第10話 魔王誕生
目を覚ますと目の前でアルが私が寝ているベッドに突っ伏して眠っていた。
身体に違和感はあるものの体調はよく気分がすっきりしていた。今まで以上に五感がさえてあれほど暴走していた魔力を制御できるのを感じる。
アルは私がベッドから体を起こしてもピクリとも反応しない。ずっと寝食を忘れて私の治療に打ち込んでくれたんだろう。
そのやさしい寝顔を起こさないようわたしはそっと布団をかけた。
病み上がりでいなくなるとあとで怒られそうだけど、ずっと食べてないからかおなかがすいて仕方がない。眠っているアルの分もご飯をとりに行こうと研究所内を歩いていると、見たくない顔の人間が目の前に現れた。
「よう、ノア。お前、病気治ったんだってな。もう出歩いて大丈夫なのか?」
「なにかようかしら。おかげさまでこの通りよ」
「そんなつれない態度をとるなよ、国ために同じ研究をしてる同士じゃないか」
あの村での一件以来顔を合わせていなかった公爵家の賢者がそこにいた。
「ごめんなさい、申し訳ないけど起きたばかりでおなかがすいてるのよ。用事あとで聞くわ」
素通りしようとすると取り巻きの連中に道をふさがれ囲まれてしまった。下卑た顔をみて今までの横暴を思い出し警戒を強くする。
「ちょうどお前に用があったんだが、わざわざそっちまで行く手間が省けたぜ。研究室までちょっとついてきな。協力してもらいたいことがあるんだよ」
「いやっていったら?」
「拒否権はないぜ、なんだってこれは、王命だからな」
合図とともにとりまきが体を押さえつけなぞの腕輪を付けれられる。とっさに抵抗しようと体内で魔力を込めるがすぐに周囲に霧散してしまう。
「なによこれ!?」
「魔封じの腕輪だ。すごいだろう? これも研究の成果だ。国は魔法使いが反乱を起こさないようもしもの時の為にいろいろ準備しているのさ。全ておれたち貴族階級のような選ばれし者の為に、平民たちは存在してるんだよ」
ふと感じた違和感に目を覚ました。
ノアの治療後ずっと見守っていたはずが、いつのまにか寝むっていたようだった。さっき感じた違和感に意識を集中する。
魔力暴走が起きたときに離れていてもすぐ駆けつけられるようノアの魔力だけは常に気をかけていた。そしてかすかに感じる魔力の乱れ。目の前のベッドを見ると本人はどこにもいなかった。
「ノア?」
部屋を出てノアの姿を慌てて探す。魔力の残滓をおっていくと、新しく増設された研究所の奥のほうに続いていた。そこはほかのメンバーが研究に使っているところで、ほとんど立ち入ったことがない場所だった。
奥へ行くと明らかに怪しい魔力オーラが漏れている研究室があり、入り口には物々しい格好をした警備兵がいた。
いやな胸騒ぎを覚えつつ、抵抗されないよう無詠唱の魔法を使い一瞬で気絶させた後部屋に入り込む。
そこには、ベッドに拘束されている魔物化しつつある人々とその隣に縛られているノアの姿があった。
「ノア!」
「よう、アル。ちょうどいいところに来たな。見てくれよ、これがお前の研究の最前線さ」
騒ぎに気が付いて奥から魔法使いたちが出てきた。その中心にいるのは、やはりいつも邪魔をしていた公爵のメンバーだった。
「知ってるか? 魔力適性が高い生物は、身体能力が向上するのと同時に寿命も著しく伸びるのさ。その神秘を王城は是が非でもご所望だ。今までは人に使っても理性を失ったり魔物化するからだめだったが、それももうじき解決する。知ってるぜ、こいつが魔物化しかけてたことも、それを治すためにお前が奔走してたことも。こいつの体を調べたら、さらに研究は進歩する」
後ろのドアから入ってきた警備兵に殴られ地面に押さえつけられる。何か手錠をされたかと思うと、魔力がねられなくなる。
「くそ! ノアをはなせ、おまえら、絶対に許さないぞ!!」
「この時をずっと待ってたのさ、憎たらしい平民風情がちやほやされて勘違いしやがって! お前たちほど優秀な魔法使いもそうはいない、実験体は多いほうがいいからなあ、お前のほうから来てくれて助かるよ!」
耳障りな高笑いが部屋に響き渡った。必死に抵抗するが魔法を使えないと何もできない自分の無力さに涙で視界がにじむ。
ああ、これが現実か。
故郷にいたころはよかった。ノアとふたりで魔法の研究をして、夢を語って、外の世界に希望を持っていた。 村から出るべきじゃなかった、取り返しのできないことまで起きてノアまで巻き込んでしまった。
世界は、こんなにも……醜かったんだ。
視界の端に地面に押さえつけられた拍子に懐からこぼれ落ちた瓶が目に入る。
常に身に着けていた自分の研究成果。ノアを助けた魔力適応能力を上げる新薬を咄嗟に手を伸ばし全て飲みこんだ。
ノア、ごめんね、君だけは、絶対に村に帰すから。
私が目を覚ました時には、そこは地獄になっていた。
部屋の壁は崩れ落ち、そこかしろに焼け焦げた人の死体が転がって異臭を放っていた。部屋の中心では膨大な魔力をまき散らしながらうめき声をあげている異形のナニカがあった。
ふと唸り声をあげていたそのナニカと目が合った。その瞳にはどこか見覚えのある色を感じた。
「もしかして、アルなの?」
一瞬その異形から理性のようなものが感じられたかと思うと、片言で語りかけてきた。
「モウイッショニ、カエレ、ナイ。ゴメン、ナ」
膨大な魔力が爆発すると、そいつは部屋の外へ去っていった。出ていった先から爆発音と悲鳴があちこちで鳴り響く。私は病み上がりの体に膨大な魔力を浴びたせいで再びそこで意識を失うことになった。
意識がもうろうとしている中、駆けつけた騎士たちにつれられて研究所から私は脱出した。王都から出るとき振り返ると、城が燃えていたのを覚えている。
その日、この世界に魔王が生まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます