第2話 はじめてのちゅー

 魔女の周囲に数十の魔法陣が展開する。小さな光球が魔女を中心にして、まるで惑星のように彼女の周りを飛び回り、魔法陣を通過するたびに光球の速度がます。高速で動く光球の甲高い風切音が不気味だ。


「吹っ飛べ! 帝国の悪役令嬢」


 光球の一つが、ノエルへ向けて放たれた。光球がさしずめ光の弾丸となった。

 ノエルは光弾を半透明の防御壁を展開し弾いた。後は機関銃の要領で、ノエルに向かい光弾を絶え間なく撃ち続ける。


 僕はノエルの後ろにいるから、特別被害はないが、弾き飛ばされた光弾は地面をえぐり、深い穴を穿つ。折れた木々を木っ端微塵にする。


 聞いていて楽しい音ではないが、世界は今、防御壁に光弾が弾かれる音に支配されていた。どちらかの集中力と魔力が切れたら終わる根気の勝負。楽しくない音楽会。


「どうした帝国の悪役令嬢! 手も足も出ないか! お前は私が戦った中で最も弱い!」


 僕はノエルの方が不利に見えた。彼女がどんなに優秀な魔女だとしても、朝から三連戦をしているのだ。 


 相手の魔女が彼女の格下だとしても分が悪いのではないのか? 


 今は逃げた方がいいのではないか? 考えろ、どうすればいい?


「ノエル。今は逃げよう……」

「……ウィル、君は勝つ戦いを放り投げて逃げる、バカではないはずだ」


 ノエルは余裕のある笑みを浮かべ、チラッと上を見た。

 甲高い、猛禽類のような鳴き声のような音が聞こえる。僕もつられて黒々とした空を睨む。黒い雨が顔にかかるが、そんなことはどうでもよかった。ノエルが放った小さな光球が、空に、空一面に数千、数万の魔法陣を描いていたのだ。


 複数の魔法陣が展開され、それが一つの大きな魔法陣を形作っていた。

 

 大きな魔法陣が完成すると、今まで黒い雨を降らせていた黒雲が晴れた。急に晴れたことで、ようやく、魔女が異変に気がつき空を見上げた。


「ふ、ふざけるな! バカな! バカバカ! あんな数のあんな大きさの魔法陣が一人で展開できるものか!」


 魔女が半狂乱の叫び声をあげた。こちらに向かって来ていた共和国軍もざわつく。勝利を確信した余裕の笑みを浮かべていたが、今は下卑た笑みは引っ込み、血の気が失せた顔色をしている。


「今日屠った魔女の中で、お前が一番弱かった」

「うぐ」

「落ちろ!」


 魔法陣の中央が光輝き、一個の巨大な隕石が現れた。隕石を召喚したんだ! 摩擦熱で真っ赤に燃え上がった巨大な隕石は、光の尾を引き、魔女のもとへ落下している。


「ふざけるな! 脳筋かよ!」


 魔女は悪態をつき、自身の周りを猛スピードで回っていた光球を光弾にして、自身に向けられて高速で落ちてくる巨大な隕石へ向かって放った。


 しかし、魔女の持ちうる光弾全てを撃ち尽くしても、隕石の外殻が少し剥離したくらいでたいした効果はみられなかった。魔女は次に、幾重にも防御壁を展開して、隕石の落下スピードを減速させる手段にでた。


 僕の剣戟ではヒビすらつかなかった防御壁だが、光球が触れただけでヒビが入り、簡単に割れていく。防御壁を割れると同時に新しい防御壁を作るが、徐々にそれも間に合わなくなっていく。


「あ、ああ! あぁぁあああああぁ! お前らぁああぁ! 私は魔女だぞ! 助けろぉぉお!」


 魔女は逃げようとしている、共和国兵に向かい叫んだ。仲間に向けて光弾を撃ち始めた。錯乱しているのか?


 ノエルは突然僕を抱きよせた。彼女のタワワものが顔面に押し当てられる。すごくいい香りで顔が覆われる。頭に血が上り、鼻血として出そうだ。


「の、ノエル?」

「衝撃波がくるから。ウィル、私にくっついて」


 ノエルは僕が守る。その信念のもと、女の園である軍隊に志願したのに、僕はノエルに守られてばかりだ。悔しい。頭が変になりそう。


 隕石が地面に激突した。巨大な質量同士の衝突から起きる地震。轟音と衝撃波が遅れてやってくる。

 

 ノエルは防御魔法の障壁を張り僕たちを守ってくれる。おかげで特別に怪我することなく、隕石の直撃をしのぐことができた。

 

 土煙が晴れると隕石が落ちたことをしめすクレーターが残っているだけで、周囲の炭化した木々や黒焦げになった仲間たちの死骸もなかった。全て吹き飛ばされたのだろう。

 

 地形も変わってしまった。


 魔女、帝国最強の魔女の一撃は本当に地形も変える魔法を使うのか。ここまでされては、共和国の魔女が使った爆炎魔法なんて足元にも及ばない。


「全部、吹っ飛ばしちゃったね」

「いや……」


 ノエルは紅い瞳を細める。クレーターと荒涼とした平地しかないはずなのに、共和国兵の死体の山があった。山が動き中から、魔女の細腕が出てきた。骨が折れているのか足を引きずっている。


「仲間の死体を防御壁の足しにしたのか?」

「あ、あぁ。さすがの貴様も、もう魔力がすっからかんだろ?」


 魔女は咳き込むと血を吐いた。口をぬぐい、ノエルを睨む。


「そうだな。いささか魔力を使いすぎた……」

「ははん。その男から魔力を供給するんだろ? だが、そんなことはさせない!」


 魔女は僕を刺した短刀を取り出し、僕に向ける。ノエルは防御壁を僕の周りに展開した上で、僕を抱き寄せる。

 イタズラに引っかかった哀れな被害者を嘲笑うように、魔女は短刀の先についた僕の血液をノエルに見せた。勝ちを確信した、魔女は笑い言う。


「これはその男の血だ! 男の体液、それは魔力の源! この血を私が摂取すれば、私の魔力は回復する! 魔力切れの魔女など簡単に殺してやるわ!」


 ノエルはふん! と鼻で笑う。


 魔女がナイフについた血を舐める前に、ノエルは僕をさらに抱き寄せた。有無を言わせず、キスをする。

 唾液を交換するような濃厚のキス。頭がクラクラする。同時に体が鉛でできているのでは、と錯覚するほど重くなる。足に力が入らない。


「残念。ウィルの魔力はすべて私のものだ」

「あ、あああ……ああああああ!」


 ノエルの周囲にフワフワと光球が現れる。魔女が僕の血を舐める前に光弾を放ち、ナイフを消滅させた。


 魔女は悲鳴をあげて逃げ出したが、彼女は一度こちらを振り向くと、「爆ぜろ!」と叫んだ。

 共和国兵の死体の山に隠していた光球が炸裂した。眩い光と死体の肉片によって一瞬だが動きが制限され、視界がもとに戻る頃には、魔女の影も形もなかった。すごく逃げ足が早い。


 ノエルはしばらく難しい顔をしていたが、臨戦態勢をとくと、極度の疲労と激しいキスで腰が抜けてしまい動けないでいる僕をみた。


「逃げきられてしまった……」

「……あ、うん……」


 生まれてこのかた、あんな激しいキスをされたことがない。頬っぺたに軽いキスならあるけれど、あんなキスは初めてだ。キスを思い出してしまい、ノエルの顔が恥ずかしくてまともに見られない。


 僕が恥ずかしがってノエルの顔を見られなかったのを、彼女は顔に火傷ができているのを恥ずかしがっているのと勘違いした。


「男の顔に傷をつけるなんて信じられないわ。顔は男の命なのに」


 そう言って、僕の火傷や体についた傷を魔法であっという間に治してしまった。ノエルはニコリと笑うと僕の頬を撫でた。「うん、かわいい」とも言う。


 いつもと変わりのないノエルの『外面』の対応。


 もしかして、ノエルはあんな激しいキスしたことを、全然恥ずかしがっていない? ノエルはああいう感じのキスを、僕が知らないところで魔力供給といって、いっぱいしているのだろうか……。あう。想像したくない事態だ。自分の嫉妬深さが嫌だ。


 そ、そもそも、僕とノエルは幼馴染なだけであって、彼女が知らん男と付き合ったとしても僕の感知するところではない! 嫉妬するのはお門違いだ!


 そんな、ねぇ。別に……。ノエルがキス以上のことを、知らぬ男としているとしても……。


 うぐ。その姿を想像しただけで、僕の脳が焼き尽くされるくらいのダメージが走る。嫉妬深すぎる。


「ウィル、立てる? 私も初めて男の人の口から魔力を摂取したけど、取りすぎちゃったかな。大丈夫?」


「は、初めて? ああいうのは初めてなの?」


「うん? うん。いつもはウィルの血液から作っているタブレットで魔力供給しているから。今日はタブレットを全部使い果たしちゃった。魔力を使いすぎたよぉ」


 僕はガバリと立ち上がる。その言葉を聞いただけで、体から疲労感が抜けていく。素晴らしい! 歌でも歌いたい陽気な気分だ。




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