前日譚9:墨桜会定期集会③

 黒絵くろえ羊日ようひペアとうい毬子まりこペアが同時に到着して程なく、店のベルが鳴った。


 雑談に興じていた美青みお達がそちらを見ると、二人の人物が入ってくるのが見えた。


 一人は元々短かった茶髪をベリーショートの長さまで短くした、おとなしそうな垂れ目が印象的な顔を持った人物・綿原わたはら風文子ふみこだ。身長一五九センチの体はファー付きのコートに包まっている。


「お久しぶりです」


「ふーみんきよむーお久ー」


 ぺこりとお辞儀して入ってくる風文子の後ろから、もう一人くる。


 ボブカットにした黒髪の左側に編み込みを入れていて、顔立ちは整っているがとにかく感情が読めない無表情を持つ。一六〇センチまで伸びた体は肉付きもよくなっていて、それを薄いコートに隠している。


「久しぶり」


 墨桜会ぼくおうかいのメンバーの中でもとりわけ無口・無表情だが集まりには必ずくる楓山かえでやま雪夢きよむだ。


「席に名前ついてるからそこに着席ねー。って二人共毬さんと初と同じ席か」


「はい」


「分かった」


 はなは全員の位置関係を把握しているらしい。すぐに、風文子と雪夢は初と毬子と同じ席に座った。


「遅くなって申し訳ありません。あとは……あれ、萩中はぎなかさんきてますよね?」


 風文子は英の隣に荷物があるのを見て、尋ねた。


「あー、千咲季ちさきが道に迷ったつって迎えにいったんだけど……なんかさっきやっと見つけたって聞いたからそろそろだと思うよ」


藤宮ふじみやさん」


 風文子の疑問に答えた英に、雪夢がぼそっと囁く。


「に関しては……あ、待って噂をすればだわ。ちょい失礼」


 英はスマホを見て、通話を取った。


「もしもし藤宮さん? あー、その店その店。え? 分かった……」


 英はすぐに通話を終えた。唯一気配すらなかった墨桜会メンバー・藤宮紫姫しきからだったらしい。


「三人一緒にくるって言ってる……」


 英は驚いたような顔で報告してきた。どこかで紫姫の方が灯理・千咲季ペアと合流したのだろうか。


 誰が何を尋ねる間もなく、店のベルが鳴った。


「だからなんであんたは意味わかんない所で努力すんの!! ほらついたわよ!!」


 入ったきたのは亜麻色のウェービーロングをポニーテールにして、一六九センチまで伸びたグラマラスな体をワンピースドレスとケープに包んだ花やかな印象の顔立ちの持ち主・藤宮紫姫だった。両手に紙袋を大量に持っている。


「ごめん……ちょっと無茶しちゃった……」


 続いて入ってきたのがお団子頭を直している東蓮寺とうれんじ千咲季だ。


「時間かかったわね……ってもう全員きてるのね……」


 最後に、灯理が疲れた顔で入ってくる。


「千咲季大分時間かかってたけどどうしたの?」


 琴宝ことほが千咲季に尋ねる。


「家から走ってきたんだけど、途中で道わかんなくなっちゃって……紫姫ちゃんに見つけて貰わなかったら迷子だったよ」


「いやあんたそうでなくとも迷子だったわよ。ここが最寄り駅とか言ってた駅が三つも離れてたんだから」


 灯理がどこまで迎えにいったか分からないが、先に千咲季を発見したのは紫姫の方らしい。


「どこまでいってたのよ灯理」


 英が灯理の話し方を真似つつ尋ねる。


「大分遠かったわ……千咲季は私と覇子はるこさんと英と同じテーブル、藤宮さんは棗井さん達と同じテーブルね」


「はーい……」


「それはともかく一回お土産配るわよ」


 千咲季はおとなしく席に着いたが、紫姫の方は紙袋の中に溜まっていた生八橋を広げた。墨桜会の集まりで地元のお土産を持参するのはあまりいない。紫姫の場合実家が京都なので毎回持ってくる。


 場にはビュッフェ形式で様々な料理が並べられ、もういつでも始められる状態になっていた。そして、紫姫のお土産は一人につき生八橋一箱という大分多い物だった。美青はお礼を言って受け取った。


 そして紫姫が席に着くと、覇子がアイコンタクトで店員に合図を送り、それと同時に飲み物が配られだす。好みに応じて様々な物をそろえている。美青はリンゴジュースを頼んだ。


「行き渡ったね。では、まずは明けましておめでとうございます」


 覇子の言葉に、それぞれ新年の挨拶を返す。


「そして、今回も墨桜会のメンバー全員が無事に集まれた事を祝して――乾杯!」


 乾杯の音頭を取るのは毎回覇子だ。その一言で、美青も琴宝とけい、メロメとグラスを合わせた。


「料理については好きに取ってくれて構わない。」


 覇子の一言でそれぞれ、料理を取る為に立つ。


「美青、お皿私が持つから取るのやって」


「分かった」


 琴宝がこういう時にさらっと気配りしてくれるのが美青にはありがたく、同時に申し訳ない。料理にもよるが、皿を右手で持ったりすると落としかねないのが今の美青だ。


「椿谷さん、あんまりよくなってないんだね……」


 慶が心配するように言ってくる。


「うーん……自覚できる程はよくならないかな。ちょっとずつリハビリはしてるんだけど、ちょっと重み感じると無理だから……」


 料理にしても、ここに並んでいる物を食べたいだけ乗せて右手で持ったらお釈迦になる。不便だが、それくらいで猿黄沢さるきざわ事変を解決できたと考えると美青にとっては寧ろ安い。


「ペンギンのそれはコブラさん(琴宝の事)が傍にいればいいんだけど、コブラさんも女優デビューするんでしょ? 白虎さん(覇子の事)と一緒に」


「まあ今の時点で四六時中一緒にいるわけじゃないし、美青もそろそろ慣れてはきてるから、そこはあんまり心配してないよ。一緒の時はこうなるけど。美青、ソーセージ三本」


「うん」


 美青は左手と右手を注意深く使って琴宝のリクエスト通りに取った。


 墨桜会のメンバーからは会う度に気を使われるが、それも少し申し訳ない。とは言えリハビリの予定を考えると完治までは相当長くかかるので、琴宝と一緒の時は遠慮なく甘える事にしている。


「まあペンギンのそれはいいとして……蟹ちゃん中学どうするの? 引っ越したの冬休み中でしょ?」


 メロメは慶の事に話題を転換した。


「あ、それ私も気になる。桜来おうらいの時とは違うみたいだし……」


 美青は話題を逸らしたくてメロメの発言に乗っかった。


「まゆ姉……居候先のはとこが私立愛殿あいどの学園っていう所に通ってるから、私もそこにって事で年末に転入試験受けたよ」


「え? 愛殿なの?」


 慶の言葉に反応したのは琴宝だった。聞けば美青も知っている名前だ。


「お慶さん愛殿にくるんすか」


 横から話に入ってきた英と、灯理と同じ学校なので。


「え、英知ってるの?」


「英と萩中さんが一緒に通ってる学校だよ愛殿って」


 慶は知らなかったらしいので美青は補足を入れた。


「菫川さんが愛殿にくるのね……」


 灯理も話は聞こえていたらしい。少し怪訝そうな顔をした。


「よかった……知ってる人がいるってだけで安心する……」


 慶はその顔に気づかず、安心しきっている。


「……ねえ菫川すみれかわさん、菫川さんのはとこの方って何年生?」


「今中等部の三年だよ」


 灯理の怪訝そうな顔はいよいよ強くなる。


「英、三年生に『菫川』って苗字の先輩いた? 珍しい苗字だし、いれば分かりそうな気がするんだけど……」


「いやー? 知ってる範囲にいないし、三年の先輩と話しててもお慶さんと同じ苗字の人は聞いた事ないよ?」


「あ、それは勿論そうだと思う。苗字違うし」


 疑問への解答は慶が出してくれた。


「なんか気になる話してんなー。菫川の方は」


 毬子が話に挟まってきた。


「うん、食べながら話そう」


 慶の一言で、食べ物を取っていた面々はそれぞれの席に着いた。


「英、『鋼藺門はがねいもん』って苗字なら分かる?」


 座ると、慶は英の方を見て尋ねた。


「あー、調理部の先輩……私もちょくちょく話すけど、鋼藺門まゆずみ先輩?」


 英はすぐにピンときたらしい。オムレツを取りながら尋ねる。


「そう。鋼藺門家って、元々は猿黄沢で鍛冶屋やってた家で、私達のお祖母ちゃん世代の頃に猿黄沢を出て首都圏で製鉄所初めたのが鋼藺門宗家。私がいるのは製鉄業離れた分家の方で、まゆ姉の家だとインド料理屋やってる」


 慶の解説によると、今間借りしている家も元は猿黄沢にルーツがあったらしい。その繋がりならば確かに今回の土壌汚染の話を聞けば間借りくらいさせてくれるだろうと美青には思えた。


「でも英と萩中さんと一緒なら……いや転入試験突破できなきゃ公立か……」


 慶は急にネガティブになった。東京ショックはかなりの物らしい。


「菫川さんの成績なら愛殿くらい受かるからそんなに弱気にならなくていいわよ」


 それぞれの成績事情に詳しい灯理が安心させるように言う。


「うん……まあ英でもやれるくらいだから大丈夫だと思うけど……」


「お慶さん? 私を侮るのはやめよう?」


「いやあなた気を抜くとすぐ成績落ちるでしょ」


 愛殿組はもう一緒に通うような空気が出来上がっている。


「……ねえ美青、私達も愛殿目指さない? ついでに覇子も」


 不意に、琴宝が言った。


「急だね……」


 美青・琴宝・覇子は現在、九塔くとう学園という私立に通っている。一応高等部はあるが、外部受験は可能なシステムだ。


 でも――美青は思う。


 大手プロダクションからお誘い頂いてる今の琴宝と覇子さんにとって、九塔にこだわる理由はもうないのかも知れない。


 だって、二人共演劇部が強いって理由で入って(私は単に琴宝と一緒がよかっただけ)、演劇部のレベルが低いとか二人で言い出して劇団パールドンナに入って、結果プロデビューしてたら、そりゃ九塔にいる理由も特にはなくなる。


「いいけど……愛殿って偏差値高かったよね?」


「まあ受験に関しては灯理を頼ればいいわけで……」


「私ならいつでも相談に乗るけど……覇子さんは?」


 灯理は自分の隣の覇子を見た。美青がそちらを見ると、いつも通りにこやかに場を見守っている千咲季と、やや不満そうな顔をした英と一緒に、覇子が考えていた。


「……確かに九塔にいる理由は最早それ程ないな。選択肢としては充分にあり得る」


 覇子は琴宝程乗り気というわけではないようだった。


 もっとも……全国模試で常に全国一位を取る覇子からすれば単に『勉強面だけ見ればどこにいようが一緒』という所があるのだろうが。


「じゃーこうしようよ!」


 いきなり話を提案したのは――白生かおだった。


 全員の注目を浴びた白生が、その場で立ち上がる。


「墨桜会全員で愛殿を目指す!!」


 自信満々に提案した――唯一、普段は海外にいる白生が。


 驚きに声を出したのが誰か、美青は咄嗟に判別できなかった。


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