二十二 八重と佐恵の役割
暮れ六ツ(午後六時)。日没の四半時前。
八重は長屋に戻った。
「佐恵。菊之助に言い寄られました。祝言は文月(七月)三日です。
それまで、臥所は今までどおり菊之助とは別です。この書き付けのとおり、菊之助からの祝言前の睦事の無理強いはありませぬ。床入りは祝言後です」
八重は長屋で佐恵と麻にそう説明した。
「では、今宵から、夜の奉公はすべて私がいたします。姉上は昼の奉公を頼みまする」
佐恵は八重を見つめている。
「もしやして、佐恵は菊之助に惚れたのではありませぬか」
八重の問いに、佐恵は、
「いえ、そのような・・・」
と言うが、佐恵の頬が上気している。
「隠さなくていいわさ。これまでも佐恵さんが八重さんに扮して奉公した日は、佐恵さんの御機嫌が良かったのを覚えてるよ。菊之助に惚れたのは誰が見てもわかってるわさ。
菊之助から睦事の無理強いが無いなら、佐恵さんからおねだりしたらいいわさ」
麻は佐恵を見て目配せしている。
「義姉上。なんて事を・・・」
八重は呆れてそう言った。
「そんなことは佐恵さんを見てればわかるわさ。
菊之助はいい男で、八重さんにぞっこんだし、佐恵さんも菊之助にぞっこんだわさ。
菊之助は、八重さんが二人いるなんて、これっぽっちも知らないんだからね」
麻は佐恵を見て微笑んだ。
「わかりました。一度、肌身を許したら、菊之助は、毎晩、佐恵を求めますよ。
それを承知の上ですね」
八重は菊之助の性格を判断して佐恵に確認した。
「はあい。承知しております。私は菊之助にぞっこんです・・・」
佐恵は本音を言って顔を赤くしている。
「では、夜の八重は佐恵が扮してください」
「はあい」
「そうと決まったら、髷を直します」
八重と麻は二人がかりで、多恵之介に扮している佐恵の総髪茶筅を島田髷に結い直し、八重の島田髷を総髪茶筅にした。そして佐恵は八重と着物を交換した。
「湯はどうするのかえ」
麻は加賀屋での湯屋が気になった。
「ここから御店に戻ってから、皆でまいります」
麻の問いに、八重がそう答えた。
「そしたら、多恵之介さんは、ここで行水だね」
長屋の土間に、麻の父、大工の八吉が作った大きな盥がある。
「では、これで御店に戻りまする。義姉上。多恵之介殿。後は頼みましたよ」
八重に扮した佐恵は二人にそう言って目配せした。
「わかりました」
「それでは父上。多恵。行ってまいります」
八重に扮した佐恵は、父と多恵の位牌に線香をあげて合掌し、長屋を出た。
この日、水無月(六月)十五日の、暮れ六ツ(午後六時)から、八重と佐恵の役割が決まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます