前日譚7:墨桜会定期集会①
一月二日――この日は
年末に判明した
感覚としては同窓会のような物なので、
集まる人数は十六人、去年集まった時は初詣もしたが今年はない。そして、覇子は一つのレストランを借り切っていた。
最寄りの駅で降りると、美青はちょっとうきうきした気分が湧いてきた……が。
「毎回十六人入る所準備する覇子さんも大変だよね……」
一緒にいる琴宝に言う。
「まああいつの場合こういうの好きだから……ん」
改札の方に向かおうとして、琴宝は振り返った。
「どうしたの?」
美青もそちらの方を見る――懐かしい後ろ姿があった。
「あれ慶だよね」
「うん……菫川さんだね……」
「なんかあの調子だと迷ってるな……慶ー! 慶ー!」
すぐに、琴宝は美青の手を離して慶の方に声をかけた。美青もそちらに向かう。
その声が聞こえたらしく、慶は振り返る。
長くまっすぐな黒髪に一六〇センチまで伸びた身長、すらっとしたボディラインを白いコートと黒いパンツに包んでいる。顔立ちは大人っぽく整っているが、紫色の瞳は戸惑いを浮かべていた。
「あ、
「あけおめ」
「あけましておめでとう。ひょっとして迷ってたの?」
美青は久しぶりに会う慶に尋ねた。
その瞬間、慶は情けない表情に変わった。
「うん……二人がいるって事はこの駅で合ってるんだよね?」
「合ってるよ。っていうか改札すぐそこだし」
「どの改札から出ればいいのか分からない……」
琴宝の言葉に、慶は思い切り泣きそうになった。猿黄沢にいた時は化物が出ても常に冷静だったが、それより都会の方が彼女には堪えるらしい。
「あー、覇子の説明は電車で迷わない前提だからな……一緒にいこうか」
「ありがとう……」
慶は財布を取り出して、そこから切符を取り出した。
「菫川さん、東京に越してきたんだよね……」
「うん……はとこのお姉ちゃんの家に間借りしてる……」
「だったらスイカ作った方がいいよ……」
「作る間もなかった……」
なんにせよ慶は慶で相変わらず苦労しているらしい。
美青と琴宝は慶を連れて駅を出た。駅を出ればそこからはそれ程離れていない。
「っていうかメロメと一緒じゃないの? まだ別れてないよね、慶の弟とメロメ」
墨桜会にとっては共通認識となっているが、メンバーの
「メロメさんうちに……っていうか弟に顔見せるとは言ってたけど、優先順位は墨桜会の方が上っぽいから現地で会おうねとしか言われてない……」
「彼氏の立場ないな……」
慶の弟を美青はよく知らないが、琴宝の言う通り割と立場がないなと思う。メロメは結構友情には篤い性格だが、恋愛になるとどうなるのか。たまに彼氏と会う事はあるようだが。
「っていうか
「いやー、でも慶も馴染んだ方がいいでしょ。どの道しばらくは東京なんでしょ?」
「もうお父さんが東京で転職先探す気になってる……」
慶はずっとテンションが低い。元々アッパー系の性格ではなく落ち着いた性格だが、猿黄沢から三来へ、という所からいきなり東京に越してきたのはカルチャーショックが大きすぎるらしい。
「だったら慣れないと……ん」
不意に、琴宝は後ろを振り向いた。
「何?」
美青もそちらを見ると――もう一人、墨桜会のメンバーが全力で走ってくる所だった。
ツインテールにした見事なアッシュブロンド、愛嬌のある顔立ち、豊満なボディラインは引き締まり、薄着をしているにも関わらず寒くなさそうだ。身長は一五八センチまで伸びている。
「明けましてー!」
彼女――
「おめでとー美青ちゃん琴宝ちゃん慶ちゃん!!」
そして、三人の端っこにいた慶に抱き着いてくる。
「明けましておめでとう桃坂さん……」
慶は大分ぐったりしている。
「白生は元気だなあ」
「琴宝、それはちょっと親戚のおばさんっぽい。明けましておめでとう、白生」
感心している琴宝をよそに、美青はお辞儀した。
白生はアメリカに留学しているが、年中行事の時には帰ってくる。留学先ではテニスのコーチについて貰っており、アマの大会ではかなり有名な存在になりつつあるらしい。
「いやー、久しぶりだけどやっぱり日本は落ち着くね! この狭っ苦しい感じが!!」
狭っ苦しいと言えばそうだが、慶とは大分対照的だった。
「私は建物の密度が高くて窒息しそうだよ……」
慶は定期集会が始まる前からグロッキー状態に陥っている。
「どの道、もうすぐそこなんだし入ろうよ。時間までまだあるし」
美青はこのままだと寒い中で駄弁るだけになりそうなので、三人に声をかけた。
「だね」
「うん……」
「ゴーゴー!」
三者三様に答えられて、美青は洒落たデザインの看板を見た。よく覇子はこんな店を咄嗟に借りられるなと思う。
美青が軽く右腕に力を入れて扉を開けると、ベルが鳴った。中は幾つものテーブルと椅子が並んでおり、テーブルには料理を並べる準備がしてあった。
既に着いていたメンバーは四人だけだった。
会場を押さえた覇子、幹事役の
「あら、椿谷さん……がいるって事は、橘家さんと」
「なんとか着いたよ……」
美青と琴宝の後ろから、慶が顔を出す。
「私もいるよー!!」
直後、白生の大声が木霊する。
「あー、四人いるのね……これで八人……英、席の方お願い。ごめんなさいね、私はちょっと出てくるわ」
灯理はコートだけ持って出入り口にくる。
「あれ、灯理どうかしたの?」
「
美青は心の中で『千咲季……』と合掌した。慶でも目的地近くまでこれたと言うのに、埼玉の東京よりに住んでいる千咲季がダメだとは思わなかった。
「気をつけてね萩中さん……」
「ありがとう。じゃ、いってくるわ」
「いってらっしゃーい!!」
白生が元気なのはいつもそうだが、今日はいつもにも増して勢いがいい。何かいい事でもあったのだろうか。
「あー、蟹ちゃん(慶の事)こんなタイミング合うなら一緒にくればよかったかな」
メロメはマイペースに言っている。一四五センチの身長は変わりなく、黒髪を短く纏めた髪型も整った顔立ちも何一つ桜来にいた頃と変わらない。そして恐らく、彼女が持っている特殊な感覚も以前と変わっていないだろう。
「だから最初からどこか分かりやすい所で合流しようって言ったでしょ……椿谷さん達いなかったら最寄り駅で迷子だよ私……」
慶は愚痴っぽく言った。以前ならばそういう所は見せなかったが、メロメ相手だと頻繁に連絡する仲なので遠慮がなくなっているらしい。
そして、という事だ。
美青はそっとメロメを見た。
メロメの黒い瞳と視線が合う。
「ペンギンは相変わらずペンギンだなあ……」
「メロメさんが変わってなさすぎてびっくりだよ……」
メロメは人間や何か曰く付きな物が動物に見える感覚が存在する。墨桜会の誰かが《メロメリズム》と名付けたが、その名付け親を美青は知らない。
その見え方のそのまんまで呼ばれるのも美青にとってはもう慣れた物だ。文面で連絡する時ですらペンギン呼ばわりなので。
「まあでも、右腕は相変わらずっぽいね……」
メロメの視覚は相手に異常があるとすぐに可視化される。美青の右腕が猿黄沢事変で大分の後遺症を負っているのも本人的には見えているらしい。
「まあ今はそこまで不便してないけどね……」
「はーい話そこまで。席に名前置いてあるからそこ座ってねー」
英が話を纏め始めた。こういう場での取り仕切りに関しては英もかなりできる。覇子もできるが、彼女に関しては会場であるレストランとの交渉を一切担っているので英が担当になるのだろう。
美青と琴宝はそれぞれ四人掛けのテーブルの中から、名札を見つけた。席順を決めたのは英か覇子だろうが、気を使われているのか同じテーブルで、かつ慶とメロメも同じ席だった。
「英、他のメンバーに連絡を」
「うっす」
総合的な所はどうしても覇子の方が目が回るらしい。
「白菊さん……お水貰っていい……? 人ごみに酔った感じがして……」
「構わないよ。少し待ってくれ」
慶の要望を受けて、覇子はすぐに厨房の方に向かった。
もうすぐ、十六人集まる――美青は、気分が弾みだすのを抑えるのが大変だった。
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