第6話

 結局隣町にたどり着いたのは少し日が暮れた頃だった。

 エドが道中で雑草に食いついたりして、まさしく道草を食ってしまった。


「いらっしゃい」


 ここ、という目的地があるわけではない。

 だからゆっくり旅をする気で、隣町でも宿を取ると部屋に向かった。しかし今日は昨日ほど疲れていない。

 せっかくの旅なのに部屋に篭りっきりではもったいないだろう。

 フィリアは荷物を置いて部屋を出ると、町中を散策してみることにした。

 夕食の時間だからだろうか、町の中は美味しそうな匂いが漂っていた。

 あの赤い屋根の家は今晩はシチューなのだろう、いい匂いがここまで届いている。


「今日はなにを食べよう」

「フィ!」


 フィリアが周囲を見渡しながら夕食をなににするか考えあぐねていると、懐からエドが鳴いた。


「こら、おとなしくしていなさい」

「フィー……」


 エドは雑食なので基本的になんでも食べる。なのでフィリアと同じものを持ち帰り、宿で食べさせればいい。

 そう思って部屋に置いていこうと思ったのだが、エドが無理やりにでも懐の中に入ろうとしていたので諦めて連れてきた。

 言うことを聞かない頑固なところは誰かさんにそっくりだ。


「いらっしゃい〜。二名さまご案内〜」

「あいよー」


 フィリアの視界にレストランが入り、そこに注目が行った。

 人気店で行列ができている、というわけでもない普通のレストランだ。

 客を席に案内しているのはピンク色の髪をした女の子だ。歳は十五くらいだろうか。

 のんびりしつつもテキパキと客を捌いている。


「ここにしよう」


 フィリアはピンク髪の子がいるレストランに入った。客席に通され、メニュー表を見ていると奥から赤い髪の男の子が出てきて客席にスープを運んでいるのが見えた。

 歳は女の子と同じくらいに見える。家族経営のレストランかと思っていたが、雇われの子もいるようだ。

 少し緊張がちに料理を運んでいる姿からして、あまり接客には慣れていないようだ。


「注文はお決まりですか?」

「あ、ええ。じゃあこのじゃがいものスープと……」

「フィー!」

「あっ、こら!」


 フィリアが注文をしていると、不意に懐からエドが飛び出してテーブルの上に乗った。


「出てこないって言ったでしょ」

「この魔獣め!」

「!」


 フィリアが呆れ気味にエドを懐に戻そうとすると、奥から走ってくる足音が聞こえ、エドに刃が迫った。

 とっさにシールドを展開する。赤髪の男の子が振るった剣はエドに当たるより前にフィリアのシールド魔法により止められていた。


「スライムであろうとも魔獣を警戒するのはいい心がけです」

「なっ」

「ちょっと、エイデン! お客様に刃物を向けない!」

「いや、でもピルチャ、こいつは魔獣」

「お客様に、刃物を、向けない!」

「……はい」


 エイデンと呼ばれた赤髪の子は、ピルチャと呼ばれたピンク髪の女の子に叱られて、渋々剣を鞘に収めた。


「すみません、お客様。うちの従業員が迷惑をおかけて」

「いえ、魔獣を警戒するのは当然のこと。むしろあの反射神経の良さは褒めて然るべきかと。むしろエドが飛び出してみなさん驚かれたことでしょう。こちらそ迷惑をおかけして申し訳ないわ」

「いえいえ、そんな! でもかわいらしい子ですね。お名前、エドっていうのね〜」

「フィ」

「かわいい〜!」


 フィリアが店員や他の客に頭を下げると、みんな笑って気にしないでと言った。

 とくにピルチャはエドにメロメロなようだ。撫でてもいいですか、と聞かれてフィリアは頷いた。


「おい、ピルチャ」

「なによ、もう」

「スライムだって、立派な魔獣なんだぞ。親父が人を襲うこともある魔獣だって言ってた」

「こんなに愛らしいのに?」

「その子の言う通りだよ。エドが変わっているだけ。もし森の中や洞窟でスライムに出会ってもあまり近づかない方がいい。見た目の愛らしさに騙されて襲われたら困るしょう」

「へぇーそうなんだ」

「わかったらスライムを撫でる手を止めろ!」

「いやよ、だってこのエドちゃんは大丈夫だって言ってたもの」


 スライムを警戒するように促すエイデンと、それを無視するピルチャは口喧嘩を始めた。

 ピルチャは頬を膨らませて不服そうだ。


「こら、あんたたち喧嘩は良しなさい。それより接客!」

「はい!」

「……はーい」


 ピルチャの母親らしき人物がキッチンから出てきて、ピルチャとエイデンの頭をしばいた。

 そしてそそくさと自身の持ち場に帰っていく。

 叱られたエイデンとピクチャは少し不貞腐れながらも、いつもの持ち場に戻って行った。


「まったく。エド、町中ではおとなしくって言ったよね」

「フィ、フィー……」


 そもそもエドが飛び出してこなければこんな事態にはならなかったのだ。

 フィリアがエドを叱責すると、エドは反省したのか申し訳なさそうに落ち込んでいた。

 異常な人懐っこさといい、魔獣にしては表情豊かなところといい、エドはなんらかの変異体なのかもしれない。それか大道芸師に飼われていたか。

 ともかく反省はしているようなので、フィリアはそれ以上は咎めないことにした。

 幸いなことにエドがいることで怯えている客はいない。店側の許可を得て、エドは食事の席に腰を下ろすことを許された。


「ふぅ、美味しかった」


 夕食を取り終わり、レストランを出るとフィリアは宿に戻った。

 落ち込んでいたエドも部屋に戻る頃には元気を取り戻したようだ。ぴょんぴょんと部屋の中を飛び回っている。


「エド、あまり部屋を振動させないで。他の部屋にまで響くでしょ」

「フィ……」


 フィリアに注意されて、エドはしゅんとおとなしくなった。

 魔獣にしては聞き分けのいい子だ。まぁ、先程のレストランのように急に飛び出す危険はあるが。

 フィリアは眠る準備をして、ベッドに横になった。その隣にエドが滑り込んでくる。


「別に同じベッドで眠る必要はないでしょうに」

「フィー」


 頑なに動かないエドを抱いて、フィリアは眠った。

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