第3話ダイヤの原石
土曜日の夕方。
アイドルオーディションのために出かけていた葵が帰ってきた。
そして、一目散に俺の部屋にやってきた
「今日も生き延びたんだけど……」
そう、葵は倍率5000倍を超えているアイドルオーディションの審査に合格し続けているのだ。
ボイス審査は清流のように透き通った声で審査員を魅了し、ダンスの審査は振付こそ覚えきれていなかったものの、抜群な運動神経から繰り広げられるキレのある動きで乗り切ったのだ。
で、今日は愛嬌があるかどうかの審査だったのだが……。
それも普通に通過してしまったらしい。
俺は今日の試験が具体的にどんな感じだったかを葵に聞いてみることにした。
「で、今日はどんな審査だったんだ?」
「……いきなりカメラ向けられても笑顔で対応できるかとか、厄介なお客さんに絡まれたときに嫌な顔をせずに対処できるかとか、年上の人となるべく楽し気に会話してくださいって感じのやつ」
「あー、葵が苦手そうな審査だな」
「すごく苦手だしさ、ああ、これで私の挑戦もおしまいって思ってた。でも……」
「でも?」
葵はわなわなと震えだし、悔し気な顔で握りこぶしを作り俺に言った。
「ルックスと声と踊りも凄く良い葵さんはこの審査じゃ絶対に落ちないからって言われて、問答無用で次の審査に進んだんだけど?」
「うわ、審査員にめっちゃ気に入られてんじゃん」
どうやら、葵は本当にダイヤの原石だったようだ。
多少コミュニケーションに難があったとしても、声が良いし顔もいいし踊れるということで落とすのはもったいないとのことで合格してしまったらしい。
そして、無事にオーディションを通過しつつある葵はというと……。
プレッシャーで押しつぶされそうになっており、酷い顔になっていた。
事の発端は俺にある。オーディションへの不満やストレスを愚痴りに来た葵のメンタルケアをすべく、話しかけてあげなくちゃな。
「そう、不安がるなって。葵は凄いんだから、オーディションでいい線行くのは当たり前だろ」
「……別にすごくないし。てか、あれ。もう、明日が一生来ないでほしい」
「そういや明日だっけか。お前のオーディションでの姿がテレビで放映されるの」
葵が挑戦中のアイドルオーディションは大手の芸能事務所主催だ。
そんなこともあってか、朝のニュース番組でオーディションの密着ドキュメンタリーが放映されるのだ。
ここまで審査に残っている葵がテレビに出ないわけもなく……。
「無理。もう学校に行きたくない」
「大丈夫だって」
「同級生にこいつアイドル目指してる痛い子なんだって陰口をたたかれてイジメらるに決まってんじゃん……」
何を馬鹿なことを言ってるんだか。
とはいえだ、ここで茶化して葵を馬鹿にしたら可哀そうだ。
俺は歩み寄る姿勢で葵を安心させにかかる。
「まあ、確かに馬鹿にするやつもいるだろうな。でも、そいつらよりも葵の方が凄いんだから気にするなよ」
「なんで私の方が凄いの?」
「そりゃあ、アイドルオーディションに挑戦してることを夢見がちな痛い子って馬鹿にする子なんかよりも、夢に向かって挑戦する方が恰好いいからに決まってんだろ」
中学生は真面目にやってる奴をなにかとバカにしがちだ。
俺も手痛く馬鹿にされた経験があり、先生に励ましてもらったことがある。
今まさしく、アイドルオーディションを頑張っている葵に言ったかのように。
他人の受け売りでしかないが、少しでも葵の不安を和らげてくれたらいい。
そう思っていったのだが、葵の反応はイマイチだった。
「それはわかってるけど、でも馬鹿にされるのは事実じゃん」
「だから、そいつらに好きに馬鹿にさせとけ。あー、あれだ。もし、面と向かって馬鹿にされたら俺に言え」
「なんでよ」
「俺が代わりに仕返しをしてやる」
俺が声高らかにそういうと、葵は下を見ながらボソボソと俺に告げた。
「……ありがと」
ちょっと周りに対してツンツンしてる一面があるが、ちゃんとお礼の言える子である葵に俺は任せとけと言わんばかりに微笑みかけた。
※
葵が参加しているアイドルオーディションは大規模な物。
朝のニュース番組『サッパリ』では特集を組まれるくらいだ。
そして、オーディションの参加者である葵はテレビに出演した。
内容はというと……。
特集の放映時間は15分ほどだったのだが、葵の出演時間が本当に長かった。
オーディションの選考に残っている人数はそう少なくないというのに、本当に葵の出演時間は多いしテロップや編集も凝っていた。
俺は学校から帰ってきて、一人でテレビのオンエアを見る勇気がないから一緒に見てと頼んできた葵の方を見て言う。
「これ、もうほぼ合格確定してんじゃね?」
そう言い切れるほどの優遇されっぷりだった。
一方、俺と一緒に自分の姿をテレビ越しに見ていた葵はというと……。
緊張で冷や汗と震えが凄い。
そんな彼女は俺の服を引っ張ってきた。
「ね、ねえ、私ってほ、本当にアイドルにな、なっちゃいそうな感じ?」
本人もまだ内定は確定していないが、このテレビでの取り上げられっぷりからして一番オーディションの合格に近い位置にいそうなことくらいは理解したらしい。
このままアイドルにならせるのも可愛そうなくらいに怯えてるな…。
なんて思っていたら、俺たちの前に葵の母さんがひょこっと現れた。
そして、うじうじしてる葵に言う。
「葵ちゃん。お母さんはこんなこと言いたくないんだけどね。ほら、あれよ。葵ちゃんはそんなに頭の方は良くない……からね? だから、ほら、将来のためにもアイドルになった方がいいんじゃない? ってお母さんは思ってるわ」
一理ある。葵は容姿と歌と踊りは得意だが勉強はできない。
わけあって、1か月ほど学校を休んでしまったうえ、一切試験勉強に時間を使えなかった俺よりもテストの点数が低かったこともあったっけか……。
頭が悪いわけじゃないが、勉強は苦手な葵。
そんなわが子を持つ親としては、芸事で食える可能性が出てきたのなら、そっち方面の道に進んでほしいと思うのも無理はない。
念押しと言わんばかりに、颯太くんも葵の背中を押してあげて? と葵の母さんが俺に目配せをしてきた。
「俺もそう思う。まあ、無理強いはしないけど。でもさ、俺はお前がアイドルになって格好よく踊って歌るとこ見てみたい」
葵の母さんが、颯太君そうそれよと親指を立ててグッドポーズを俺に送ってきた。
で、俺の激励を受けた葵はというと……。
少し拗ねた顔で俺にボソッとつぶやいた。
「……颯太にそんな風に言われたら、頑張らなくちゃいけないじゃん」
で、そんな娘の姿を見ていた葵の母はというと、なぜかにやにやとした顔で俺の方を見つめてくるのであった。
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