アイドルになったはずの幼馴染がいつまで経っても俺に甘えてくるんですが、色々とヤバいのでそろそろ勘弁してください

くろい

第1話クールなアイドルは甘えん坊

 熱気が凄まじく息をするだけで、ちょっと苦しいライブ会場。

 そんなステージの上で歌と踊りを披露していたのは、今若い子から絶大な支持を得ているアイドルの渡良瀬わたらせあおいだ。

 遠目でもわかるほどに汗を流している彼女は、名残惜しいが今日のライブを締めるようなことを言う。


「今日はありがとうございました。次のライブはいつになるかわかりませんが、よかったらまた来てくださいね」


 満身創痍な渡良瀬わたらせあおいはそう言って、舞台から去って行った。本当に今日のライブもよかったな……。

 ライブも終わり私語が解禁されたこともあり、近くに座っていた女子高生ぐらいな二人組の話が聞こえてきた。


「ほんと、葵ちゃん可愛いよね~」

「うんうん。ほんと可愛すぎてヤバいよね!」

「ほんと、私たちとは別次元すぎる!」

「あははは、そうだね~」

「てか、葵ちゃんはプライベートとか何してるんだろ」

「クールで格好いい感じだけど、意外と私生活はだらしないとか?」

「それはないでしょ。だって、普通のアイドルと違って私可愛いでしょ? みたいな媚びた感じを一切ださず、私の歌と踊りを見ろ! って葵ちゃんだよ?」

「だよね。きっと、私生活も私たちが想像できないくらいおしゃれで格好いいんだろうな~……」


 女子高生の話に聞き耳を立てながらも、退場するにはまだ時間が掛かりそうなので俺はスマホの電源を入れた。

 電源を入れた途端、同居している甘えん坊からメッセージが届いた。



『……帰ったら、いっぱい頭撫でて』



 メッセージを見た俺は苦笑いが止まらなくなる。

 俺が苦笑いしてしまう理由。

 それは、メッセージの送り主が、いまもなお本当に葵ちゃんって格好いいよね! と女子高生たちが口にするだったからだ。


   ※


 ライブ会場を後にして俺は家に帰ってきた。

 シャワーを浴びた後、ソファーに座りながら、今日のライブで拾った銀テープをくるくると綺麗に巻いて、100円ショップで売っている小さな瓶にしまっていたときのことだった。

 さっきまでアイドルをしていた同居人である渡良瀬葵が、家に帰ってきた。


「もう無理……」


 そして、葵はソファーに座っている俺のふとももに頭を乗せて寝転んだ。

 自ら膝枕をされに来た葵は今にも寝てしまいそうである。


「お疲れさま。お風呂は?」

「シャワー浴びてきたから平気」

「っていうけど、ちょっと汗臭いぞ?」

「……服は朝から着てるやつだからね」


 葵は怠そうに体を起こして、服を脱ぎだした。

 もちろん、ブラもパンツもだ。

 全裸になった葵を見て俺は苦笑いする。


「ほんと、恥じらわなくなったよな」

「ま、何度も見せてるしね」


 汗臭い服を脱いだ葵はというと、くんくんと自身の体の匂いを嗅いだ。少しばかり不安が残ったのだろうか、俺にも確認をしてくれと言わんばかりな目で見つめてくる。

 しょうがないので、俺は葵の匂いを軽く嗅いで確かめてあげる。


「ん、大丈夫だ」

「良かった。もうお風呂入る気力ないしからね……」

「さてと、お疲れ気味だし寝る?」

「もうちょっとだけ起きてようかな……。颯太に色々と話したいことあるし」

「ああ、そうだな。ライブ終わりで言いたいことはたくさんあるよな」

「そういうこと」

「てか、服を着ろ服を」


 葵は汗臭い服を脱ぎ、いまだに全裸のままである。

 いくら慣れ親しんでいるとはいえ、くびれた腰に引き締まったお尻、控えめだが綺麗な形をした胸はとても見ていて飽きないのだが風邪を引いたら良くない。

 親心で服を着ろといったものの、葵は部屋では服を着ずに過ごすのがマイブームとなっているわけで……。


「別に楽だし裸のままでいいじゃん」


 このありさまだ。さっきまでのライブでは、クールで格好いいときゃーきゃー言われていた今をときめく大人気アイドルとは思えないよな。

 なんて思っていると、葵はソファーに座っている俺のふとももに頭を乗せて寝そべり、今日のライブでの愚痴をこぼしだした。


「今日のセトリだけどさ、本当に酷かったと思わない?」

「どこが酷かったんだ?」

「休憩する時間が全然なかったじゃん」

「あー、葵のダンスって激しいもんな」

「そ、だからまぁ、バテるから振付が激しい曲は連続にしないで……って打ち合わせしたのに、直前になって『あ、やっぱりこっちの方がいいっすよ!』とか言って、曲の順番を変えられて……。ほんと、2曲目と3曲目を連続で歌った時、ゲロ出そうになったんだよ?」


 べらべらと葵の口が動き続ける。ほんとに大変だったんだなと苦笑いしていると、葵は不機嫌そうな声で俺に言う。


「なんで慰めたり褒めたりしてくれないの?」


 葵の話の合間に『それは酷いな』とか『よく頑張った』なとか言ってあげなかったのが良くなかったらしい。

 ちゃんと褒めたり慰めたりしてあげないとすぐにこうだ。

 ほんと、きつそうな目つきと態度をしてるのに、甘えたがりの構ってちゃんだよな、とか可愛く思いながら俺は膝枕している葵を労ってあげた。


「今日は本当に良かった。お疲れ様」

「ん、ありがと」

「ああ、ほんとよく頑張った」

「うん。そうだね」

「特に3曲目は最高だったぞ」

「……ふーん」


 あれ? なんかお気に召してなさそうだな。

 たくさん褒めてあげてるのに何が不満なんだ?

 そう不思議に思っていると葵が俺にボソッと呟いた。


「帰ったら頭撫でてって言ったじゃん……。なのに、いつまでも撫でてくれないから……」


 てか、あれだ。葵が家に帰って来てすぐにソファーに座っている俺のふとももに頭を乗せて膝枕されに来たのは……。


 俺に頭を撫でて貰うためだったのか。


 うん、なにこのめっちゃ可愛い生き物。

 俺は葵の可愛さにやられながらも、ご所望通りに葵の頭を撫でてあげる。


「よしよし、今日は頑張ったな」


 世間ではクールで格好いいイメージを持たれている大人気アイドル渡良瀬葵。

 でも、実はそんな彼女は好きな相手に頭をよしよしと撫でられて、たくさん褒められるのが大好きな甘えん坊だ。

 にしても、どうして本当にこんな関係になっちゃんだろうな。

 俺はその原因を探るべく、ちょっと昔の思い出に浸り始めるのであった。

 

 

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