前日譚11:メロメの彼氏

 墨桜会ぼくおうかいで集まった日の内に、メロメが美青みお琴宝ことほに相談を持ち掛けてきた。


 明日、けいの弟、叡太えいたに会うので同席して欲しい――慶も同席すると言っていたが、どういうつもりで言い出したのか。


 本人曰く慶が今現在、はとこの家に間借りしている。それを考えると家には顔を出しづらい。何せメロメは慶と叡太の父には会った事がないので、完全にご両親にご挨拶という感じになる。一方、美青と琴宝については来年から菫川すみれかわ家が住むマンションの経営なので会っておかせたいとの事だった。


 そういう事ならば美青の方でも断る理由はなく、琴宝も三箇日の内は暇なので受けた。慶はひたすら分かりやすい場所を指定して欲しいと言っていた。


 そして翌日、美青と琴宝はメロメが指定してきた場所まで二人で向かった。


「メロメさんの彼氏君で菫川さんの弟君か……どんな子なんだろ」


 美青は黒いロンググローブに包んだ手を琴宝と繋ぎながら、ぽつりと呟いた。


「まあメロメが彼氏と認めてる時点でそんな悪い子じゃないでしょ。今小学六年生って、大分ませてるなとは思うけど」


 確かにあんまり変な性格の相手だとメロメが敬遠しそうな所はある。慶の弟というのも期待値を上げる。


「何があってつき合う事になったんだか……ここだよね?」


「だね」


 メロメが指定してきた四辻の分かりやすい所にある喫茶店に、美青と琴宝は入った。待ち合わせだと琴宝の方が言うと、店員は二人を案内してくれた。


 そこにはメロメが一人で座っていた。アイスココアを目の前に所在なさげにしている。


「メロメさん、きたよ」


 美青の方から声をかける。


「あ、ペンギンにコブラさん。って、蟹ちゃん見なかったの?」


「今日は見なかった……っていうかメロメさん迎えにいけばいいのに」


「やだよご両親とご挨拶みたいになるじゃん」


 メロメ的にはまだそこまで進んではいないらしい。


「慶どうしてんだろ……あ、もう着くって」


 琴宝はすぐにスマホを取り出して、答えた。


「二人では結構会ってるんだよね?」


「まあ連休とかあると会うかな。金沢と三来って考えると中間になるのここだし」


 遠距離恋愛は大変だなあ……美青は他人事みたいに考えていた。


「姉ちゃんこっちー!」


 その時、男子としてはまだ高い声が聞こえた。明らかに子どもの範囲の物だった。


「分かったから大声出さないで……」


 続いて聞こえてきたのは、聞きなれた慶の声だ。


 三人がそちらを見ると――慶が一人の少年に手を引かれてやってきていた。


 彼の見た目はまだ一五〇センチ程度の身長に、短く纏めた黒髪、そして慶と同じ紫色だが、しかし慶と違い三白眼になった目と整った顔立ちを持つ。どちらかというと慶に似て美少女っぽくも見える顔立ちだった。冬用のコートに身を包み、ポーチを下げている。


「お待たせ……叡太、自己紹介して」


 慶はすぐに、弟に向けて言った。


 彼――菫川叡太は、美青と琴宝を見て、一礼した。


「初めまして。慶姉ちゃんの弟でメロメさんの彼氏の菫川叡太です」


 慶に似て礼儀正しい所はしっかりしている。


「初めまして。菫川さんとメロメさんの桜来おうらいの頃からの友達の椿谷つばきたに美青だよ。よろしくね叡太君」


 美青は立ち上がって、叡太に一礼した。


「でけえ……」


 そりゃそういう感想は出てくるだろうと思ったが、叡太が一五〇くらいなのに対して美青はもう一七八センチの身長だ。改めて言われると悲しくなる。


「私も慶とメロメの同期で美青の彼女の橘家たちばなや琴宝。まあ座りなよ」


 琴宝は特に立ち上がる事もなく、叡太に言った。叡太は姉を見上げて、彼女がメロメの対面に座っている美青と琴宝の方に座るのを見ると、目を輝かせてメロメの隣に座った。


「メロメさん久しぶり!」


 そして快活に声をかける。


「うん、久しぶり……相変わらずヒトデで安心したよ」


 メロメは一体叡太のどの辺にヒトデ要素を見出すのか、美青をペンギンと呼んでいるので彼女の感覚は解き明かそうと思っても無理だが。


「俺はヒトデです!」


 叡太は躊躇いなく大声で叫ぶ。


「叡太ー、お願いだから悪目立ちしないで……」


「あ、ごめん」


 慶は結構苦労していそうだった。叡太は礼儀正しい印象とは裏腹に、結構はっちゃけているらしい。


「でさあ、ペンギンとコブラさん先にきたからそっちの話したいんだけど、ペンギン知ってる? 狼魚先輩と大百足先輩が愛殿あいどのにいるの」


 メロメの発言に、美青は耳を疑った。


 狼魚先輩は元桜来文芸部部長の冬青そよご鮎魚あゆなの事で、美青は今も小説を見て貰うのに連絡している。大百足先輩は同じ文芸部の副部長であり、猿黄沢さるきざわ事変の解決にも協力してくれた虎刺ありどおしきばの事を指す。たまに連絡は取るが、いまいち何をしているのか分からない。


「全然知らなかった……」


「昨日話題に出さなかったからだと思ったよ。その二人もいるけど、なんか狼魚先輩が住む所ないかって言ってるからもう少し墨桜荘すみざくらそう入れるのかなって思ったんだけど……ちなみに狼魚先輩と大百足先輩でルームシェアって形で」


「え、あの二人付き合ってたの?」


「いやちらっと家鴨ちゃん(はなの事)に聞いたんだけど、狼魚先輩については高等部の文芸部の部室に住み着いてるらしいって」


 メロメが全然質問に答えていなくて美青はちょっとびっくりした。なんにせよ、住む所が必要らしい。


「まあそれなら……二人共お世話になってるし」


「二人決定ね。で……」


 美青が琴宝の視線の先を見ると、叡太がじっとメロメを見ていた。


「蟹ちゃんとヒトデ君の住む所だよね」


 メロメは話の舵を切る。


「一応、墨桜荘の話はお父さんとお母さんにしてあるんだけど、まだ情報らしい情報がないからどうしようねって話になってる」


 慶は家での話をそのまま出してきた。


「あー、優先順位は桜来OGだからな……って言っても家族用スペースの間取り図とかあるし、住所に関してもできてるし、その辺の情報慶に渡せば多分家族としては最短で住めるよ」


「待って琴宝。契約関係どうするの?」


「まあ要相談な所はあるけど桜来家族割みたいな感じで割引かな」


 琴宝は恐らく、既に法律的な所が分かる自分の家族と管理人に相談しているだろう。そういう所はしっかりしていると、美青は知っている。


「まあ無賃で住ませて貰うのは申し訳ないっていうのはうちの総意だけど……」


「いいじゃん楽なら」


 総意と言いつつ、叡太はよく分かっていないらしい。


「あのねヒトデ君、ペンギンとコブラさんが慈善事業してくれる相手は桜来のOGだけで、本来ならヒトデ君は対象にならないし蟹ちゃんのおまけみたいなもんだからね?」


「すみませんでした……」


 メロメの一言で、叡太は悄然とした。美青は叡太の扱いに関しては慶よりメロメの方が分かっている気がしてきた。慶に比べると大分手綱を握っている。


「っていうか叡太、メロメさんが椿谷さんと橘家さんに話出してくれなかったらそもそも墨桜荘に住む目途も立たなかったんだから私達メロメさんに足向けて寝れないよ」


「メロメさんありがとう……」


 慶も慶で叡太の扱いは分かっているらしい。叡太はしょんぼりとメロメにお礼を言った。


「まあそもそもペンギンとコブラさんの好意に甘え切った話だから、こっちの二人にもお礼ね?」


「ペンギンさんコブラさんありがとうございます」


「待って叡太君。椿谷でも美青でもどっちでもいいけどペンギンはやめて」


「なんかメロメの彼氏が美青の事名前で呼ぶの抵抗あるから椿谷で」


「琴宝!? 小学生に対抗心燃やしてどうするの!?」


「椿谷さん橘家さんありがとうございます……」


 律儀に言い直す辺り、叡太は根は素直なのだろうと美青は思う。ただ、マンションに住むに当たってのあれこれが分からないのは年齢も考えると当然なので、ここは年長者として見逃そうと美青は決めた。


「なんにせよお父さんとお母さんにマンションの細かい所の話したいんだけど、実際的な管理については橘家さんのご両親と……管理人の?」


昆布岸こぶぎし琵琶子びわこさん」


「に話して決める感じかな。まあ、新築のマンションに住める機会って考えると多分決定だけど……」


「一年はまゆ姉の家にいるんだよな?」


 叡太は慶に向けて尋ねた。


「マンションを建てるって言うのがそう簡単にいく物じゃないから……」


「一年でカレーに臭い沁みついたらどうしよう……」


「気持ちは分かるけど、それまゆ姉の前で言わないでね?」


 そう言えば菫川家で間借りしている鋼藺門はがねいもん家は現在、インド料理屋をしていると美青は昨日ちらっと聞いたのを思い出した。


「そっちが決まったら、あとは僕が愛殿受かればいいだけか……」


 メロメは考えるようにココアを飲んだ。


「メロメ成績的には問題ない感じじゃない?」


「うん、特に勉強サボったりしなければ普通に通ると思う。部屋の感じどうなるのか分からないけど、まあそんなに気にはならないし」


 メロメは住環境にこだわりがなさそうな気は美青もしていた。もっとも、琴宝があれもこれもと入れていった結果、墨桜荘はかなりの優良物件になっていると思うが。


「メロメさんと同じ建物に住むのか俺……」


 叡太も少し、現実感が出てきたらしい。そっと自分の両手を見ている。


「まあ会う度に東京くるの大変だし、近くに住むにはいいタイミングだと思うからさ。っていうかヒトデ君学校どうするの?」


 メロメは思い出したように尋ねた。


「あー……俺も愛殿にいきたいって言って姉ちゃんに女子校だから無理って言われた……なんかまゆ姉から近くの四申ししん学園って所の受験勧められたんだけど……」


 叡太の話を聞いたメロメは、スマホを取り出して調べ始めた。


「……結構いい感じの男子校じゃん。ヒトデ君って勉強できたっけ」


「できるよ! 受験も多分受かるよ!」


「多分じゃなくて絶対受かって」


「受かります!!」


 やはり叡太の手綱を完全に握っているのはメロメだなと美青は思う。というか、叡太の方でメロメには絶対服従の姿勢を崩さない。


 大丈夫なのかこのカップル……そんな事を思いながら、美青達はまだ叡太と馴染んでいないので、少し話をして、その後、昼食を一緒に食べて別れた。


 慶の親との話については、一月中に琴宝の親の方とすり合わせて、家族入居のモデルケースとすると言う話になった。


 一つの出会いを経て、美青は軽い足取りで家に帰った。


 そこから、美青は愛殿受験に向けて勉強の日々を送る事になった。



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