第7話

 トタタタタ、と走る音がする。その足音に続いて誰かの叫び声が聞こえた。


「……エド?」


 フィリアが物音で目が覚めるとエドの名を呼ぶ。しかしエドはフィリアの腕の中で眠っていた。

 ならばさっきの物音はなんだったのだろうか。

 フィリアは変に目が冴えてしまったので、物音の正体を探すために部屋を出た。

 空には月が浮かんでいる。時刻はちょうど日を跨ぐ時間帯だった。

 それほど大きくない町は暗く、みな眠りについているようで静かなものだ。

 その中からかすかに聞こえる物音を辿って、たどり着いたのは町の入口だった。

 どうやら誰かがこんな時間に町の外に出かけたらしい。

 真新しい足跡は二人分。そう大きくはない。おそらくまだ子供だろう。


「こんな時間に子供二人が町の外に……危険だ」


 この町のすぐ近くには森がある。

 昼間ならともかく、視界の悪い夜間に森の近くにいるのは危険だ。もし森の中から空腹状態の魔獣が出たら厄介なことになることは間違いない。

 それも子供二人きりとなるとさらに危険度が増す。フィリアは足跡を追いかけて町を出た。


「……まさか」


 足跡を追っていると、その足跡はとある場所に向かって伸びていた。

 夜間に森の近くに行くのは危険だ。森に入るなんてもってのほか。だというのに、この足跡たちは森の中に続いていた。


 子供、夜、森。危険な要素しかない。フィリアは誰かも知らない二人の子供の姿を探す。しかし森の入り口で足跡は消えてしまっており、そう簡単に見つかりそうになかった。


「……しょうがない」


 フィリアは適当な木の枝を折ると簡易的な箒を作った。そしてそれにまたがり、空中から子供たちを探す。

 上空から木々の隙間を垣間縫って子供たちの探索をしていると、森の中心部で騒ぎ立てる声が聞こえてきた。

 声色からして魔獣ではなさそうだ。と、なるとこの声の主は人間だろう。

 森の中に入った子供だと判断したフィリアは声のする方へ急いで向かう。上空から様子を窺うと、木々のひらけた野原に魔獣に囲まれている二人の子供の姿があった。


「駄目よ、エイデン! 危険だわ!」

「うるさい、元はと言えばお前が森に行くって言い始めたんだろ! 心配すんなよ、お前のことは俺がぜってぇに守ってやるから!」


 杖を握りしめ、エイデンの後ろで狼狽えているピンク色の髪には見覚えがある。レストランでウェイターをしていたピルチャだ。

 そしてピルチャを庇うように剣を握りしめている赤い髪はエイデン。エドに切りかかってきた子だ。

 どうやら夜中に町を抜け出して森の中に入った子供たちの正体はこの二人だったらしい。


「こんな数の魔獣私たちじゃ相手にできないわ、助けを呼ばないと!」

「みんな俺たちがこんな時間に外に出てるって知らないし、そもそもこの魔獣の群れをなんとかしないと助けを呼びに行くことなんてできないだろ!」

「でも、このままだと私たち食べられちゃう!」

「だから、お前のことは絶対に俺が守るから大丈夫だ!」


 そう言ってピルチャを庇うエイデンの腕は小刻みに震えている。威勢の良い啖呵を切っているものの、本当は怖くてしかたがないのだろう。

 それでも魔獣に怯えるピルチャを余計怖がらせてしまわないように平然に振る舞っているつもりなのだろうが、さすがにこの数は二人の手に余る。


 フィリアはピルチャを庇うエイデンの前に降り立つと、二人を包囲していた魔獣たちを魔法を使って蹴散らす。

 唸り声をあげていた魔獣が一匹二匹と吹き飛んでいき、終いにはフィリアを恐れて魔獣たちは自ら森の奥の方へと逃げていった。


「こんなもの、かな」

「す、すごい……」

「あの数の魔獣を一瞬で……」


 フィリアの規格外の魔法を目の当たりにし、放心する二人にフィリアはガラでもないと思いながら説教を始めた。


「どうしてこんな時間に、こんなところにいるの?」

「そ、それは……その、明日魔法の練習に使う魔石を採取したくて」

「俺は止めたけどピルチャのやつ、全然俺の言うことを聞いてくれないんだ。だから護衛についてきたんだよ」

「どうして夜に出かけたの? せめて大人についてきてもらうとか、他にもやりようはあったんじゃない?」

「失礼な! 俺だってもう十五歳だぞ、守られてばっかの子供じゃねぇんだ!」

「十五歳はまだ子供でしょ」

「うぐ」


 エイデンが悔しそうに口元を歪める。

 フィケトーの成人年齢は十六歳だ。エディソワールでは十八歳なのだが、今はそんなことどうでもいい。

 問題は魔獣の多い森の中に、魔獣が活発に活動する夜間に子供二人で足を踏み入れたことだ。

 歴戦の猟師ならいざしらず、戦闘経験もそうないであろう二人には危険すぎると注意すると、二人は露骨に萎れてしまった。


「ごめんなさい。けど、これは私が悪いんです。エイデンは私を心配してついてきてくれただけなの。だから責任は全部私が負います」

「なっ、それを言うならお前を止められなかった俺にも責任はあるし、それにあの魔獣たちを追い払えなかった俺が……弱い俺が…………悪いんだ」


 フィリアに怒られて、ピルチャはエイデンを庇い、エイデンはピルチャを庇いあっている。二人は随分と仲がよいようだ。


「貴方たちが反省しているのなら、私はこれ以上責め立てるつもりはない。今後同じことをしないと誓える?」

「はい」

「……はい」


 フィリアの問いにピルチャは素直に頷き、エイデンは拳を握りしめて頷いた。

 先程の戦いでなにもできなかったことを悔やんでいるのだろう。


「……魔獣を前にして冷静さを失わずに戦おうとした意気込みはとても素晴らしかった。貴方ならきっといい剣士になれる」

「えっ……あ、当たり前だろ! 俺があいつを守ってやんないと、だし……あ、いやその、ほら、こいつって変に聞かん坊なところあるからさ! 俺が守ってやんないと危ないから、って意味で別に他意はねぇよ、本当だぜ⁉︎」

「はいはい、わかったわかった」


 急に顔を赤らめて流暢になったエイデンに適当に相槌を打つと、ピルチャは不満げに頬を膨らませた。


「ちょっと、それはどういう意味? たしかにちょっと頑固なところはあるかもだけど、エイデンほどじゃないわ!」

「喧嘩しないの」

「だってエイデンが!」

「ピルチャが!」


 フィリアが口論を始めた二人の間に入ると、二人は息を揃えてフィリアの方を見た。

 スッとフィリアが真顔で、握りしめた拳を持ち上げる。すると二人は途端におとなしくなった。


「ご、ごめんなさい」

「すみませんでした」

「わかればよろしい」


 しゅんとする二人にそう言うと、フィリアは木々のざわめきに耳を澄ませた。

 先程より音が大きくなっている気がする。風とは別の、なにかの呼吸音が混じっている。

 おそらく先のピルチャたちの口論を聞きつけた別の魔獣が近づいてきているのだろう。

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