第5話 王都の賢者様


「村を出立してもうすぐ三年がたちますが、お元気ですか?」

「王都へ来て魔法学校に入学してからというものあっという間に時間がたつのが早いですが、充実した日々を送っています」


 私はアルから届いた手紙を見ながら、馬車に揺られていた。


「魔法学校での勉強もあらかた終わり、要望を出していた研究内容が認められて念願の研究室を立ち上げました。まあできたばかりで、メンバーは今のところ自分だけなんだけど」


 あれから2年の月日がたち、私も村で成人の日を迎えた。

 王都に行ったアルからは魔法の本と定期的に手紙が送られてきた。アルは魔法学校で飛びぬけて優秀だったらしく周囲を瞬く間に追い抜いてしまい、独自にはじめた魔力と魔物化に対する研究は王国に発生していた問題を解決するきっかけを作った。

 その働きを認められて、魔法学校歴代最年少で偉大なる魔法使いである証である『賢者』の称号を得ていた。


「だからノアが研究室仲間第一号だよ。ノアなら学校での勉強もすぐ終えて研究についてこれるようになると思うから。また村の時のように一緒に暮らせる日を楽しみにしています」

 「約束、守ったよ」


 王都にいけばたくさん本が読める、そんな軽い気持ちで決めた約束だったけど、今では彼に会うのがちょっと楽しみだった。窓からは王都の城壁が遠くのほうに見えていた。



「ノア!!」


 王都につくとアルが到着を待っていた。

 2年ぶりに見る幼なじみは、記憶の中より背が高くなって凛々しくなっていた。忙しくしてるからかどこか疲れたような顔からも、昔感じていなかった成人した男性としての風格を感じた。


「ひさしぶり、変わんないね、アル」


 その時の感情がなぜか照れくさくて恥ずかしさをごまかすようにぶっきらぼうに答えた。そっけない態度をみてどこかうれしそうに笑い返してきた。その表情には自分のよく知るアルの姿があった。


「ようこそ、王都へ!」




「まあ史上最年少の賢者の称号っていってもね。魔法学校って名前はついてるけど、もともと勉強のために来てる人はあんまりいないんだよね」

「正直、国や貴族に雇われるために箔を付けたいって人が多くて、まじめに勉強してる人は少ないんだよ。だから勉強の合間に村にいたころ調べてた内容をまとめて発表したらさ、王城の人たちに目をとめてもらって。それでスピード出世ってわけ。それに研究室をもらったって言っても、機材も何もないこじんまりとした部屋一つだしね」


 まあ、早くに出世しすぎて周囲から嫌われて友達も一人もできなかったけどねと

いたずらがばれてしまったようににやりと笑った。


「よし、ノアが来たことで本格的にこの研究室をはじめられるぞ! とりあえず、王都近郊に研究の協力してくれてる村があるから、こんどそこにつれて行くよ。それまで、王都の生活を楽しんで」




 王都での生活は村とは違って刺激に満ちていた。

 いちばんうれしかったのは王都にある図書館でたくさん本があったことだったけど。

 魔法学校での生活は、アルの言う通り拍子抜けなものだった。

 魔力適性の多少ある人間が魔法使いを名乗るために通う場所であって、実際に魔法を使って魔物と戦えるようなものはほとんどいない。

 授業の内容じたいもアルが村に送ってくれた本を読んでいたおかげですぐにやることがなくなり、成績優秀ということですぐにアルの研究室に参加することを許可された。まあ、おかげで王都の本屋をめぐることができたのだが。

 学校のある時以外はずっと夜遅くまで本を読み漁っては寝たいときに寝る、私の王都生活はもうこれでいいんじゃないかと思った。


 残念ながら、そんなぐうたらな生活は幼なじみが許してくれなかったが。



「俺の研究はね、魔力が生物に与える影響を調べてるんだ。

 王都はいろいろ情報や機材もそろってるけど、どうしても研究の対象物が足りないからね。実際に王都の近くで魔物化してしまった動物を捕まえたりその地の魔力量や影響を調べたりしてるんだ」


 半分寝ているこちらの様子を気にすることなく、アルは目を輝かせて研究の話をしていた。


「これから行く村はね、王都近郊で一番魔力濃度が高い場所でよく魔物が出没する。だから討伐依頼の対価として研究に協力してもらってる。今までは俺の攻撃魔法しか使えなかったけど、今後はノアの拘束魔法が使える。ようやく研究が進みそうだなあ」


 朝早く部屋に訪れたアルにたたき起こされた私は寝不足のまま王都から出発する馬車に揺られていた。

 せっかく王都で本を読んでは寝たいときに寝る自堕落な生活ができると思ってたのにまた本のない村に行くのか、と思うとげんなりする。

 わたしは王都に来てもあいかわらずまっすぐな幼なじみに振り回される運命らしい。



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