第8話 崩壊の予兆


 そろそろ研究も次の段階だな。

 ふ、あいつがどう反応するか、見ものだぜ。



 ほかのメンバーは公爵家の豪華な馬車で移動しているため、いつものように二人用の馬車に乗って王都から村へ向かっていた。

 前はよく馬車の中でアルが研究のことを一方的に話ていたけど、今はそれが懐かしくなるほど静かだった。窓の外を疲れの残る顔で眺めているアルを見ていると、村にいくのは自分だけの物ではなくなった研究所で疎外感を感じているアルなりの息抜きなのかもしれない。

 静かな馬車に揺られながら眺めた空の景色は曇っていて薄暗かった。



 いつも通り村の周りの魔物を捕獲したあと、現地での研究は後日となりその日はお開きとなった。ほかのメンバーはこんなみすぼらしい村にいられるかと自前の馬車で過ごしている中、私たち二人は村の子供たちも招いて村長の家でちょっとした宴会になった。

 知らない大人たちが来たことにおびえていた子供たちを元気づけるため、アルは王都の話をしたり魔物たちとの戦いや冒険譚を語ってみせたると、子供たちはそれを目を輝かせてきいていた。久しぶりに楽しそうに話す姿を見ていると、故郷の村にいたころの無邪気な姿を思い出していた。



「よし、今のうちにやれ」

「ほ、ほんとうにやるのかよ、これ下手したらこの村が……」

「いいんだよ、こんな村一つどうなったって。下手うってもアイツらのせいにすればいい。なんたってこの研究の責任者はあいつらなんだからな」




 夜がふけ静まり返った中、空気中の魔力の異変を感じ目が覚めた。

 突如家の外から咆哮と木々が折れる音がした。急いで表に出ると見たことないような巨大な魔力をまとった奇妙な魔物が村を襲っていた。

 アルの姿を探すと騒ぎに気が付いて魔物に向かっていく姿が目に入った。しかしそこから放たれた攻撃魔法は魔物に傷ひとつつけることができていなかった。


「くそ、魔法が弾かれる!!」

「アル!」


 アルに反撃しようとする魔物へ拘束魔法を発動し一瞬動きを止めるが、魔物が唸り声をあげ暴れると拘束をたやすく引きちぎった。


 だめ、私の魔法じゃ足止めもできない!

 

 アルも一瞬の隙を見て詠唱した魔法を放つが、やはりかすり傷を負わせるだけでその動きを止めることができなかった。


 異様なオーラをまとったその魔物からは今まで見たことないようなまがまがしいほどの魔力があふれていて魔法をはじいていた。

 焦る心をおさえて注意深く観察すると、魔物が周囲一帯の魔力を集めてその力を強化し続けているのを感じた。

 このままだとこの村どころか、この国が滅びてしまう! アルもなんとかしようと魔法を使い続けているが、周りに被害がいかないようせいぜいひきつけることしかできていない。覚悟を決めて私は空気中に漂っている魔力に意識を向ける。


 わたしだっていつまでもアルの後ろに隠れているわけじゃない!


 魔物の周囲に溢れる膨大な魔力を体内に強引に集め、今までで一番強力な拘束魔法を唱える。


「ノア!?」


 杖からあふれる強烈な魔力とその光に思わずアルが驚きの声を上げる。放たれた魔法は一瞬薄暗い夜空を真っ白に染め、魔物が帯びてる魔力ごとその光で包み込みその力を弱めていく。それはもはや拘束魔法ではなくおとぎ話に出てくる魔王を倒した封印魔法だった。



「これは…!?」


 動きを止めた魔物を調査しようと近づくと、捕獲した魔物は泡を吹いて死んでいた。明らかに様子が普通の魔物とは違ったが驚くことにそれは村に来た時に捕縛していたはずの魔物だった。

 急いで確認のため馬車に向かうと、そこには怪我をしている公爵の賢者と研究者たちがいた。近くに散乱する実験器具を見るとアルはすべて察しつかみかかった。


「なんだ? 平民ごときが貴族付きの魔法使い様に何か文句あるのかよ?」

「あれはいったいなんだ! 捕まえた魔物を使っての実験か? 村に被害が出てるんだぞ、これはいくらなんでも看過できない!」

「できないってんなら何なんだよ?」


 つかんでいた腕から逃れると、笑いながらささやいた。


「これは王命なんだよ」

「!?」


「これは秘密裏に進められている研究なのさ。最近開発されたこの新薬を注入すると扱える魔力が増えて力がより強化される。生物は魔力によって次のレベルに上がる。実験は成功だ! 簡単な魔法ならびくともしない。これは生物の進化への一歩だ!」

「知ってるか? 国は兵器となる魔物や人工の魔法使いを欲している。理性をまだコントロールできていないが、この薬が完成すればいずれはすべての人が魔法を使えるようになる。敵対してくる魔物も根絶やしにできるだろう。国ははじめからそういう計画だったのさ。じゃなきゃ平民でしかないお前に賢者の称号なんてやるわけないだろ? お前の望み通り魔物の脅威もなくなる。すべてお前の研究のおかげだ」


 絶句して身動きが取れない私たちをいちべつすると、ほかのメンバーと共に去っていった。


「いっとくがこれは口外禁止だからな。今後とも期待してるぜ。賢者様」



 空が薄明るくなるにつれ村の状態が徐々にわかるようになってきた。いくつもの建物は壊れあちこちでけが人が呻きながら治療を受けていた。子供たちの安否が気になり村長の家に急いで向かうと子供たちを保護している村長を見つけた。


「村長! 村の被害は?」

「ああ、村人何人かあの魔物にやられてしまった……。悲しいことだが、本当にあんたらがいてくれてよかったよ」

「そんな、私たちはなにもできなかったです」

「そんなことはない、あんたたちがいなかったらもっと被害が出てたはずだ。だから自分をそんなに攻めるんじゃないよ。こうして子供たちも無事だったわけだしね。ただ、早く研究を進めてこういうことが起きない世の中にしておくれ。それはあんたたちだけにできることなんだろう?」


 アルはただ歯を食いしばってうつむいていた。


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