檸檬
藤泉都理
檸檬
十五世紀から十七世紀の大航海時代。
長い航海の間にビタミンCが不足し、航海中に患う
十八世紀。
キャプテン・クックは乗組員たちに檸檬を含む柑橘類の汁を定期的に摂取させて
なにい、檸檬の積載を忘れただとお、ばかものがあ。
檸檬の積載を担当している乗組員を叱咤する船長は、しかし、声も表情も、やわくゆるんでいた。
その態度はまるで、檸檬の積載の失念を待っていましたと言わんばかりである。
はいい、すみません、船長、ついうっかりしまして。
ばかものがあ、うっかりで済む問題ではなかろうが、命に係わる事なのだぞ。
はいい、本当に、本当に、申し訳ありません、船長、乗組員のみんなあ。
ばかやろう、ゆるすわけねえだろうが。
小舟に乗って、港に戻って、檸檬を積載してこいやあ。
そうだそうだ責任取ってこいやあ。
船長だけではない。
叱咤を受ける檸檬の積載を担当している乗組員も、船長に同調して叱咤する他の乗組員も、声も表情も、やわくゆるんでいた。
そうだ。
みんな、みんな。
檸檬の積載の失念を待っていたのである。
内心、よくやったと拍手喝采を浴びせていたのである。
檸檬の他に
この船の船長も乗組員も実は檸檬が大嫌いで食べられなかったからか。
いやいや、そうではなく。
「檸檬、いかがですか?」
「「「「「「「「「はい!その船に乗っている檸檬を丸ごと全部下さいな!」」」」」」」」」」
ひとえに。
海上でしか出会う事ができない檸檬売りの、それはそれは美しくも逞しい日に焼けた健康的な女性から、檸檬を買う為であった。
「ごめんなさい。他の方も買うかもしれないから、全部は売れないの」
「「「「「「「「「「いいえ!全くその通り失念していました!おゆるしください!マダム!では、人数分かける七日分くださいな!」」」」」」」」」」
檸檬売りの女性は、船のへりに一列になって並んでいた船長及び乗組員を数えては、檸檬を箱に丁寧に積んで、その箱を持ち上げようとしたのだが、船と船の間に架けてある梯子を使わず、我先にと女性の船に飛び込んできた船長及び乗組員がその箱を持ち上げたのである。
「あら。本当に皆さん、仲良しなのね」
「「「「「「「「「へへへへへ!そうなんです!ぼくたちみんな仲良しこよしです!」」」」」」」」」
「うふふ。仲良しが一番だものね。はい。これ、請求書。サインを下さる?みんなのサインをお願いね」
「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」
誰がサインをしようか。
殴り合いも辞さなかったが、女性の言葉により、船長も乗組員も順番に請求書にサインをして行くのであった。
「香しい檸檬の香りがする」
「「「「「「「「「はい」」」」」」」」」
去って行く女性を両腕を高く上げて見送ってのち、船長及び乗組員は手に持った二つの檸檬を各々鼻の穴に押し当てるや、思い切り吸い込んだのであった。
((((((((((しかし、よくこの海を女性一人で渡れるな。ま。あんな素晴らしい女性だからな。悪天候も海賊も勝手に避けていくか。いや、丁寧にもてなしていくか。はは。ははははははは))))))))))
「あっはは。本当に、海の男って。ばかばっかり」
港の五倍の値段を吹っ掛けているのに、鼻の下を長くして、いともたやすく支払うのだから。
檸檬があちらこちらに植えてある小島に到着した檸檬売りの女性は甲高く笑ったのち、一回転宙返りをして狸へと姿を戻した。
「さあって。どっちが金を稼いだかなあ」
ずっしりと重い巾着袋をぶら下げた狸は舌なめずりしてのち、この小島に住むもう一匹の狸と一緒に住む小屋へと飛び跳ねながら向かったのであった。
檸檬の果実の花言葉の一つ。
陽気な考え。
(2024.5.20)
檸檬 藤泉都理 @fujitori
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