前日譚2:劇場鈴圓
その日の
[冬休みに入ってすぐ、
どうにかしたいっていう気持ちが先走っても、上手くいかないのは悲しみを呼ぶ。
クリスマス・イヴの日に大事な事がある――琴宝と
あまり力が入らないなりに記録は充分にできる右手でそれを書いて、美青は冬休みの街に出た。どこもかしこも浮かれ気分で、自分は街に溶け込めているか不安になる。
どことなく気持ちが浮つくのは、公演が終わったならば琴宝達とクリスマスパーティーをする予定があるからだろう。プレゼントの包みも持っている。
下北沢までくると、見慣れたワンレンボブが目に入った。
茶髪をワンレングスに整えて、愛嬌のある顔に少し太めの体型をコートに包んでいる。身長は一五八センチと、平均くらいにまで育った人物――墨桜会のメンバーでもある
「みおちーお久ー」
「久しぶり。萩中さんは?」
美青は手を振ってくる英に手を振り返し、いつもなら一緒にいる墨桜会メンバー・萩中
「千咲季が道に迷ったって言うから迎えにいってる。ちょっと待ってればくるよ」
「そっか。っていうか千咲季相変わらず都会は苦手だよね……」
もう一人、
「いやー、でもこの辺迷うよ。覇子さんとお琴さんは無事に辿り着けてんのかねー」
「さっき一緒に写った写真送られてきたよ」
「流石お琴さんの彼女っすなー」
英にからかわれる事も最近では慣れてきた。
それより、千咲季と萩中さんは大丈夫なのかな――思うと、見慣れた顔が見えた。
「お待たせ」
一人は茶髪に緩くパーマをかけて、ボブくらいの長さに整えて、年齢より上に見える顔にノーフレームの眼鏡をかけた人物――萩中灯理だった。桜来を出てから身長はそれ程伸びず、一五五センチくらいだが、お胸の発育はいい。
「ごめんねー、駅の出口間違えちゃって」
もう一人は黒髪を頭の上でお団子にした、穏やかな垂れ目が印象的な美人・東蓮寺千咲季だ。穏やかで平和そうな顔は微笑みを浮かべている。身長は桜来にいた頃からあまり伸びず、一五二センチで美青と並ぶと同い年に見えない。
「ううん、私も今きた所。まだ時間あるし、いこうか」
美青は覚えている劇場までの道を歩き出した。その右手を、すぐに灯理が取る。
「萩中さん?」
思わず彼女を見ると、灯理はかなり真剣な顔で美青を見ていた。
「どうしたの? 灯理ちゃん」
千咲季も疑問に思ったらしい。
「英と千咲季はまあいいとして……
「な、何……?」
美青が少し気圧されて尋ねると、灯理はにこりと笑った。
「お互いの推しと恋人の為に、無用な争いは避けましょう」
萩中さんはこうだった。美青は思い出した。
琴宝と覇子の勝負は今に始まった事ではないが、それが始まった当初から誰よりも覇子を応援しているのは灯理だ。
そして現在では美青と琴宝が恋人になっている事もあり、それぞれ応援する相手が決まっている。そこで無用な争いは避けるというのは平和な灯理らしい。
笑顔なのに目が笑っていないのが怖かったが。
「そうだね……」
美青はひとまず、話を合わせた。特に灯理と争う事もない。
「いやー、どうなるか見物だねえ。二人共、プロと遜色ないとか言われてんでしょ? もしかしてこれを機に芸能界デビューしたりして……」
英は気楽だよな……美青は心の中でそっと呟いた。
「覇子さんの実力がいよいよ全国に知られてしまうわね……」
灯理のこの辺りに関して、美青はしょっちゅう会っていてもう慣れたので、聞き流す事にしている。
「覇子ちゃんも琴宝ちゃんも凄く頑張ってたし、しっかり見届けたいね」
千咲季は優しさの塊だと美青は思っている。
「お琴さんはどうなんすか恋人さん」
「もうちょっとマシな呼び方ない? 琴宝はなんかいつも通りだよ。まあ……」
少しだけ、思い当たる所はあった。
「覇子さんとの決着っていうのは、本人的にどうなっても嬉しいらしいけど」
たまに、琴宝は美青に本音を漏らす。それによれば、覇子との決着がつくならばどんな形でも構わないらしい。
実力勝負で勝てばよし、負けなら負けで割り切れる。琴宝はそういう部分を持っていると、美青はしっかり知っている。
「何はなくともこれがないとね……墨桜会のみんなも気にしてるし」
灯理の言うように、墨桜会の面々もこの勝負に関してはある程度知っている。特に因縁の元になった部分を美青と一緒に聞いている
「墨桜会の方、みんな都合つきそうなの?」
美青は水面下で全員と連絡している英に声をかけた。
「あー、とりあえずスケジュールがいっちゃんムズい
美青も慶と少し連絡したが、どうも緊急避難はかなり迅速に進むらしく、ほぼほぼ準備もできないまま、年内に東京にいる親戚の家に一時避難すると言う。その後どうするかは家族で決めるらしい。
「……あれ英、菫川さんが年内にこっちくるって聞いた?」
「あー、聞いてるけどお慶さんについては事情が事情だから避難先のご家族に挨拶とかあるっしょ。そっちほっぽるわけにもいかないし」
「まあそれもそっか……っていうか菫川さん東京としか言ってないけど、東京のどこなんだろ……」
「菫川さんの場合、東京の地名をご両親から聞かされて『この辺』ってピンとこないんじゃないかしら……」
慶ならばあり得るだろうという気は美青の中にあった。それくらい慶は都会に馴染みがない生活をしていたし、墨桜会で集まる時以外で三来市の範囲から出ているのかも怪しい。
「まあでもお慶さんの都合さえつけば、この四人プラス覇子さんお琴さんは大丈夫な感じだし、そんなむずくはないかなー。場所は
「あなた覇子さんに寄っかかるのも大概にしなさい」
「十六人集められる場所を中学生が用意すんのは大変なんすよ……」
十六人集まる場所についてはほとんどの場合、覇子が整える。というのも、覇子は国からのあれこれ抜きに家が金持ちなので様々な場所を提供できるから。それぞれ集まってお金を出す事に関しては心配いらなくなっている。
「十六人集まるのは……夏以来か」
美青はぽつりと呟いた。
お盆の辺りで一度集まっているが、その時点だとまだ高校の話をしているメンバーが少なかった。一部、進路を明確に決めている面々は盛り上がっていたが。
美青は今いる学園で高等部に上がるのもいいかなとは思っているが、問題は墨桜荘を立てる上で立地をあまり選ぶ余地がなく、学校から結構遠い事だ。墨桜荘の場所については英と灯理、千咲季も知っているが、どちらかというと英と灯理がいる学園に近い。
「まーやっぱ長い休みじゃないとね。みおちーとお琴さんの愛の巣が完成すればみんなで住めるのかも知れないけど」
英の言う事が、引っ掛かる。嫌な意味ではなく、本当にそうなればいいのにという意味合いで。
「完成すれば十六人全員入れるくらい余裕だけど、それが来年だからね……」
「みおちーマジじゃん」
「はい、みんながいない所で話だけこねてても仕方ないわ。もう見えてきたわよ」
灯理の言葉で、美青は現実に帰った。
今は、一つの約束の果てを見届けよう。
覚悟を決めて、美青は琴宝から貰ったチケットを取り出した。
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