前日譚10:墨桜会定期集会④

 墨桜会ぼくおうかい全員で、灯理ともりはな、そしてけいも入学予定の愛殿あいどの学園を目指す――白生かおがした提案は突拍子もないにも程があった。


 何せ――。


「待った白生。あんた留学どうすんの」


 紫姫しきが言う通り、白生については現在米国に留学中なので、言い出した本人が一番現実的ではない状態なのだ。


「え? 言ってなかった? 今度の大会勝てばスポンサーついて高校の間は日本にいれるんだよー」


「先に言いなさいよ驚いたわ!!」


 いきなりのビッグニュースに、少しざわつきが起こる。


「勝負事に絶対はないとは言え、白生が負けるとも考えづらいな……」


 覇子はるこは考えるように腕を組んでいる。


「大会荒らしだもんねー白生。で、まあ白生がこれるとなったら……近い所から聞くか。みおちーどうすんの」


 英は美青みおに話を回してきた。


「まあ九塔くとうにいる理由も特にないし、みんな揃うなら愛殿目指すのもありかなって思う。琴宝ことほはもういく気だし」


「当然。ってか覇子も若干ウザくなってない? 演劇部の勧誘」


 琴宝が言い出した理由はそれかと美青は納得した。二人そろって演劇部のレベルが低いと思い切り入部を蹴り、喧嘩別れした演劇部から最近では頻繁に誘いがくるとは美青も聞いている。無論、クリスマス・イヴの公演の評判を聞いたからだが。


「……そうだな。九塔の高等部は進学に力を入れるが、それは別に愛殿でもできるし、こだわる理由はなくなっているか」


 覇子は琴宝に比べると冷静に話を進める。元々覇子はあまり感情で物を語るタイプではない。


千咲季ちさきもこの際上京したら?」


 英は同じテーブルを囲む千咲季に尋ねる。


「いいのかな……家から通えるかも怪しいけど」


「家から通えなくてもいい奥の手が私達にはあるでしょ」


 琴宝が何を言い出すか、美青には簡単に分かった。


墨桜荘すみざくらそう、来年開業予定だし、元桜来おうらい生なら入居にお金かかんないし」


 その話だと思った。


「私と琴宝も真っ先に入居するけど、あそこからなら九塔より愛殿の方が近いくらいではあるよ……」


 美青も控えめに情報を伝える。墨桜荘にここにいる面々が集まればいいと思っているが、いざ話すタイミングがくると及び腰になる。


羊日ようひから話はいっているな?」


 葡萄ジュースを取って尋ねてきたのは黒絵くろえだ。


「うん。薊間あざまさんと羊日、あと羊日のバンドメンバー四人の合わせて六人はもう予約済み」


 美青はすぐに答えた。年末に羊日から聞いた予約内容については既に管理を担当する琴宝の家の方と、直接の管理人に話してある。


棗井なつめい上京は聞いてたけど薊間もか」


「なんだかんだと青森の田舎にいると資料探しが不便でな……どうせ羊日もいく事だし、私もいく事にした」


「どーせって何よこっちは切羽詰まってんのよ」


「分かったから愛殿にいくのかどうかどちらだ。私はいくが」


「いくに決まってんでしょ。高校探す都合もあるし、メンバーと一緒に!」


「というわけで二人決定、梅村うめむらはどうする」


 黒絵は話を振ってきた毬子まりこに話を返した。


「そうだな……まあ元々スポーツ強いってのは知ってんだよ愛殿って」


 毬子は地元奈良でスポーツの成績がいい所に通っている。本人は陸上と水泳を同時にやっていて、そのどちらでも今年度は全国に出た。


「その線でいくと愛殿にいって、墨桜荘に住むのも悪くないな……ういは?」


 飲み物に口をつけつつ、毬子は初に尋ねた。


「みゃー毬子一人で愛殿の受験突破できるわけがないし一緒だよね」


「おい!! ここで成績の話すんな!!」


「だって体育以外ことごとく一か二の成績取ってる奴がスポーツだけで入れる学校じゃないし愛殿って……」


「梅村さん? 榊木さかきさんが言ってるような事になってるの?」


「私は勉強の優先順位が低いだけだ!!」


「くるなら榊木さんに習いなさいね?」


「分かったよ……」


 恐らく毬子は初に頭が上がらないなというのが美青にはなんとなく分かった。勉強になると自分も灯理ともりにはとてもではないが勝てないし、なんなら琴宝以下の自覚もあるのであまり口出しできない。


「私もいく」


 不意に、会話の流れを無視して雪夢きよむが声を上げた。


「雪夢の家は上京を許してくれるのかな」


 答えたのは覇子だ。楓山かえでやまさんの地元……と考えて、美青は宮城だと思い当たった。


「多分気にしない」


「……交渉で困ったら私に言うように」


「分かった」


 覇子は雪夢の元ルームメイトなので、雪夢の口数の少ない言葉から意思をくみ取る事に関してはこの中の誰よりできる。波乱の予感も感じているらしい。


「で、千咲季はどうすんの?」


 紫姫がさっき話を黒絵に持っていかれた千咲季に話を戻す。


「んー……灯理ちゃん達の話聞く分に楽しそうだし、住む所もなんとかなるならいこうかなって思う。紫姫ちゃんは?」


「あー……」


 千咲季に問い返された紫姫は遠い目をした。


「ちょっとまあ揉めそうだけど、私も東京きたいって気持ちはあるのよね……」


藤宮ふじみや宗家の人達なら私の方から口聞こうか?」


「あんたそれして大丈夫なの?」


「まあ他にできる人いないし……」


 何か、千咲季と紫姫はたまに分からない話をする。ただ、千咲季が口を聞いてなんとかなるという事は、基本的に一般人は知らない方がいい類の事なので美青はあまり深く聞いていない。


「ま、なんにせよ私がいないってのも締まんないでしょ。美青、一部屋お願い」


「いいけど……家の方大丈夫なの?」


「なんとかなる筈……」


 美青が尋ねると、紫姫は自信なさげに顔を逸らした。家が厳しいという話を美青は定期的に紫姫から聞くが、それにしても何か暗部を抱えていそうで心配だった。


「紫姫については必要なら私の父に掛け合っても……」


「そこまでしなくていいから!! そこまですると本当に大事になるから!!」


 桜来にいた頃は一切分からなかったが、覇子の家と紫姫の家の間には(本人達の知らない大人の間で)繋がりがあるらしい。その上で紫姫はその繋がりを嫌う。


「ならば紫姫については確定と扱うが……」


 ちらりと覇子は風文子ふみこを見た。


「愛殿……東京にいく機会があればと思って調べていたんですが、割と文化部が充実していていいと思います。あまり主体的な理由ではないのですが、いずれにせよ大学選びで東京の方になるだろうと思っていたので、その前から住む所があるのであれば親も止めないでしょう」


 綿原わたはらさんはそうだった……美青は思い出した。元々生物に詳しい風文子は将来的に学者になりたいと常々言っているので、将来を見越して考えるのは妥当だろう。


「ちょっと待って、なんかみんなくる感じになってるからメモするけど……その前にメロメさんだけまだ」


「あ、僕か」


 話は聞いていたのだろうが、ひたすら食べる物を食べていたメロメはそこで気づいたようにフォークとナイフを置いた。


「僕もいくつもりでいたんだけど……あれ待って。その前にペンギン、墨桜荘って家族用のスペースと独居用のスペースあるみたいな事言ってたよね?」


「うん。あ、メロメさん家族も」


「いや僕の家族じゃなくてさ。蟹ちゃんいつまでもお姉さんの家に間借りさせておけないでしょ」


「あー……」


 メロメの発言で美青は思い当たって慶を見た。慶は驚いた顔でメロメを見ている。


「え……メロメさん、自分が墨桜荘に住む前提で、うちの一家にも墨桜荘に住めって言ってる?」


「入居できるの一年後って言っても、住むなら新しい所がいいでしょ。ヒトデ君(慶の弟)とも気軽に会えるし」


「……椿谷つばきたにさん、橘家たちばなやさん、大丈夫?」


 慶は申し訳なさそうに二人を見た。


「まあ菫川すみれかわさんの家に関しては事情が事情だからね……」


「契約関係この場合どうなるんだろ……ちょっと確認はするけど、住むのは全然いいよ」


 確かに、美青と琴宝が考えたプランの上だと『元桜来生は無料』であって、その家族については練り直す必要がある。とは言え、菫川家に関しては例外的扱いも入るだろう。何せ家族で避難してきた先なので。


「……待って。気になってきたんだけど、十六人で墨桜荘に住むっていう事?」


 灯理が手を上げて尋ねた。英と灯理については家から愛殿に通っているので、少なくとも転居する必要性はこの中では限りなく薄い方に入る。


「入る流れっしょー……って言いたいけど合計十六部屋……いやよっぴの大所帯含めて二〇人無賃で入って経営もつんすか」


 英は乗りかけて美青と琴宝に尋ねてきた。


「えっと……」


「その試算はもうしてある」


「琴宝? いつしたの?」


 全然聞いてない話が出てきて、美青は思わず琴宝の服の袖を引っ張った。


「昨日管理人やる人がうちにきてさ」


 その辺りの担当が美青ではなく琴宝なのは周知の事実なので、全員黙って聞いている。


「お年玉くだせぇって言うからあげる代わりに計算して貰った」


「中学生相手に何してんのあの人」


 以前あった所、間違っても裕福な方ではないようだが、正月早々雇い主にお年玉をせびりにくる推定三十代無職女性は大分怪しい。


「結論から言えば二〇人どころか五〇人住んでも余裕で一〇〇年もつ」


 猿黄沢事変解決の褒賞と賠償が二人分とは言え、よくそれだけのお金が自分達にあるなと美青はちょっと怖くなった。争奪戦が始まったりしないだろうか。ここにいる面々は同額を持っているので始まらないが。


「なら大丈夫かー」


「うんまあ、そりゃそうよね……覇子さんもくるの?」


「無論、そうする」


「推しと同じマンション……!!」


 感極まったらしく、灯理はテーブルに突っ伏した。その頭を千咲季が撫でる。この二人の持ちつ持たれつは桜来の頃から変わっていない。


「この話を持ち出した以上、白生には何があっても勝って貰わねばね」


 そして覇子は、冗談っぽく白生に言った。


「負ける要素零だよ!」


 白生は大きく笑ったサムズアップした。


「なんか……同じスポーツの分野にいて桃坂ももさかは心配のベクトル違うのなんなんだ……?」


「成績の話で毬子を白生と同列に扱うのは白生に失礼過ぎるっしょ」


「東京組に関しては私の方で見るけど、梅村さんに関しては本当に頼んだわよ榊木さん……」


「うん。まーそりゃね」


「そんなにか私!!」


 落ち着き払っている初とは対照的に、毬子は頭を抱えている。


「あーそれと美青、琴宝」


 初はふと思いついたように二人に声をかけた。


「何?」


 美青の方が答える。


ついは絶対私と同じ高校を選ぶって言ってるから、もう一部屋予約で」


「大丈夫……だよね?」


 美青は琴宝に尋ねた。


「大丈夫でしょ。終さんってスペース小さくて済みそうだし」


「いや普通に一部屋埋まるでしょ!?」


 琴宝は初の妹をなんだと思っているのだろうか。


「いずれにせよ、大きな目標が決まったね」


 場を纏めるのは、相変わらず覇子だった。


「各自、全力で愛殿を目指す。既にいる二人は慶をサポートしてあげてくれ」


「はい」


「うっす」


「早く馴染めるように頑張るね……」


 覇子の言葉にそれぞれ答え、それからはいよいよ本格的に同窓会らしい雰囲気と、白生への壮行会の様相を呈してきた。


 美青はその日の記録をこんな風に結んだ。


[夢が叶うって、たまにある。


 夢を超えるって、本当にあるんだなって、帰ってからちょっと泣いた。


 やる事は多いけど見えてるし、厄介だけど楽しくなってきた]


 そんな記録と、みんなで撮った写真を宝物の思い出に変えて、美青はその日、瞼の裏にそれを隠した。




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