帝国最強の悪役令嬢:紅き瞳の姫君は恋の陰謀で思い悩む

宮本宮

第1話 ウィル・ケイリー大尉

 一瞬、太陽が翳ったような気がした。空を見上げ、睨むと太陽を背にした人間がフワフワと飛んでいた。

 その人間は、両手に違う輝き方の光球を持っていた。光球をぶつけるように手を合わせてから、一つになった光球を地面へ放り投げる。


 瞬く間に光球は世界を眩く照らし、火球が宙に現れた。


「魔女だ! 総員退避、退避!」


 嫌な予感しかしない。僕は近くにいた仲間の腕を掴み、視界が効かないまま窪地へ飛び込む。


 眩い光の後、遅れて熱線と爆風が僕たちがいた場所を襲う。熱線の直撃を避けたものの、肌が少し焼けこげた。


 魔女が魔法を使ったんだ。

 このクソッタレの世界で、あんな馬鹿げた芸当をできるのは魔女だけだ。

 魔女がこの戦線に投入されたんだ。


「おい、生きているか? おい……」


 僕は手を握っている仲間に尋ねる。仲間は答えてくれなかった。怪我をしたのかと思い、仲間の方を見る。腕だけしかなかった。

 窪地に飛び込むのがわずかに遅く、熱線で焼かれ爆風で腕が引き千切れたのだろう。腕の持ち主は多分、もう。


 急に恐怖心が鎌首をもたげる。呼吸が浅くなった。仲間の千切れた腕を慌てて自分から引き離し地面に投げ捨てる。意味もなく自分の血だらけの腕を軍服の腹で拭う。しばらくして、それが無意味だと気づきやめた。


 亡き仲間の腕に手を合わせ、それで頭を切り替える。無理やりにだ。


 戦場での教訓。魔女に出会ったら、一目散に逃げろ。まったくもってその通りだ。考えたやつは天才だよ!


 受け身を取らずに窪地にダイブしたせいで体を痛めたが、命に別条はない。


 僕は窪地から頭を出す。


 森だった場所が、今は黒々と燃え盛る平野になっていた。折れた木々はことごとく燃えて炭化しており、草は黒い燃えかすなっている。地面は高温に晒されたせいでガラス化していた。


 木々が燃える臭いに混じり、肉が焼け焦げた臭いがする。黒焦げになった仲間だった物がそこらじゅうに転がっていた。死体には慣れているつもりだったが、反射的に吐きそうになる。


 息をするたびに、煤が気道に貼りつき、喉が焼けそうなほど熱い。唾を吐くと真っ黒だった。


 僕の部隊で生き残ったのは僕くらいしかいないのか? 放射線のでない核兵器みたいなものだ。生きている方が異常だぞ。


 相対していた敵共和国軍の方から鬨の声が上がる。陽気な軍楽隊のマーチも聞こえる。多分、魔女の攻撃の後に突撃を敢行した。突撃というか生き残りを始末する部隊だろう。

 魔女の起こした爆発を契機にして、一気に戦線を押し上げるつもりか。


 僕はワンマンアーミーじゃない。


 後方に下がってお偉いさんに報告しよう。大隊か聨隊規模の攻撃をくらい、三個中隊は消滅したって。


 爆風ですっかり黒くなった空を見上げた。


 フワフワと空を浮いている魔女と目があった。

 うわ、最悪。

 魔女は舌なめずりをして、ゆっくりと降下してくる。


「ラッキー。魔力袋が地獄の前線に落ちてらぁ」


 ニマァと魔女は笑う。背中に氷を入れられたような、生理的な激しい嫌悪感を覚える。

 メガネをかけて必要以上に痩せた枯れ木のような魔女は、地に足をつけた。メガネの奥に見える爬虫類のような眼光で、鳥肌がたつ。


「魔力袋がいるのに、魔女がいない。殺しちゃったかなぁ? 防御魔法すらできないとは、帝国軍は弱すぎる」

「ぼ、僕は、魔力袋ではない。僕はウィル・ケイリー、帝国軍人だ!」


 僕は腰にぶら下げているサーベルを居合の要領で抜き放ち、魔女に奇襲をしかける。魔女の周りには半透明の防御壁が展開された。魔女の細い腕までサーベルの刃が届かない。両手でサーベルを握り体重を乗せても、防御壁はびくともしない。


「弱〜い。男が軍人だと? 魔力袋の分際で、戦略物質とか呼ばれて勘違いしちゃったのかぁ? ヒヒ。男の分際で軍人? はん。それが本当なら、女の慰安しかできない男までも動員するほど、帝国軍は衰退しているってことだ」


 魔女は甲高い声で笑うと、腰の短剣を抜いた。短剣で僕を突き刺す気だ。枯れ木にような腕なのに、しかも片腕なのに、ものすごい力だ。


 この世界の男は生まれつき、弱い。力では女に勝てない。枯れ木のような魔女の片腕に僕は両手で抵抗するが、力で押し負けている。

 短剣の鋒が腹にチクリと刺さる。無力感で泣きそうになった。


「無駄な抵抗が可愛らしい。劣等な生き物をいじめるのは、本当にぞくぞくする。決めた。ウィル、お前は今日の戦利品だ。一生、奴隷として飼ってやる。帝国産の男は共和国だと中々買えな……」


 魔女は言いかけ、咄嗟に僕を振り解いた。魔女の手があった場所を光球が掠める。僕から数歩間をとった。

 舞い上がった爆炎が大気によって急激に冷え、煤が混じった黒い雨が降って来た。黒い雨で顔が汚れるのも構わず、魔女は空を見上げている。僕も空を見上げる。


 空には帝国軍の軍服を着た、紅い色の爛々と輝く瞳をした女性が浮かんでいた。僕はその女性の神々しさ、威容さに思わず息を呑む。


「その紅い瞳……お前は帝国の悪役令嬢か! いや、まさか、そんなはずはない! ここから一日以上離れた場所でお前が確認されたって、朝聞いたぞ。別の魔女か? いや、そんなこと。それだったらさっきの爆炎魔法で……」


 魔女は声をあげた。ガリガリと肌から血が出るのではと心配になるほど、顔をかきむしる。


「我が名は、ノエル=フォン=ゼア。帝国貴族である。貴殿は共和国軍の魔女か? ちょうど今朝方、貴殿の戦友二人を屠って、ここまで飛んできた」


 ノエルはいたって真面目に答えた。朝から戦略兵器級の魔女二人を撃破して、歩兵が一日かけて移動する距離を数時間で飛んできたのか。


「友軍のことを考えない爆炎魔法、なかなか興味深いが、面白みのない魔法だ。魔女には効かない」

 

 三白眼の紅い色の瞳。睨んでいるわけではないが威圧感があった。無感情に徹しているのだが、少しだけ怒っているのかもしれない。

 それ以上にノエルには隠しきれない疲労感があった。純白の軍服には埃がつき、少し破れて、彼女の白い肌がのぞいていた。


「はっは! ノエルノエルノエルノエール! 私はついている。お前がクソ上官を屠ったおかげで、お前を殺せば私は共和国元帥だ! 忌み子と嫌われ蔑まれた私が元帥だぞ! 生まれてから全てを持っている、お前にこの高揚感はわからんだろ! あはははは!」


 狂喜乱舞する魔女。対するノエルはつまらなそうな表情は崩さず、一気に降下してきた。魔女と僕の間に割り込んだ。ノエルは僕をチラッと見て、「ごめん。遅れた」と言い、魔女へ視線を戻す。


 敵共和国軍の口ずさむ軍歌と軍楽隊のマーチが聞こえる。軍楽隊の陽気なマーチも近くなっている。目をこらすとマスケット銃に銃剣をつけた共和国軍兵士たちをとらえることができた。この戦線に投入するには多すぎるだろうという共和国軍隊の海。


 これでは程なくして、ここには共和国兵で溢れ、一時的に共和国領に占領されてしまう。

 だったら早く逃げたい。魔女と魔女の戦いの近くになんて居たくない。早く撤退したい。


「貴殿は魔女だ。帝国に忠誠を誓えば命まではとらない……」

「あははは! あ〜立場わかってんのかぁ? まぁいい。テメェが死ぬんだよ帝国の悪役令嬢さんよぉ!」


 魔女は手を合わせて開くと、無数の光球がフワフワと両手の間から生み出され、浮いている。光球の量はどんどん増えていき、魔女に周りを回り始めた。


「わかった。残念だが死んでもらう。ウィル。私から離れないで。あなたを守るのは私」


 ノエルも光球を一つだけ生み出すと、魔女は笑う。


「なんだ、光球をそれだけしか出せないのか!」

「あなたにはこれだけで十分」


 ノエルは光球を放った。

 魔女はケラケラと笑う。光球が魔女を撃ち抜くのかと思ったら、光球は空へ飛んでいってしまったのだ。魔女はノエルが致命的なミスをしたと思ったのだろう。


 僕もノエルは疲労からミスをしたと思ったのだから。

 

「どこ狙ってんだよ! 下手くそが!」


 魔女は自分のターンとばかりに、優雅に攻撃を始めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る