済みだよ」


「なんか予約が一件増えてると思ったら竜胆院さん……?」


「そうだよ?」


「それ分かってて確認しないペンギンはなんなの……」


 メロメの一言で美青は自分の負けを悟った。もう入居者の募集は始めているし、一般の人かと思っていたのが実際の所だ。鮎魚と牙がくる話もあったが、そちらは何故か進展していない。


「これで結構部屋が埋まるね……」


 美青はもう、諦めの境地に達して寧ろ祝う事にした。


「部屋って見れる?」


 雪夢が尋ねてくる。


「まあ元々そういう話だし、私と琴宝でそれぞれ持ってきたよ」


 美青は荷物から一つのパスケースを取り出した。


「墨桜荘のマスターキー」


 マスターキー、と聞いて一部の面々が感嘆の声を上げる。美青からすれば絶対なくせないので持っているだけで重いが、一般的には憧れる物らしい。


「では美青、それはしまって貰って、一度墨桜荘までいこうか。ここからならば歩いていけると聞いたが」


「ルートは調べてきた」


 すぐに琴宝が手を上げる。


「全員同じフロアなのか?」


 毬子が尋ねてくる。


「一フロアに入る人数じゃないし菫川さんは家族でだから結構別々。まあ今からなら部屋は選べるし、お互い近くがいいって場合は近い部屋にして貰って大丈夫だよ」


 事実、墨桜会の内部と菫川家という範囲でつきあっているペアは四組もいる。美青と琴宝、初と毬子、黒絵と羊日、そしてメロメと慶の弟・叡太えいただ。


「部屋近くするとヒトデ君しょっちゅうきそうだな……」


 その辺りの距離感がいまいち不明なのはメロメだったりする。


「今更ではあるが、バンド一つ同じ建物に住ませて騒音は大丈夫なのか?」


 黒絵は羊日を見て、少しからかうように言った。


「羊日の場合言い出したのが早いからワンフロア防音にするって手が使えた。なんか詳しくは分かんないけど……」


 琴宝は人差し指を唇に当てて、空を見た。


「最新の建築技術でできてるって話だし、大丈夫でしょ」


 琴宝のこの辺りの気楽な所は、美青にとっては大分救われる物だった。


 右腕の事を考えると、どうしても未来を直視するのが怖い。


 それでも未来を見る事ができるのは、琴宝が照らしてくれるからだ。


「では琴宝、道案内はよろしく頼む」


 覇子の一言で、墨桜会の面々と終、弓心は移動する事になった。


 美青は帰ってから、記録を纏めた。


[琴宝と覇子さんのムイタプロダクション所属から一年が経って、二人は本格的なデビューを控えている時期だ。


 菫川さんは少しずつ東京に馴染んで、もうすぐ墨桜荘に家族で越してくる。


 白生の留学とかどうなるんだろうと思ってたけど、今にして思えば杞憂もいいとこだった。琴宝と一緒に見てた日本凱旋をかけた試合は完全に圧勝と言ったよかった。少なくとも高校の間、白生は日本にいる事になった。


 家の方が厳しそうな楓山さんと藤宮さんについてもそれぞれなんとかなり、他のメンバーはそれぞれの理由からくる事を選んだ。


 元々愛殿にいた萩中はぎなかさんと英についても『高等部進学を機に一人暮らしを』という事でご両親から納得されている。


 夢を超えていく事が次々に起こりすぎて、ちょっと眩暈がする。


 猿黄沢の方では今も調査が進んでいるけれど、今の所私達にできる事はない。


 少しだけ――少しの間だけ。


 夢を見ていたい]


 そんな記録が恥ずかしくなって、美青は悶絶しながら眠りに就いた。



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