前日譚8:墨桜会定期集会②

 美青みお琴宝ことほけい白生かお墨桜会ぼくおうかい定期集会会場につき、覇子はるこはな・メロメと合流し、灯理ともり千咲季ちさきを迎えにいってから少し、他愛のない世間話に花が咲いた。


 慶によれば猿黄沢さるきざわを中心とした土壌汚染に於いて、桜来おうらいが存在した頃のような怪奇現象は一切起きておらず、単に水道水から四方手神よもてかみ因子が検出されただけという話らしい。もっとも、慶の立場は一般の女子中学生なので詳しい事は分からないが。


 そんな話をしている中だった。


「ここ!? ここー!!」


 勢いよく扉を開けて中に入ってきたのは、数日前にも東京にきていた棗井なつめい羊日ようひだった。


「だから白菊しらぎくの言う通りにくればいいと言っただろう」


 続いて入ったきたのは、羊日とは元ルームメイトである墨桜会の前身、墨盟団ぼくめいだんのオリジナルメンバ―・薊間あざま黒絵くろえだった。


 身長は一七二まで伸びており、羊日と並ぶと差が激しい。整った中性的な顔立ちは相変わらずポーカーフェイスで、短く纏めた黒髪は以前より少し整っている。紫色のケープに小豆色のロングスカートを合わせている。


「よっぴもあざまっちもお久ー」


 英が二人に声をかける。


「我々だけではない」


 黒絵は後ろを向いて、手招いた。


「にゃー、やっと到着かー」


「お前が寄り道するからだろ……」


 更に二人、墨桜会のメンバーが入ってくる。


 片方はメロメと比較しても小柄な、一四〇センチあるかも怪しい身長に整った大人っぽい顔立ちを白いコートに包んでいる。毛先が跳ねるボブカットの黒髪も以前とあまり変わっていない。身長に関してはこれでも伸びた方に入る。


 墨盟団に合流したのが遅いメンバーのうちの一人、榊木さかきういだ。そして彼女の後ろにいるのは同じタイミングで合流した初の元ルームメイト、梅村うめむら毬子まりこだ。


「まあなんにしてもついてよかった」


 黒絵と同じ一七二まで伸びた身長によく筋肉のついた体つきを持つ毬子は比較的薄着だった。顔立ちは愛嬌があるタイプで、短い黒髪と褐色の肌が活発そうなイメージを出している。


「ヘーイ席に名札出してるからそこ座ってねー」


 英がすぐに指示する。


「おっけー」


「うむ」


「ほいほい」


「どこだ……って初と一緒かよ」


 愚痴りつつ、毬子はしっかり初の隣に座った。その二人はまだ誰も座っていないテーブル、羊日と黒絵は白生が座っているテーブルだった。


「カップル二組一緒にくるとは思わなかったよ……」


 メロメが少し気まずそうに言う。


「羊日と薊間さんはともかく、梅村さんと榊木さんってつきあってたの?」


 美青が追従すると、水を飲んでいた毬子が吹き出した。


「始まる前から汚いなー……」


「げほっげほっ、いや、いきなり暴露されると思ってなくて……」


 初は落ち着いているが、毬子のこの反応を見るに図星だなと美青は悟った。


「めろめち……私が後でバラそうとしてたのに……」


「いや知らない人の方が少なくない?」


「えっ!?」


 メロメの一言に、慶が凄い顔で彼女を見た。どうも知らなかったらしい。


「というか私と羊日にせよ、榊木と梅村にせよ別段隠してもいないだろう。菫川すみれかわは何を驚く」


 黒絵が一番落ち着いているかも知れないと美青は思う。もっとも、黒絵が取り乱しているのを美青は一度として見た事がないくらいに彼女は常に冷静だが。


「知らないの私だけ……?」


「大丈夫菫川さん、私も榊木さんと梅村さんについては知らなかった」


 不安そうな慶を、美青はそっとフォローする。というか、自分も知らない側だとなると琴宝はどうなのか気になる。


 美青がそっとそちらを見ると、琴宝は不思議そうな顔をしていた。


「あれ……美青なら雰囲気で察すると思って聞いてなかったけど、ひょっとしてこのツーペア知らなかったの?」


「想定より大分察しが悪くてごめんね……」


「ペンギンってそういうとこあるよね……」


 観察力の低さに関しては桜来にいた頃から所属している文芸部の部長に散々指摘されているので、美青は耳に激痛が走るかと思った。というか、そんなに露骨なのだろうか。


「去年の夏の時点で毬子は私の事だけ『榊木』じゃなくて『初』って呼んでたじゃんよー」


ついさんとの区別かと思ってた……」


「私も……」


 美青の言葉に慶が追従する。


 初に関しては榊木終という双子の妹がおり、猿黄沢事変の終盤に墨盟団に加勢したので、その存在は全員知っている。終の方は墨桜会には入っていないので、今日は恐らく初一人だろうが。


「まあそれはいいんだけどさ、黒絵。全員揃ってから聞くべきなのかも知れないけど、三来ざき市の土壌汚染ってなんか知ってるの?」


 琴宝はついていけていない二人を無視して尋ねる。


「正直な所を言えば専門ではない範囲の話なので詳しい事までは分からんが……」


 黒絵は一つ前置きして、水を一口飲んだ。


「桜来を出て以降、新しく引き取った周辺地域の文書まで含めて考えるとあり得ない話ではない。四方手の神様由来と思われる伝承は三来他、猿黄沢を中心とした範囲に薄くではあるが伝わっているし、猿黄沢で出ていた物のばったもんが近くに出る事例も存在する」


「待って薊間さん、待って……」


 慶が黒絵を止める。


「なんだ菫川」


「猿黄沢で起きてたような事が近くで起きるみたいな事、ないの……?」


 慶としてはそこは気になるだろう。


 何せ猿黄沢事変では墨桜会の面々全員が命をかけ、一部のメンバーに関しては人外と化した桜来の生徒と首謀者を直接手にかけている。出身が猿黄沢である慶からすれば、それ程身を粉にして守った故郷がおかしな事になるのは御免だろう。


「その前に、だが。現地にいて何かおかしな噂は聞かなかったのか? 私は寧ろそれが気になる」


「耳に届く範囲では全然なかった」


 黒絵はちらりとメロメを見た。


「僕も聞いた事ないかな」


 恐らく、黒絵が確認したかったのは慶とは別にその弟と繋がりがあるメロメの耳に何か入っていないかだ。


「となれば『これから』を気にする必要はあっても『現状』についてはさほど心配する必要はないと見るがな」


 黒絵は聞きたかった情報が聞けたと言うような顔になった。


「待って薊間さん。何か見つけたの?」


 美青は気になって尋ねた。


「墨盟団時代のどこかで言ったが、猿黄沢に伝わる不思議の由来はそもそも四方手の神様という『一つの意思』だ。これについてはもう白菊しらぎくに確認したが」


 黒絵はそこで、黙って話を見守っていた覇子を見た。


「猿黄沢事変に際して、四方手の神様という存在は明確に『死』を迎えた……というか、私が邂逅したものが四方手の神様の意思そのものの中核であり、そこに関してはまず間違いなく滅んでいる」


 最終的に『四方手の神様』と対峙した覇子はそのご神体とでも言うべきものを破壊している。その上で、四方手の神様の最後の言葉も聞いたと美青達は聞いている。対面したのが覇子一人な上、美青はその直後に首謀者に蹴りをつけてしばらく眠っていたので聞きかじりだが。


「との事だ。これは十歩じっぽ女史にも確認済みだが、四方手神社に於いては既に探索できる範囲に四方手神因子がない」


 それに加えて、首謀者の孫であり墨盟団にとっては強力な協力者・万年青崎おもとざき十歩の証言も、黒絵は引き合いに出した。


「元々猿黄沢を中心としたあの一帯の地下深くに四方手神因子が広がっており、それが地下水経由で出てきた……一番問題である『四方手の神様の意思体』を白菊が破壊している事に加えて、菫川の証言を合わせるに……」


 黒絵はそこで人差し指を立てた。


「仮に『第二の四方手の神様』でも現われん限り、『地球外物質が土壌に含まれている』以上の事はない」


「あんたはさらっととんでもない事を言うわよねー」


 纏めた黒絵の言葉に、羊日が湿気った目を向ける。


「地球外物質が入った水を毎日口にしてた方の身にもなってよ……」


 慶の言う事の方が正論だと美青は思う。


「四方手の神様が死んだといっても、それは頭がなくなった程度の事、か……」


 美青が覇子の方を見ると、考えるような顔をしていた。


「そこだな。今は亡骸として残っている物が地上に出ているのだろうが、それがなくなるか……まさかあの辺り一帯を爆破するわけにもいかんからな。十歩女史の研究チームの報告を待たねば何も始まらん」


 黒絵は現実的な話に戻って、ひらひら手を振った。黒絵は猿黄沢の事情について人より詳しいが、流石に書物の情報では限度があるという事らしい。


「なんにしても、菫川さんが無事でよかったよ……」


 墨桜会のメンバーについて、今回の避難の対象区画に住んでいる者は慶しかいなかった。その慶がなんともないのであればひとまずは安心できそうだった。


「ニュース聞いた時は鱗鉄りんてつの水がぶ飲みしたけどね……」


 四方手神因子に対する抗体となる鱗鉄という名前の隕鉄は水に浸すと謎の成分を出す。これがあれば四方手神因子由来の怪現象はほぼなくなる――美青達が実際に経験した事としてそうなので、慶はそれを実践している。


「いずれにせよ現時点で気にする程の物となるようには見えんな……まあ引っ越すに越した事はないが」


「三来からこっちにくるだけで一大事だよ……」


 慶はやはりいきなり東京にきたのが厳しいらしい。


「慶については墨桜会の東京組でもサポートできないか考えるとして……そろそろかな」


 覇子は手首の内側の腕時計を見た。


「あときてないのふーみんときよむーと藤宮ふじみやさんと千咲季と灯理が戻ってくるかか……ってか待って。灯理今どこにいるか確認してみる」


 英はすぐにその意を察し、スマホを取り出した。


「確かに近くまでいったにしては遅いね萩中はぎなかさん……」


「あれ、萩中どうしたんだ?」


「千咲季が道に迷ったの助けにいってる」


「なんであいつはあれだけ強くて未だに方向音痴なんだよ……」


 毬子が呆れるのも分かるくらいに千咲季という人物は物理的に強い。フィジカルが強い覇子に言わせても琴宝に言わせても毬子に言わせても一対一で勝負すればまず間違いなく負けるとの事だ。


「って、藤宮さんとも合流してもうすぐこれるらしいわ。覇子さん」


「少しの遅れくらいは許容すべきだろう。少しシェフと話してくる」


 覇子は厨房の方に向かった。


 そろそろいい匂いが漂い出して、美青は少しだけ空腹を感じた。


 なんにせよ、猿黄沢に何も起こらなきゃいいんだけど。


 そんな事を考えて、美青は残り四人と灯理を待った。




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