前日譚4:クリスマス・グリーティング

 琴宝ことほ覇子はるこが着替え、劇場鈴圓すずえんを後にしてから、美青みお達六人は覇子が押さえたレストランに入った。


 この辺りの会合場所を整えるのが覇子は一番得意だが、何せ毎回お高い店を押さえるので美青は少し困っている。とは言え善意でやっているのは明らかなので言い出すに言い出せない。


 店の中の個室に案内されると、それぞれ上着も脱いで、着席した。それぞれの前に料理が運ばれてくる。


「はい、それじゃ覇子さん、お願いしゃっす」


 シャンメリーのグラスを持ったはなが覇子に話を振る。


「いいかな。では、今年も無事にクリスマスを迎えられたと言う事に歓びを抱きながら――乾杯!」


 覇子の言葉に、それぞれがグラスを上げる。


 一つの大仕事を終えたばかりだと言うのに、覇子はエネルギッシュなままだった。


 美青は以前、覇子からあまりマナーを気にしなくていいと言われたが、それでも気になる。


 コースも何もなく並べられた料理の前菜から少しずつ切り崩す。琴宝と一緒にどこか出かける事はあるのだが、覇子に比べると琴宝は庶民派なのでここまで気は使わない。


「で、ですよ」


 まったくマナーを気にせず、魚料理を食べている英が口火を切った。


「そろそろ結果出るよね、アンケート」


 アンケートの設定時間はすぐというには少し長く、しかし明日までは持ち越さない。美青が時計を見ると、確かにそれくらいの時間になっていた。


「真っ先に確認すべきは、覇子さんと橘家たちばなやさんでしょ」


 灯理ともりは一言言って、シャンメリーを飲んだ。


「お気遣いありがとう。では……」


「勿体つける事もないっしょ」


 覇子は重々しく、琴宝は気軽にスマホを取った。


 正直、凄く気になる。


 美青は食事の手を止めて、琴宝を見た。灯理は覇子を見ていて、英は二人を交互に見ている。千咲季ちさきは目を閉じていた。


「……みんなも見て」


 琴宝の言葉で、それぞれスマホを取って操作する。


 結果は――ほんの僅かな差で、琴宝の勝利だった。


「おめでとう、琴宝」


 真っ先に言ったのは、覇子だった。


「おめでとう」


 自分が言っても許される気がして、美青は琴宝に優しい視線を送った。


「ありがと」


 琴宝は満足げに頷いた。


「おめでとう、橘家さん」


「琴宝ちゃん、おめでとう」


「おめでとーお琴さん」


 灯理達も、三者三様に琴宝に祝福の言葉を贈る。


 ただ一つ、美青が気になるのは――間違いなく全力を出して負けた、覇子の事だった。


 覇子を見ると、やはり無念そうな顔はしている。ただ、ライバルへの祝福は忘れない。覇子という人物を桜来おうらいから数えて一年数ヶ月知っている美青からすれば、それは当たり前のように思えた。


[けど、当たり前の事じゃない。


 絶対に勝ちたいって思ってた相手に負けて、素直に祝福を送る事ができる覇子さんが凄いだけだ。


 その苦しみは私には分からないし、寄り添えないけれど、覇子さんの苦しみが癒される時がくればいいと思う]


 美青は少し気持ちが落ち込んで、シャンメリーを少し飲んだ。


「でも接戦だったねこれ。差はほんのちょっとだし」


 場の空気を和らげられるのは英だった。


「どっちが勝ってもおかしくないくらいだったよ」


 千咲季も、それが分かっている。


 ただ――琴宝の恋人である美青、覇子のファンとしては最古参の灯理、そして当事者二人の空気は簡単には直らなかった。


 自分だな、美青は思う。


「二人の勝負は、これからどうなるの」


 萩中はぎなかさんは萩中さんで傷ついてる。琴宝は考える事が多い。今一番つらいのは覇子さんだと思う。


 だから私が、決着を見届ける。


「……琴宝さえよければ、この先も続けたい。幸い、私達にはその機会がある」


 ムイタプロの勧誘の事だな、という事は全員が察している。


「簡単に言ってくれるじゃん。でも――」


 琴宝は、どこか不敵に笑った。


「同じ戦場に立つなら、何度でもやる。それが私と覇子でしょ」


 その言葉に、覇子は悲しみのような、希望のような目を向けた。


 やっぱり、この関係を上手く纏められるのは琴宝だなと美青は思う。


「ただ、美青がいる限り私が無敵だって事は忘れんなよどら猫」


「調子に乗るな」


「エンッ!」


 安心して魚料理を少し食べていた美青は、欠片が変な所に入って変な声を上げた。


「お熱いねー。って、この話だけで終わるわけにいかないじゃんね。墨桜会ぼくおうかいの集まりについて」


 英はすぐに話を切り替えた。


「年末年始にっていう話だったよね。私達は都合つけられるけど、それぞれどうなのかな」


「んー……」


 千咲季の言葉に、英はスマホを取って各自からきている連絡に目を通し始めた。


「おけいさん年末が無理っぽいから年始で考えてんだけど……あれ、待って」


 不意に、英のスマホに着信がきた。


「よっぴから。ちょい失礼ー」


 棗井なつめい羊日ようひかららしい。英は通話を始めた。


「もしもしー?」


〈英ー!! あんたクリスマスに東京組で会うような事言ってたわよねー!!〉


「おう」


 物凄い大音声が全員に聞こえた。


「今会ってんだけど……ひょっとして何か用事? ちょい待って」


 英はすぐに通話をスピーカーに変えた。


〈四日後の十二月二十八日!! 東京いくから誰か泊めて!!〉


 羊日はすぐに要件を言ってきた。


「ちょい待ち。あざまっちと二人で東京くるとか言ってなかった?」


〈その黒絵くろえがダメになったから頼んでんでしょうが!!〉


 どうも羊日はかなりご立腹らしい。羊日は同じ墨桜会メンバーの薊間あざま黒絵と東京で会う事もしばしばらしいが、今回は何かあったらしい。


「英」


「うっす」


 覇子が声をかけると、英はすぐに覇子にスマホを渡した。


「覇子だ。宿は取れないのかな?」


 すぐに覇子は連絡を返した。


〈年末でどこも混んでんのよあと節約できるならしたい!!〉


 国からの報奨金と賠償金に関しては羊日も入っているが、本人的に何か使いたい道があるらしく、あまり手をつけていないらしい。


「分かった。ならば私の家に」


〈ありがとー!! あとブルーエイプのライブチケット二枚あるから誰か一緒にいって!!〉


 羊日は追いかけているバンドのライブでくる予定だったらしい。急な話にそれぞれ視線を交錯させる。


「少し待ってくれ。遅くなるのは確定だね?」


〈とーぜん!!〉


「となると……それはこちらで決めて折り返し連絡するから、少し待ってくれないか。こちらも急に予定は立てられない」


〈りょーかい!!〉


「いい機会だから聞くが、年始はこれそうかな?」


〈墨桜会よね? そっちはいつでも都合つくわよ。あとそこで相談したい事があるんだけど、美青と琴宝くるわよね?〉


「どうかな?」


 覇子は美青と琴宝に視線を回した。


「大丈夫だよ」


「私も」


「二人共大丈夫という事だ」


〈オッケー!! あと覇子の家分かんないから後で地図送ってー!!〉


「分かった」


〈じゃーねー!!〉


 通話の向こうで手を振っているのではないかと思う程の音量で、羊日は通話を終えた。


「相変わらず棗井さんは嵐みたいにくるわね……」


 灯理は少し呆れ顔になっていた。


「とはいえせっかくのお誘いだ。無下にするわけにもいかないだろう。ただ――」


 覇子は琴宝を見た。


「まームイタプロのあれこれ考えると私と覇子厳しそうだよね」


 確かに、年内に稲南いなみと会うのであれば、下手に予定は入れられないだろう。


「予定って言ってもライブ一緒にって話っしょ? 宿は覇子さんがなんとかするとして……こういうのいけるの誰?」


 英は珍しく困ったように言う。


「英ちゃんってそういうの得意じゃないの?」


「うんまあ、得意なんだけどさ、私は色々忙しくてねー」


「課題に手をつけてないのね……」


 英の僅かな言葉から、灯理は言いたい事を察した。同じ学園に入っている仲なので分かるのだろう。


「灯理ちゃんはどうなの?」


「親に止められそうね……」


 千咲季の言葉に、灯理は考える顔になった。彼女の家は厳しい……というより、心配性な所がある。灯理の性格を考えれば分かるが。


「私か千咲季って事?」


 美青はあまりそういう物に関心がないなりに、消去法的に自分か千咲季になるだろうと思えた。


「だったら美青ちゃんの方がいいんじゃないかな……美青ちゃんと琴宝ちゃんに用事があるって、今まで羊日ちゃんが東京にきたいって言ってたの合わせると絶対、墨桜荘すみざくらそうの事だと思うから」


 理詰めで言われると確かにその通りな気がしてくる。


「私かー……っていうか会場どこなんだろ」


「九段下武道館だよみおちー」


 英はもう調べていたらしい。


「帰りどうするかだけ考えればまあいけるかな……」


「ならば私の方で車を出そう」


「え、いいの?」


 覇子が思わぬ事を言ったので、思わず美青は素の声が出た。


「夜歩きは危ないからね。羊日は私の家に、美青は自分の家までというルートで大丈夫だろう。先に羊日をうちに、という形になるが」


「うん、それで大丈夫。琴宝」


 美青は琴宝とも話しておかなければならないと思い当たった。


「羊日の話、墨桜荘の事だったら受けられるだけ受けちゃっていい?」


 彼女の場合、バンド活動を東京でするという明確な目標がある。美青としてはそこを応援したい。


「美青がしたい事なら、大丈夫だよ」


 琴宝は優しい顔で、頷いてくれた。


「ありがとう」


 だから美青は、素直にお礼を言う。


 その後は他の墨桜会メンバーの予定について触れて、プレゼントを交換し合って、美青達は別れた。


[まあくるだろうなとは思ってたんだけど。


「美青の家に泊まるから」


 琴宝は今日も我が家に泊まった。まあ、ソフトな事しかしてないとは書き添えておく]


 美青はその日の記録をそんな風に結んだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る