第27話 勇者ざまぁ⑬脱走

side 王子(勇者)ライエル


 魔王にボコられて致命傷かとも思われるような傷を負ったものの、エメリア達に助けられて帰還し、以降も王宮で手厚い治療を受けていた王子であり勇者でもあるライエルはようやく目覚めて動けるようになった。

 ちょうどエメリア達がアラグリア大陸に向かって船に乗っているころだ。


「くそっくそっくそっくそっ」

 そんなライエルは枕に顔をうずめながらベッドを叩いていた。

 

 エメリアの奴め。

 まさか大精霊を4体もロデリグ大陸に連れて行って、魔王を倒しただと?


 魔王の魔力の残滓は取り逃がしたもののロデリグ大陸を見事に闇の魔力の支配から解放しただと?


 ラオベルグラッド王国の再興に寄与し、王となったレオメルドと婚約しただと?


 さらに魔王の魔力の残滓を追って、アラグリア大陸に向かっただと?


 世間の人々は『エメリアこそ英雄』であり、『もしかしたら聖女なのか?』などと噂しているだと?

 


 そこまでして僕をコケにして楽しいのか!?


 そんな力があったのなら最初から使え!

 わざわざルーディア大陸の解放に苦戦し、ロデリグ大陸での戦いで失敗するようなことをして、何がしたかったのだ。

 

 いや、何がしたかったかなんてわかりきっている。

 僕を追い落としたかったんだ。

 このバルグート王国を乗っ取りたかったんだ。

 

 くそっ。


 こんなにもわかりきったことなのに、国王陛下は僕の言うことを聞かない。

 なにが『エメリアは多大なる貢献をした。彼女によって我が王国の名声は世界に響いており、さらなる別大陸の国家などからも救援要請を頂くほどだ』だよ。

 国家運営は慈善事業じゃないんだ。

 ちゃんと対価を取っているかどうかすら怪しい。

 そこまで耄碌したか国王!


「許さんぞ。許さんからな、国王、そしてエメリア」

「誰を許さんだと?」

「ぐっ……僕の呟きをこっそり聞いていたのか。趣味が悪いな」

「お前がこれほどまでに愚かだったとは……どこで間違えたのやら」

 勝手に入ってきて勝手に落ち込むな、うっとうしい。

 しかしそんな国王を見て僕は思いついた。

 それと同時に聖剣を呼び寄せ……


「ぐぁあ……おっ……お前……」

 聖剣を振った。しかし、聖剣からはなぜか魔法の斬撃が出ない。


 そして、国王は刃を避けやがった。

 だが、かまわない。首を狙ったその一撃は残念ながら避けられたが、慌てて避けたのだろう。聖剣は国王の腕を切り落としていた。



 僕はそこでうずくまる国王を蹴り飛ばして部屋を出た。

 様子を見ていた騎士たちは僕を避けて国王の方へ駆け寄り回復魔法をかけている。

 

 こんなところにいる必要はもうない。

 僕は自由だ。


 聖剣を持って出て行こうとするが、なぜか重くなった。

 聖剣まで僕を裏切るのか。

 お前もエメリアの味方なのか。

 ふざけるなよ?

 もうお前なんかいらない。









「それで、あれはどこへ行った」

 騎士たちによって回復した国王は、騎士団長に問う。


「ライエル王子はあのまま歩いて城を出られました。しかし、そこからの行く先は申し訳ないですが、追えませんでした。魔力を使って移動される王子は早く……」

 騎士団は国王の腕を切り落とした謀反人・ライエルを捕らえることができなかった。


「国内に触れを出せ。あのバカ者を捕まえろ」

「しかし陛下。ライエル様は王子です。余計な混乱を国民に見せるわけには」

「よい、一時的なものだ。もともとあれの名声など地面を潜ってどこかへ行っておる」

「しかし……」

「くどい。あれは放逐する。次期国王は従弟の子であるレクターとするので、そのつもりで動け!」

「なっ……」

 騎士団長はライエル派……ライエルの母の実家の親戚であり、これまでずっと支援してきた。しかし、それも崩れ去った。ライエル王子の凶行によって。



 国内全土に指名手配の触れが回るも、国民の多くは既にあきらめムードだった。

 そもそも英雄となったエメリアにパーティー追放と婚約破棄を言い渡した話は広く出回ってしまっている。

 国王陛下自身が恥を忍んで周知を許可したからだ。

 しかし国王陛下は、周知にあわせて謝罪したこと、引き続き王国の意向を踏まえてエメリアが活動することも公表してダメージを抑えていた。

 

 今回の件も国民が国の将来を不安視するのに十分なレベルで酷い内容だった。

 だが、同時にライエルの廃嫡とレクターの立太子を喧伝することによって、王国及び王家のダメージは最小化していた。



 

 そんなことは全く理解せずライエル王子はペリオリア侯爵家を訪れていた。


「スーメリア、もう僕たちは2人で戦うしかない」

「ライエル様……」

 そして、悲劇の主人公という立場を妄想して、その妄想に浸っていた。

 涙を流しながら抱き合う2人。

 気分は有名な悲恋の物語の登場人物そのものだ。


 2人の心の中で燃え盛るエメリアに対する怒りは時間が経つごとに膨れ上がっていく。

 100人が聞いても100人が『お前らが悪い』という物語展開でも、この2人はいまだに自分たちが正しいと思っている。


「ライエル様、すみません。我がペリオリア家も日和見を決め込むようでして、もはや信頼できないのです」

 スーメリアはライエルに言う。

 彼女にとっては何を置いても支援して全てを捧げるべき対象であるライエルに対して協力を断ったペリオリア家を批判しているのだ。


 ……この場には彼女を護衛する兵士や、お茶やお菓子の世話をする侍女たちがいるのだが、彼女の眼には入らないらしい。


「行こう、スーメリア。僕たちは僕たちの場所にいるべきだ」

「はい、ライエル様」

 そして手を取り合って出て行った。


 ペリオリア家の侍従長は頭を抱えたが、ペリオリア侯爵本人は慌てずに王宮に報告した。ライエル元王子が来たこと、力が強く抵抗はできなかったこと、スーメリアを連れてどこかへ行ったこと、そしてスーメリアをペリオリア侯爵家の籍から抜いたことを。

 

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