1.2xx、ブリュースターの陽光 ツリウム・ホルミウム:ガドヴァナ結晶を添えて

 これまで過ごした時間を説明しようとすると、文章でなら長文になるのに言葉にすると意外に短くなる。一日は長く、一生は短いと、最初に例えた人は【時間】についてよくよく理解していたのだろう。


 気さくに自分に話し掛けて来た少女は、ユキの一言で感情を全て下ろし「此処に来い、それまでは誰にも会うな」と言い地図と住所を簡単に書いた紙を渡して警官と共に去って行った。



「Airが解読してくれたけど……ここ、かな?」



 指定された時間は夕暮れ時の18時、場所は一見倉庫に見える大きなシャッターが下りた建物だ。時間までは迷彩維持したアクト・ブランシュの機内で待機し、そこでこの地の言葉を一通り覚えた。

 と言うより、Airを介して脳に差したプラグから言語体系をインストールした、が正しい。様々な銀河系の生物が寄り集まった銀河団において、統一言語の策定と普及は必須であった。よって、各生物の言語中枢にチップを埋め込み、電気信号で無理矢理に習熟させる。ユキの様な【地球】由来の【ジンルイ】ならば、基本左脳の底部から前部に掛けてになる。



「あー、あー……僕、ちゃんと【ニホンゴ】話せてる?」


――問題ありません。口語体等の【崩し】は実地で共に学んでいきましょう、ユキ


「そうだね……あ、Airはまだ黙っていた方が良いよね?」


――現状不明の為、私は携行端末に表示のみで意思疎通を図るのがよろしいかと



 Airには音声機能もある。熱源を探知してからAirの有用性を悪用されぬ様、意図的に音声機能を切っていたがしばらくは継続する必要があるだろう。少なくとも、この地・この星の文明が敵性か否かを知るまでは。


 全生命の叡智、人工知能Airのお墨付きをもらい、ユキは入口と思わしき小さな扉を開ける。巨大なシャッターの左にあったのだが、ユキは内心「手動扉なんて、非常通路以来だなぁ」と且つての母艦と愛機に思いを馳せながら薄暗い倉庫内に入る。

 しかし、人の気配は無い。なのに、どこからか微かに音が聞こえて来る。等間隔のリズム、音楽だろうか。ユキの知らない曲だった。それに、彼は僅かだがあるモノを感じていた。



(この感覚、まるでフェニックスの……?)


「おー、ちゃんと来たな?偉いぞ~」



 音の在り処を探そうと、暗がりの中で視界を巡らせていると、背後から声を掛けられ振り返る。そこに居たのは、



「でぃ、D・Dッ!」



 この地で初めて出会った、そして招待状の主であるD・Dであった。



「頼む、その名で呼ばないでくれ……あまり、良い思い出が無いんだ」


「あ、はい、ごめん……なさい」



 数時間前に見せたあの形相、では無いが明らかに不機嫌そうな表情を浮かべるモノだから、ユキは咄嗟に頭を下げ謝る。



「まぁ、きっとキミにとってその呼び方が染み付いてるんだろうから、人前で気を付けてくれれば構わないよ……さぁ、こっちだ」



 諦めか妥協か、少女は苦笑いを浮かべながら倉庫の隅、工具棚をずらして隠し扉を開く。その先には、地下へ続く階段が冷たい空気を吐いていた。



「あぁそうそう、恐らく知っているだろうが、私は【近濠麦秋】だ。色々な意味で四月に所縁があるな、名前で遊ぶな」


「何も言ってない……あ、ユキ=0410です」



 お互いに軽い自己紹介を済ませ、階段を下りる。その先には、見た目からその重量を感じさせる鋼鉄製の扉が鎮座していた。



「この先に、私の仲間がいる。詳しい話はそこでしたいのだが……まぁ、キミの味方だ、とは言っておくよ?」


「はいッス……」



 扉に備えられたパネルに割り振られた数字を押して開錠する近濠を横目に、ユキはそっと左腕のモニターを覗く。そこにはAirから一行、


 

――適合者の反応多数


(だよね……僕も感じてる)



 階段を下りる前から感じていたソレは、この扉を前にして強度が増している。


 適合者、とは多銀河間同盟の戦闘員、主に艦載機のパイロットを指す。ウエンカムイとの戦闘において、自身より遥かに大きい機体を操作する際、手足の部位を含め細部に至るまで自分の体の様に扱えるように強化手術を施す。アクト・ブランシュもその一つで、強化手術が成功した適合者は機体に搭載されている【ココロユニット】を介し、イメージで大雑把だが動かす事が出来る。操縦桿で細かい動きを補佐し、これによって亜光速が基準のウエンカムイとようやく対等に戦える。


 だが、強化手術は必ずしも成功するとは限らない。肉体が耐え切れず、命を落とす個体が半数以上存在する。だから【適合者】と呼ばれているのだ。それに、この強化手術に必要不可欠なモノがあるのだが……



(もし、もし本当に【適合者】なら……急がないと)



 ギギッと錆が枠に擦れる音と共に扉が開かれると、100人は入るであろう広さの地下室に溢れる色取り取りの光と爆音の音楽がユキを襲った。

 彼は後に知るが、此処はライブハウスであった。



「ようこそ、私の秘密基地【ミレニアム】へ」



 顔だけユキに向け、意地悪そうな笑みを浮かべながら近濠は指を一度鳴らす。すると、示し合わせたかの様に音楽はピタリと止み、談笑で盛り上がっていた数十名の若い男女が口を紡ぎ、ユキを凝視する。



「ぅぇ……ど、どもー?」



 おずおずと右手を上げて小声で挨拶をする。ユキはあがり症で、少人数ならともかく見知らぬ人が大勢居る場所が苦手であった。しかも、全員が自分に注目している……この状況、ユキにとっては拷問に等しい。



(人目が気になるからパイロットやってるのにッ!無理!吐きそう!)



 アクト・ブランシュは一人乗りだ。座して戦場に出れば誰の目も気にしなくて良い。モニター越しに顔は見えるし見られるが、少数だしいずれも知己の仲だ。赤の他人の刺す様な視線は、やはり耐え難いのだと改めて思い知らされる。



「諸君、連絡した通り彼が【異界の住人】だ。言葉で説明せずとも感じるだろ?彼の【魔導力】を……」


(そう言えばD・D、最初に会った時も言ってたけど【魔導力】って何だろう?此処の人達は【適合者】じゃないのかな?)



 ユキが室内に居るほぼ全員から【適合者】の気配を感じるのと同様に、彼ら彼女らもまたユキに【魔導力】を感じていた。それも非常に強力な。これも後々に知るのだが、言葉が違うだけで同じモノを指している事を聞かされる。



「メールが来た時は信じられなかったけど……」

「密度も濃度も桁違いじゃん……」

「マジもんか……」

「じゃああの話も……」



 それぞれがユキを舐め回す様に眺め、それぞれに感想を言い合いざわつき始める。それを近濠は手を二度叩いて静め、話を続けた。



「諸君ら同様、彼の事は私達【ミレニアム】で匿おうと考えている。なので、分かってはいるだろうがこの事は口外しない様に」



 どうやら、此処に居るモノ達にも様々な事情がある様だ。しかし、とユキは思う。



(偶然か否か……また【ミレニアム】……)



 元の世界からの去り際に聞かされた、自分が友人と共に立ち上げた組織、後の多銀河間同盟と同じ名前の団体。そこに表現出来ない因果の様なモノを感じてしまう。



「さて、皆にキミを紹介したいのだが……人前に立つのは苦手なタイプかな?」


「ハイ、ソウデス……」


「ふむ……彼の名はユキ、えっと何だっけ?」


「ゆき、デ、カマイマセン……」


「ん、ユキだ。追々、皆とそれぞれ適当に話をして欲しい。コミュニケーションの第一歩は、互いに相手を知る事から、だからな」


「ハイ、ソノトオリデス……」



 多くの視線に緊張感から体が強張り片言になる中、信じられないモノを見たかの様な表情で彼、ユキに近付く二つの人影があった。



「ッ、う、嘘だろ?」


「ユッキー、なの?」



 薄目だった眼を見開き、ユキが二人の男女を捉えた時、ユキは一瞬呼吸を忘れ、次の瞬間には過呼吸気味に浅く早い息をしながら口を開いた。



「なん、で?」


「ユッキ!どうして此処にッ!?」


「ユッキー!」



 困惑する近濠を尻目に、ユキは後ずさりながら交互に二人を指さす。



「ポールさん……マヒマ……」



 高い背丈の青年、それは且つての戦友ポールと瓜二つ。そして、小さな体躯の少女は自分が愛した人、マヒマそのものであった。



「「「なんで生きてるの?」」」



 三者同様に異口同音を述べ、互いに驚愕の表情で固まる。

 丁度、その間に立つ近濠は視線を交互に送って、人差し指を交差させつつこの場に居るその他大勢の疑問を口にした。



「……知り合いなのかい?」



 訝しむ近濠をよそにポール、のそっくりさんと思わしき青年が簡単に説明する。



「いや、ドクター……その、ユキは俺やマヒマ達の幼馴染なんだ……なんだけども」


「えっと、ユッキーは6年前に、その……亡くなっちゃった、んだよ?」


「……ぇ、いやいや、二人は第11億330万2901次じょうぎ座三連星会戦で戦死したはずなんだ!だって、僕が!僕、だけが……ぅッ!」



 既に死別したはずの二人を前に後ずさりながら、ユキは彼らの最期を思い出し、己が無尽蔵の亡骸を捨て一人だけ逃げのびた事実が深く刺さった。罵られ、励まされた言葉が幾つも何度も頭の中で反響し、生理現象として無いはずの食道を通じ、体内循環液を吐き出してしまう。



「おぅぇ、うっぷ」


「大丈夫か?」


「ユッキー!?」



 ビタビタッと床にぶちまけられた液体は、大よそ通常の人間が嘔吐するようなモノでは無く、サラサラとした乳白色だ。だが、今それを気に留めたのは近濠一人であり、ポールとマヒマの二人はその場に蹲るユキに駆け寄り、他の全員も心配そうな視線を向けどうしたものかとオロオロしていた。



(もしも、この液体が私が“いずれ”造るアレだとしたら……)


「……カントール、この液体のサンプル採取を頼むよ」



 近濠がそう言うと、背後に立っていた長身の女性が静かに頷き、手際良くゴム手袋を着けスポイトとシャーレ、試験管にユキがぶちまけた体液を採取する。

 その間、近濠はパニック状態になり掛けているユキへとゆっくり近付いた。



「えっと、ユキ?安心して欲しい。此処にキミの敵は居ないよ……彼は、亡くなっているのかい?」



 近濠の問いに、バツが悪そうにマヒマが答えた。



「えぇ、はい……私とポールさんと、ゼイラムさんで葬儀も出棺も納骨もしました……はず、です」


(ふむ……同一人物とは考え難い、しかし見た目がそっくりなだけでなく互いに相手を“知っている”……タイムパラドックス?いいや、宇宙検閲官はまだ証明されていない……が、成り立つ可能性だって残ってる訳だ……いや、もっとシンプルか?例えば多元宇宙が在って、別の可能性としてのユキ、そして彼から見た私達……駄目だ、仮説に仮説を重ねたって意味は無い。今は何より、ユキから少しでも情報が欲しい)


「ぇ、ゼイラム君も、居るの?」


「あ、あぁ!居るんだ!居るよユッキ!覚えて、無いか?」


「そうだよ!私達、小さい頃から一緒に遊んだり喧嘩したりしたんだよ?」



 焦りながらも笑みを浮かべ、ポールとマヒマはユキに共有の思い出を語る。それが彼を……壊した。



「……無いだろッ!そんな事ぉ!全員死んだ死んだ死んだ死んだんだよ!!僕だけが逃げて来た!!!皆を置いて逃げ出した!!そんな事、何一つ知らないんだから!!ポールさんもマヒマもゼイラム君も皆!!!僕は見捨てて一人生き残ってるだけのクソガキなんだって!!!」


「ゆ、ユッキー?」


「触るなッ!!寄るな!近寄るな!話し掛けるなッ!!!」



 座り込みながらも、ユキは何もかもを振り払うように手を振り回し、完全に錯乱状態に陥っている事は誰の目にも明らかだった。だが、その視界に近濠を再び捉えると一変、今度は彼女に縋るようしがみ付く。



「D・D、いつもの……いつものあのお薬を下さいッ!何もかも忘れて幸せになれるアレ!いつもくれたじゃないですかッ!?お願いします!」


「いつものって……ッ、まさか」



 その場の誰もが知らないが、彼女とその護衛であるカントールの二名だけが察した。いずれ来るであろう苛烈な戦いに際し、絶対に必要となるであろう戦闘要員用のある薬……まだ実用化出来ていないソレを、ユキは知っている。と言う事は、ユキが知る近濠はソレを完成させ、常用させていた事の証左であり、己の業の深さに軽く絶望せざるを得なかった。



「あ、あぁすまない、今は処方するよ。すぐに楽になるから力を抜いてくれないか?」


「良かった、ありがとうございますD・D……」



 首筋を伝う一筋の汗を感じつつ、近濠はユキの左頬に自身の右手で軽く触れた。すると、先程まで大声を張り上げていたユキは途端に静かになり、座ったまま力無く項垂れる。



「あれが、近濠の【魔導】か……」

「初めて見た」

「話には聞いていたけど……」



 その場に居る各々が口々に自然と感想を吐露する。



(近濠さんの……【意識奪取】、久しぶりに見た)



 ユキは後に知る事となるが、彼が知る【適合者】とこの世界で言う【魔導力】は非常に似ている。一点、異なるのは【適合者】は人工物だが【魔導力】は先天性の天然由来で【魔法】とも言える不可思議な現象を引き起こせる事だ。近濠の場合、相手の意識を触れる事で奪い気絶させる事が出来る。

 とは言え、天然由来の為に非常に限られた人間にしか現れず、また自覚が無いモノが大半だ。この場に居る全員は【魔導力】を持ち、且つ自覚があって制御出来る人物達である。ある事情により、世界中から近濠とその協力者によって集められた男女なのだが……



「すまなかった、諸君。まさかこうなるとは……」


「ドクター、分かる範囲で良いんだが、状況を教えてくれないか?」



 全員が思っている事をポールが代表して尋ねる。それに対し、近濠は腕組みをしながら慎重に言葉を選び、答えた。



「……事前連絡通り、彼は別世界からの客人だ。そして恐らく、その世界には彼が知る同姓同名の人物が居たのだろう……ポールやマヒマの様に。此処からは更に仮説なんだが、私やキミ達が感じ、私達が冥王星外縁部で遭遇した“あのバケモノ”共と凄惨な戦いをし、何らかの理由でこちらの世界に来たと思われる」



 彼ら【魔導力】を持つモノは2年前、場所を問わず同時にある音を聞いたのと同時に得も言われぬ恐怖心を抱いた。その後、近濠の協力者、いや協力機関が準惑星冥王星外縁部、オールトの雲の手前で1体の無機物を含んだ生命体を発見。多大な犠牲を払って無力化したそのバケモノが、恐怖心の正体であり、いずれ大挙を成して地球に襲い来る事を“知って”しまった。

 この世界ではまだ【魔導力】は一般に知られていないし、まだまだ研究が進まないオカルトと言ってしまえるモノだ。単なる勘違いやその類であればそれで良い……が、念の為に世俗からは隔離しいざと言う時の為の準備をしていたのだが……



「参ったな……最初は魔法が使えるぞひゃっほぅ、としか考えていなかったのに……」



 ユキの存在と状況証拠が、確定では無いものの危惧する事態の裏付けになっている。



「とにかく、ユキが起きたら事情聴取をし……ッ!?」


「あぇ?D・Dだぁ」



 先程、確かに意識を失ったはずのユキが顔を上げ、涎を垂らしながら恍惚とした表情で無邪気に近濠へ無垢な笑みを向ける。



(有り得ない。近濠さんの【意識奪取】は、熊や象はおろかナガスクジラだって一瞬で気絶するし5時間は目覚めないはず!)


(強靭な肉体か、精神か……いや、恐らく“あっちの私”が何かしたんだろうな)



「やぁユキ、気分はどうだい?」



 努めて冷静に、しかし動悸は激しく己の心音が煩いが近濠はなるべく優しく、ユキに目線を合わせて尋ねる。



「ぅえ?良いですよぅ?やっぱりD・Dのお薬はよく効きますねぇ、えへぇぇ」



 その様に何処か不気味さを伴う寒気を覚えるが、アイコンタクトでポールとマヒマに彼を椅子に座らせ、その対面に近濠も座り、一度大きく喉を鳴らしてから口を開いた。



「ユキ、まずはおかえり。疲れているところすまないのだが……これまでの事を簡単にで構わない、教えてもらえないだろうか?」


「疲れはありませんよぅ?D・Dの生体ユニットのお陰です。しばらくは交換も要らないかとぉ……これまでの事って、何ですかァ?」



 再び、慎重に言葉を選ぶ近濠の背後でカントールが電子端末でこの様子を録画しつつ、問いと回答をメモしている。



「あ、あぁ、実はキミに与えたのは新薬でね。記憶の順番や齟齬が無いか確認しておきたいんだ。突然ですまないが、協力してくれるかい?」


「はいぃ、D・Dにはお世話になっておりますからぁ喜んでぇ」


「ありがとう……それではユキ、幾つか質問をさせてもらうよ」



 こうして、快楽により退行した一人と緊張により胃が痛むその他大勢の事情聴取が始まった。




――私は解いた。だが、此処では余白が足りない


――それでは、ここで終わりにしたいと思います



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