第2話自己肯定感低めな幼馴染

 渡良瀬わたらせあおいがアイドルになったきっかけは中学3年生の春のことだ。

 いつものように俺がスマホでSNSを見ていたときである。

 ちょっとした広告が目に入った。



『女性アイドルオーディション開催決定!』



 アイドルかぁとか思いながら、俺はオーディションの特設サイトにアクセスした。

 イケメンではないし、アイドルになりたいとも思わない。

 でもそれでも、アイドルオーディションが気になったのには訳がある。

 それは俺の幼馴染がめっちゃ可愛くて歌も上手くて、運動神経も抜群だからだ。

 本当にアイドルになれるんじゃね? ってレベルで。


「お、15歳以上対象だしガチでイケるんじゃね?」


 募集要項も特に問題もなさそうだし、オーディションを開催している芸能事務所は超有名なところ。

 俺は興味本位で超かわいい幼馴染である葵にオーディションのURLをメッセージとともに送ってみた。


『これ、応募してみたら?』


 俺がメッセージを送ると、すぐに返事がくる。


『私なんかがアイドルってなれるわけないじゃん』


 自己肯定感がそんなに高くない葵。

 しかし、俺からしてみたら謙遜しすぎである。

 いつもいつも、俺は割と本気で言ってるのに、それを否定される。

 今日はなぜかそれが俺の癪に触ったのか、葵に強めに出てしまった。


『いや、お前がアイドルになれなかったら誰がなれるんだよ? せっかくだし、応募してみろって』


 俺の熱烈な押しを感じたのだろうか、葵から電話が掛かってきた。

 電話に出るや否や、呆れた口調の葵が話し出す。


「あのさ、私がアイドルになれるとか目が腐ってるんじゃない?」

「そうでもないって」

「颯太って私のこと可愛い可愛いっていうけど、頭おかしいでしょ」

「なんで、そんなに自己評価低いんだよ」

「てか、絶対に応募しないよ。そんじゃ……」


 といって、電話が切られてしまった。

 可愛いを自覚しない幼馴染になんだかムカついてきたな……。

 そして、俺はとんでもない行動に出てしまった。



「よし、勝手に応募してやる」



 住所も知ってるし、ちょうどよさげな葵が正面を向いている顔写真も持っていることもあってか、不備なく応募フォームに葵の名前を登録できてしまうのであった。


   ※


 勝手にアイドルオーディションに応募した結果。

 俺の予想通りに書類審査は通過した。

 いや、こうなるとは思っていたとはいえ、まさか本当に通過してしまうとはびっくりである。

 俺は意気揚々とこのことを伝えるために、学校が終わったら葵に大事な話をしたいから俺の部屋に来てくれないか? と伝えてある。

 さあ、いつ来るのだろうかと部屋でそわそわしていると、どこか落ち着かない様子の葵が俺の部屋にやってきた。


「……来たけど、いったい何?」


 ちらちらと俺の方を見てくる葵。俺の大事な話が気になって、お隣である自分の家に帰らずに制服のままでやってきたようだ。

 俺は改めて彼女の容姿を品定めするかのように見る。

 女子の成長期は男よりも早いからか、葵の身長はすでに女性の大人とそう変わりないくらいの身長をしており、運動神経抜群で水泳を習っていたこともあってか程よく筋肉質な、すらりとした体系をしている。


 そして、目鼻立ちのしっかりとした顔をしている。


 うん、葵は誰がどう見ても綺麗で可愛い女の子だ。

 容姿の良さを再確認した俺はもじもじと手を動かして、俺が口を開くのを待っている葵にアイドルオーディションの書類選考に通ったことを伝えようとした。

 しかし、あれだ。すぐに言ってしまうのはもったいない気がしてならない。


「……まー、あれだ。えーっと」


 焦らして反応を楽しむことにした。

 俺が言いにくそうに話を切り出すと、葵はより一層と落ち着きがなくなる。


「で、話したいことってなんなの?」

「いや、まあ、あれだ」

「……なに?」


 俺はわざとらしく、ごくりとのどを鳴らす。

 そして、葵に神妙そうな面持ちで言った。


「アイドルオーディションに応募したら、書類選考を通過した」

「……へー、大事な話ってそんなことだったんだ」


 葵は心底興味のなさそうな態度で俺を冷ややかな目で見てきた。

 え、いや、もっとこう驚くとかあってもよくないか?

 葵の反応が薄かったので肩透かしを食らったような気分になっていたら……。


「いてっ……」


葵が俺の肩を軽く殴ってきた。

なんで? という目で見たら、葵はぶつぶつとかすれた声で言う。


「大事な話っていうし、颯太に告白されるかも……とか思ってた」

「いやいや、俺がお前を好きなわけないだろ。普通に兄妹みたいなもんなんだからさ。もしかして、葵って俺のことを好きなのか?」


 また葵に肩をごすっと殴られた。

 なんで? という目で見ると、葵は不機嫌そうに言う。


「颯太のこと好きじゃないし。変な勘違いしないでくれる?」

「だろ?」

「……ほんと、別に好きじゃないし」


 とまぁ、好きかどうかの話はさておいて、話をアイドルオーディションに応募した件について戻そう。


「ほら、俺の言ったとおりだっただろ? 書類選考は絶対に通過するって」

「……てか、勝手に応募するとかキモい」

「うっ……。そ、それはまあ悪かった。で、でも、あれだ」

「なに?」

「ちゃんと、葵の母さんにアイドルオーディションに応募してもいい? って確認取ってあるから安心してくれ」


 俺にできる最大限の笑みで答えた。

 そして、葵の顔は青ざめていく。


「……お、お母さんに言ってないよね?」

「いや、お前よりも先に書類選考に通ったよって言ってある」

「まじ最悪……。お母さんはこれもいい経験だし絶対にオーディションを受けろって、ごり押ししてくるじゃん……」

「だろうな」

「……ほんとっ、最悪」


 心底嫌そうにする葵を見ていると、なんだか申し訳なくなってきたな。

 俺は少し言い訳じみた感じで謝る。


「悪いな。でも、葵はすごく可愛いのに自信がなくて……。だから、アイドルオーディションに応募して書類選考に通れば、自信をもって貰えるかなって思ってさ」


 葵は明らかにすぐれている女の子だ。

 幼馴染として兄妹も同然に育ってきたこともあり、そんな相手がいつも自分に自信がなさそうにふるまう姿はなんかしっくりこなかった。

 周りに俺の幼馴染は凄いんだぞと知らしめたかっただけだ。


 アイドルオーディションがそのきっかけになればと思っていたが、本人が乗り気でないのなら無理強いは良くないか……。

 すべて俺が悪かった。オーディションを受けるか受けないかは葵に任せた。

 どうするかの判断を完璧に葵に委ねようとしたときである。


「私って本当に可愛い?」


 自信なさげにこたえる葵。

 そんな彼女の背中を俺は押すように笑顔で答えた。


「ああ、めっちゃ可愛い」

「……そっか。ち、ちなみに、颯太は私がアイドルになれたら、実際どうなの?」

「どうって?」

「か、感想的な?」


 幼馴染である葵がアイドルになり世間で話題になった姿を想像した。

 そして、俺はそんな彼女に思うであろうことを口にする。


「幼馴染として誇らしいと思う。めっちゃお前のことを尊敬する」


 俺がそう言い切った後のことだ。

 葵はなんだか満更でもなさそうな顔でぼそっと言った。


「まあ、そんなに颯太がいうんだからしょうがない」

「何がだ?」

「オーディション受けてあげる。でも、あれ。受けるだけだし、本当に合格とかできなくても失望しないでよ?」

「当たり前だろ。てか、書類選考に通った時点で凄いと思うぞ」

「べ、別に凄くないし」



 こうして、葵はアイドルとしての道を歩みだすのであった。

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