第9話 魔物化

 研究は完全にアルの手元から離れていた。

 王都では魔物の被害を受けていた村をあの有名な研究所の魔法使いたちが救ったと報道されていた。それと同時に誰でも魔法使いになれる新薬の開発が進んでいると公表され、世間はお祭り騒ぎだった。


 村から帰ってからアルは研究をせずに部屋にこもっていた。



「アル、もう故郷に帰ろう? もう十分頑張ったよ。アルは悪くない、わたしたちにはどうしようもなかったんだよ」


 ここ数日ドアの外から声をかけ続けているけど返事は帰ってこない。しばらくはそっとしておいたほうがいいのかもしれない。

 アルだけではなく私自身にも問題が起きていた。

 あの日魔物を封印する魔法を使うため周囲の魔力を吸いすぎたからかずっと体の調子がおかしい。体が熱く体内の魔力をコントロールできない。

 その日もいつものようにご飯を置いてから去ろうとすると、突然のめまいとともに意識が薄れれていく。

 あ、まずいと思った時には目の前には地面が迫っていた。



 僕はいったい何をやっているんだろう。自分の夢だった研究は今はもう完全に自分の手元から離れて別の人たちが進めている。巻き込んでしまった村の人たちにも合わせる顔がない。

 ドアの前でノアの気配がした。いつものようにごはんを置いてくれているのだろう。勝手に夢を語って王都まで来て、ノアまで連れ出し申し訳なくてしょうがない。もうぜんぶ忘れて故郷に帰ろうか。

 そんなことを考えていると突然外から何かが倒れる音がした。


 妙な胸騒ぎがしてドアをあける。そこには地面に倒れているノアの姿があった。


「ノア、どうしたんだ!?」


 身体を揺り動かすが、すぐに違和感に気が付く。ノアの体内に流れる魔力が乱れている。体も燃えるように熱い。


「これは、魔力暴走!?」


 この感じは覚えがある、魔力を吸収しすぎた動物が魔物化するときにおきる現象だった。

 原因はいくつか思い当たる節がある。この前魔法を使っていた時いつもより大きな力を使っていた。

 魔力暴走は取り込みすぎた魔力が許容量を超えてしまい体に異常が出てくる。その結果コントロールできなくなり際限なく魔力を周囲から集めてしまう、世間では魔物化と言われる症状だった。


 自分の研究室のベッドに急いで運び、ノアの体に触れ意識を集中させながら魔力を吸い上げる。これで一時的に体内の魔力を減らすことで体の負荷を下げることができるはずだ。

 つらそうにしていた顔が少し和らぎ、ノアの意識が戻り目を開けた。


「ごめんまた足引っ張っちゃったね、私は大丈夫だから」

「違う、違うんだ! 全部俺が悪いんだ。俺が巻き込んだんだ。ごめん、ごめんな。ノアだけは絶対助けてみせる」


 ノアは何かをささやくと、力尽きたように眠りについた。その額の汗をぬぐうと、覚悟を決めた。


 恥も外聞も捨て新設の研究所から新薬や機材を勝手に持ち出し寝る間を惜しんで研究に打ち込んだ。

 魔力が増えすぎてコントロールする体の力が落ちている。今のところ魔力を定期的に外から吸い出すしか対処療法がない、ならば……。あいつらの研究成果を使うのは嫌だがこの前魔物に使われていた薬をもとにして人の理性を保ったまま体のほうを進化させる方法を作り出す。


 寝る間も惜しんで研究し何度目かの朝が来た頃、魔力制御薬が完成した。



「ノア、大丈夫? 薬ができたよ。これで魔力暴走が収まるよ」

「ノア、もうほかには何もいらない。君だけはそばにいてくれ」


 ひと瓶だけ完成した新薬を一滴だけ口に垂らすと、熱が下がり魔力暴走が落ち着いてきた。汗をかいて険しい顔をして眠り続けていたその顔は、穏やかなものに変わっていた。

 効果が安定しないため使うのに注意が必要だが、これは体の魔力適性を上げる効果があった。おそらく普通の人間を魔法使いにすることができるだろう。もともと力のある魔法使いだったノアには今後どんな体の変化が出るかわからない、もしかしたらもう普通の人として生きていけないかもしれない。

 人道的という意味だとあいつらがやっていたことと同じなのかもしれない、でもノアだけは助けたかった、たとえ世界を敵に回しても。

 気づかないうちに世紀の大発見をしていたが、そんなことはもうどうでもよくなっていた。


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