帝国最強の悪役令嬢:紅き瞳の姫君は恋の陰謀で思い悩む

宮本宮

第1話 ウィル・ケイリー大尉

 雲ひとつない青空。漂う硝煙と血の匂いは、ちょっといらない。

 こっちの世界も空が青いんだよな。前世の空も青かったけど。青空より、緑空とかピンク空がいいというわけじゃないけどね。

 ピンクの空って、高熱のときに見る幻覚のようじゃないか!


 ハッハッハ。


「……大尉殿? ウィル・ケイリー中隊長殿! 空を見上げていかがしました?」


 レア=ベルツ軍曹が僕に尋ねる。彼女は立場上は僕の部下。事実上は僕の鬼教官。

 今だって尋ねるという体裁を整えているが、その表情からは、『戦場の最前線で、ぼんやり空を眺めてんな!』というお説教を読み解くことができるわけ。


 男の僕に従うなんて、女尊男卑の世界の価値観を持つ軍人からすると、恥以外のなにものでもないのだろうけれど、ベルツの階級は軍曹であり下士官。


 僕は大尉で士官。


 年齢と軍務経験は彼女の方が長いし、男より優秀とされる女だ。

 二十代後半で、すでに肝っ玉母さんみたな雰囲気を持つ彼女だが、軍隊は階級が全て。

 僕が士官学校出たてのヘッポコでも、階級に従い、上位の者には敬意を払わなければならない。


 その上、僕には敵国である共和国から『帝国の悪役令嬢』という二つ名をつけられた帝国貴族様が、後見人でついている。

 平民のベルツ軍曹は、帝国貴族に頭が上がらない……のだが……。


 軍曹のベルツは、兵士からすれば神様だ。

 下手に逆らわない方が利口だ。夜陰に紛れて襲われても面白くない。それで僕は彼女に横柄な態度はとれず、毎日、何かしら怒鳴られている。


 僕は目の前の敵戦列歩兵より、ベルツ軍曹の方が怖いっぴ。


「軍曹。……僕は魔女が空を飛んでいないか監視していたのだ」


 ベルツ軍曹からのお説教が嫌なので、咄嗟に適当でそれっぽいな嘘をつく。


「魔女!」


 ベルツ軍曹の表情からお説教成分が抜けた。それどころか、僅かに青くなる。

 戦場では冗談でも口に出して欲しくない兵種が『魔女』だ。


 魔女というNGワードで、話を誤魔化すことに成功したかな? 一気に畳み掛けて、ベルツ軍曹のお説教を煙にまこう。


「魔女の戦力は一人で一個軍団に相当するし、奴らは空を飛ぶから地形は関係ない。現在の戦況は我が方が優勢であるが、一度、魔女が戦線に投入されれば、我が中隊が築いた優勢な戦況などあっさりひっくり返る。なぜ、君は戦略兵器ともいえる魔女を恐れるばかりで警戒しないのだ?」

「考えがたらず、申し訳ありません!」


 よしよし、話を煙にまけたようだ。

 ただ、思いの外ベルツ軍曹がビビってしまった。軍曹の彼女が青い顔をしていたら兵士の士気にも影響がある。

 なんとかせねば。……戦争に負けてしまう。

 しっかりフォローもしておこう。


「軍曹。我が帝国にも魔女はいるだろ? 共和国の魔女が戦線に投入されても、まず負けないさ」

「……帝国の悪役令嬢ですな、ウィル大尉」

「そうだ。だが気をつけろベルツ軍曹。彼女は耳がいいからな。あまりその二つ名は口にしないほうがいいぞ」


 ハッハッハッハ!


 いい意味で緊張がとけ、ベルツ軍曹の顔色が元に戻ったようだ。


 僕はさてさてと、目の前の敵戦列歩兵に視線を移す。

 軍楽隊が陽気な行進曲を奏で、それに合わせるようにしてこちらに向かって敵、つまり共和国の戦列歩兵が行進して来る。


 たまに味方砲兵の砲弾が共和国の戦列歩兵に直撃し、戦列に穴があくが、すぐに人員が補充され穴が埋まる。人死が出ているのに、平気な顔をして向かってくる共和国の戦列歩兵。

 士気と戦列歩兵の練度が高いのだろう。

 

 戦列歩兵。何度も見ても頭のおかしい戦術だ。


 輪廻転生、異世界転生したこの世界は、前の世界の近代にあたる文明の発展具合。

 ナポレオンがヨーロッパで戦列歩兵と大砲を使い、ドンぱちしていた時代が、まさに現状に近い。

 昔の人は頭がおかしかった、というわけではない。合理の結果が戦列歩兵なのだ。


「ベルツ軍曹。共和国の戦列歩兵との距離が五十メートルになったら、マスケット銃を一斉発射だ。遅すぎても早すぎてもダメだ。僕の命令の前にマスケット銃を撃つ無能が中隊からでないようにするのが、君の仕事だぞ」

「はっ!」


 前世の歴史区分でいえば近代ぐらいの文化成熟を持つこの世界では、ライフリング加工という螺旋状の溝を銃身に施す技術が一般化されておらず、いわゆる滑腔銃がメインに使われている。


 滑腔銃の命中率は非常に低い。相手の顔が確認できるくらい至近距離で向かいあって撃っても、運がそうとう良くないと相手に命中しない。

 だから、横一列に人壁を作り、一斉に撃つ。これにより射撃の効果を高める。マスケット銃で面攻撃をするのだ。


「構え!」

「構えぇぇい!」


 僕の命令を受け、ベルツ軍曹が怒鳴った。軍楽隊が太鼓を叩き、兵士達に「構え」の命令が下されたことを知らせる。


 兵士たちは慣れた動作でマスケット銃を構えた。


 敵戦列歩兵が、五十メートルくらい離れた位置で行進を停止。向こうもマスケット銃を構え始める。共和国兵士の表情が視認できる距離だ。

 先に、相手にマスケット銃を撃たれてしまうと、黒色火薬の煙幕がはられてしまい、気持ち命中率が下がる。


 運悪く兵士の中に被弾してしまう者も出るだろう。戦列歩兵は、撃たれた仲間を見捨てて何回も向かい合ってマスケット銃を撃ち合う。


 戦列歩兵の戦いは、敵か味方か、どっちらが先に鉄砲の轟音に根をあげ士気崩壊を起こし隊列を崩し逃げ出してしまうのかを試す、チキンレース。

 士気が崩壊し背中を見せて逃げてしまうと、もうダメ。背中に銃剣突撃をくらい殺されてしまう。


 銃の腕で勝敗は決まらない。だって弾がほとんど当たらないから。


 僕は、兵士たちが射撃姿勢をとり、呼吸が落ち着いているのを確認してから命令を下す。


「撃て!」

「撃てぇぇぇい!」


 ベルツ軍曹が怒鳴る。

 マスケット銃の一斉発射は、雷鳴のような轟音だ。視界が硝煙で白く煙る。


 すぐに共和国の戦列歩兵が一斉射撃を返してきた。何人か運の悪い兵士が倒れる。後ろの兵士が前に出て、すぐに穴は埋まる。


 被弾しなかった兵士は、マスケット銃に次弾を装填する。前装式のマスケット銃なので、再装填完了まで二十秒から三十秒ほどかかる。まぁ、戦場なのでもう少し時間がかかるだろう。


 この調子なら、僕がくだらないミスをしなければ士気崩壊は起きない。


 士気崩壊は、マスケット銃の撃ち合いというチキンレースを平然と行えない胆力と兵隊の掌握力を持った指揮官に起きる。

 指揮官はどんな状態でも余裕を持って振る舞わなければならない。そうしなければ、兵士は恐怖に飲まれてしまう。


 だから僕は弾丸が飛び交う最前線で、平然としていなければならない。

 この辺は、前世に本で読んだ知識だけど、やることは前世の指揮官とあまり変わらないようだ。


 では、前世と違うところは? というと二つある。


 まず違う点は、戦場における男女比だ。


 こっちの世界では、戦場に女しかいない。三兵戦術を構成する歩兵、騎兵、砲兵の兵士は、ほぼすべて女だ。

 女の兵卒、女の下士官、女の士官。


 どうもこの世界では、男と女の生まれてくる比率が圧倒的に違う。十人の子供が生まれれば、女が九人、男が一人という比率になる。


 しかも男は生まれつき弱い上、性欲や精力も弱く、獣のような欲求不満の女性を嫌う。体目当ての女ばかりが生まれたときから周りにいて育つのだから、嫌いになってもしかたないかなぁとは思う。

 だから、軍隊なんて女の園に近づきたがる男は少ない。男娼くらいかな?


 男は国や貴族が大切に保護する。一人の男と複数の女が結婚するというのは当たり前の世界だ。貴族の中には複数の男を囲うことで権力があると見せつるのだとか。


 ちなみに僕も後宮と公営娼館からお呼びがかかったが、それを蹴って銃弾飛び交う戦場にいる。


 前世の記憶があるせいで、女性に嫌悪感を抱かなかった。ベルツ軍曹をはじめ古参兵などは欲求不満らしく、よくエロい視線を僕に向けてくるけど、嫌じゃない。


 それに、僕は後見人である帝国最強の魔女、『帝国の悪役令嬢』を守りたくて、軍へ入隊したのだ。後悔はない。


 そして、違う点の二つ目は、『魔女』という兵種だろう。


 この世界では、稀に魔法を使える者がいる。魔法が使える者は、圧倒的に女性が多いので、魔法が使える者を魔女と呼ぶ。


 魔女は異性の体液を体内へ取り込むことで、膨大な魔法を異空間から引っ張り出すことができる。


 魔女一人を撃破するためには、複数の師団が集まった『軍団』程度の兵力が必要だ。三万の兵力を魔女一人に割かなければならない。

 それで勝敗が五分五分なのだから、戦場では会いたくない。


 魔女はとにかくやばい。味方に魔女がいなければ、全力で逃げろと士官学校で教わった。あいつらは気分で地形を変形させるので地図作成の任務を持つ測量部からは敵視されている。


 つまり、魔女とはチート兵器だ。


 今回の共和国との戦争では、まだ魔女が確認されていない。侵攻してきた共和国軍をよほど手酷く痛めつけなければ、魔女は出てこないだろうと師団本部にいた参謀長が言っていたけど、どうだかなぁ。


 共和国が余程無能じゃなければ無意味な侵攻なんてしないけど、共和国って結構ポンコツだからなぁ。それなら大丈夫か!


「ケイリー大尉殿。そろそろ?」


 数度、弾丸の応酬が終わった後、ベルツ軍曹が尋ねる。

 敵戦列歩兵の隊列が乱れている。射撃戦に勝てないと思った兵士達が、恐怖に負けて逃げ始めつつある。

 僕は腰に下げているサーベルを抜いて怒鳴った。


「目の前、共和国戦列歩兵! 総員駆け足。僕に続け! 突撃ぃ!」 

「皇帝陛下万歳!」

「万歳!」


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