第3話 ヒカリの和菓子作り

 その夜、ヒカリが家族に受け入れられたことでホッとしたのも束の間、僕は新たな問題に直面していた。家の中で唯一空いている部屋は、僕の部屋だけだったのだ。


「じゃあ、ここで一緒に寝るんだね?」


「え? いや、でも……」


「私たちお付き合いしているんですから、一緒に寝ても何の問題もありませんよ」


 ヒカリの純真な目に見つめられ、僕は何も言えなくなってしまった。どうにかして別々に寝る方法を考えたが、結局は畳の上に直接寝ようとするしかなかった。


「じゃあ、僕はここで寝るから、ヒカリは布団を使っていいよ」


「え、そんなことダメです。大和さんも布団を使ってください」


「いや、でも……」


「大丈夫です。一緒に寝ましょう」


 ヒカリの強い意志に逆らうこともできず、僕は結局同じ布団で寝ることになった。心臓の鼓動が速くなり、顔が真っ赤になるのを感じながら、布団に入る。


「おやすみなさい、大和さん」


「お、おやすみ……」


 しかし、ヒカリの美しい顔がすぐそばにあるせいで、僕は全く眠ることができなかった。彼女の息遣いを感じるたびに、緊張が増していく。ヒカリが軽く寝がえりを打つたびに僕の目が冴えてしまう。僕は今日寝れるのだろうか。



 ――――



 和菓子店の朝は早い。生のお菓子もあるから、その日売るものはその日の朝に作る。結局一睡もできなかった僕は眠気と戦いながらも、父の指導のもとヒカリと一緒に和菓子作りを始めた。今日ヒカリが作るのは葛饅頭。夏の定番の和菓子で、餡を透明な葛で包んだものだ。冷やして食べると、見た目の涼しさも相まって夏にぴったりの人気商品。父が見守る中、ヒカリはすぐに葛饅頭作りを始める。葛饅頭自体は簡単な方だけど、葛の扱いがちょっと難しい。しかしヒカリは素人とは思えないほどの手際の良さを見せた。


「ヒカリさん、和菓子作りの経験があるの?」


「いえ、初めてですが、大和さんのお父さんの指導が素晴らしいので、すぐに覚えました」


「そうか、それはよかった。さあ、次はこの餡を包んでみてごらん」


 ヒカリは葛饅頭の生地を扱う際の手際が見事で、その透明感と滑らかさはまさにプロの技を思わせるものだった。特に彼女が作った葛饅頭の形は、美しく繊細で、その完成度に父も驚いていた。


「これは……私が作る和菓子に迫る完成度だ。素晴らしいよ、ヒカリさん」


「ありがとうございます。和菓子作りはとても楽しいです」


「本当に驚いたよ、ヒカリさん。まるで何年も経験を積んできたかのようだ」


「そうですか? 大和さんのお父さんの指導がとても分かりやすいので、自然とできるようになりました」


 僕もヒカリの作った葛饅頭を食べたが、その完成度の高さに驚かされた。心の奥底で何か小さな違和感を感じたが、それが何なのかはよく分からなかった。ただ、ヒカリの才能が僕にとって何かしらの影響を与えていることは確かだった。


「すごいな、ヒカリ。こんなに上手く作れるなんて」


「ありがとう、大和さん。でも、まだまだ練習が必要ですね」



 ――――



 ヒカリが僕の彼女として家にやってきてから、家の中の雰囲気が大きく変わった。ヒカリと一緒に生活していく中で、彼女のことを色々と知り、僕はますますヒカリの存在に惹かれるようになった。天界での話はさすがに二人きりの時にしかしないけど。見た目は同い年だけど、元々は天界管理局で働いてた社会人。そんな彼女の完璧さと優雅さは、僕にとって刺激的だ。僕の彼女なんだぞ!って色んな人に自慢したくなる半面、幼い頃から和菓子作りに打ち込んできた僕と違い、何てこと無いように高い完成度の和菓子を作れてしまうヒカリに、どこか居心地の悪さも少しだけ感じてしまっていた。


 あと、同衾はどうやっても慣れないぞ。そして妹の美咲がしょっちゅうヒカリを独占する。姉ができた気分で嬉しいのはわかるが、ヒカリと一緒にいる時間が減るのはどこか寂しい。


「ヒカリお姉ちゃん、今日は一緒に買い物に行こう!」


「いいですよ、美咲ちゃん。何を買いに行くの?」


「新しい文房具とか、あとお菓子も!」


 ヒカリは和菓子作りだけでなく、店の売り子としても手伝ってくれた。近所の人々にもすぐに馴染み、親しまれていった。彼女の明るい笑顔と丁寧な接客は、瞬く間に藤原和菓子店の看板娘となるにふさわしい存在となった。なんか彼女ってよりもう嫁って感じなんだけど……。まあ彼女は特に疑問を持つことなく、藤原家にとって当たり前の存在になっていった。


「ヒカリさんがいると、お客さんも増えるし、みんなが喜んでくれるね」


 父が感謝の言葉を口にすると、ヒカリは控えめに微笑んだ。


「ありがとうございます。皆さんと一緒に働けるのが嬉しいです」


 母もヒカリに対して優しく接してくれた。


「ヒカリちゃん、何か困ったことがあったらいつでも言ってね。私たちが助けてあげるから」


「はい、ありがとうございます。お母さん」


「そう言ってくれると嬉しいわ」



 ――――



 夏休み最終日。


 部屋にある衣文かけには僕の制服とヒカリの制服が並んでいる。ヒカリは僕に質問を投げかけた。


「大和さん、このお店は本当に素晴らしいです。これからもずっと続いていくといいですね」


「うん、僕もそう思うよ。でも、それにはみんなの協力が必要だからね」


 ヒカリは微笑み、僕もそれに応じた。彼女の言葉に励まされ、僕は新しい生活に希望を感じていた。


 そして、夏休みが終わり、新学期が始まる日が近づいてきた。ヒカリと共に新しい学期を迎えることに、期待と少しの不安を感じながら、僕はその日を迎える準備を始めた。

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