第4話 内緒の逢瀬

 俺は鼻歌を歌うガラティアに手を引かれながら、女子たちと女子寮への道を歩いていた。


 美雪みゆきが楽しそうに告げる。


「すっかりガラティアになつかれちゃったね、悠人ゆうとさん」


 優衣ゆいが微笑ましそうに告げる。


「ほんとね――でも、なついたのはガラティアだけなのかしら」


 そりゃどういう意味だ?


 瑠那るながきょとんと優衣ゆいを見て告げる。


「ガラティア以外、誰がなついたって言うのよ」


 優衣ゆいが女子全員の顔を見回しながら告げる。


「みんなさっきはとっても良い笑顔だったし、今も楽しそうよ?

 もしかして、悠人ゆうとさんと一緒に居るのが楽しいんじゃない?

 ――もちろん、私は楽しいわよ?」


 四人の女子が顔を赤く染めていた。


 ……そう照れられると、俺まで恥ずかしくなるんだが。


 ガラティアが振り返り、無邪気な笑顔で告げる。


「それなら、今夜は私の部屋でおしゃべりの続きをしない?

 夕食が終わったら、みんなで私の部屋に集まろうよ!」


 優衣ゆいが微笑みながらガラティアに応える。


「あら、いいの? あなたの部屋を使っても。男子を部屋に上げるのよ? 怖くないの?」


 ガラティアがきょとんとした顔で優衣ゆいを見つめた。


「怖いって、何が? 悠人ゆうとの何を怖がるの?」


 こいつ、無邪気だなぁ……女子中学生が女子寮の部屋に、高校生男子を上げるって話なんだぞ?

 普通は警戒すると思うんだけど。


 由香里ゆかりが赤い顔で俺に告げる。


「それなら、悠人ゆうとさんの夕食をコンビニで買っていきましょう!

 私たちが夕食の間は、ガラティアの部屋で待っていてください!

 ――わぁ、まだお話しできるんですね! 楽しみです!」


 この子も乗り気なのか……。


 瑠那るなが頬を染めながら告げる。


「まぁ、女子五人が一緒なら、変なことにはならないでしょうし。

 ガラティアの部屋を使うなら、私は構わないわよ」


 優衣ゆいが両手をポンと叩いた。


「決まりね。そこのコンビニに立ち寄りましょう」


 これは、断れる空気じゃないなぁ。

 まぁそんなに遅い時間にはならねーだろう。


「はいはい、おしゃべりにつきあえばいいんだな」


 俺は笑顔の女子たちに囲まれながら、コンビニに食料を買い込みに入っていった。





****


 海燕うみつばめの女子寮は、オートロック式のマンションを借り上げたものらしい。


 エントランスで彼女たちが次々と携帯端末デバイスをかざしてロックを解除していく。


 優衣ゆいが俺に告げる。


「こうして門限チェックをしてるの。

 監視カメラはあるけど、普段はチェックされないから安心して」


「おいおい、そういう秘密は教えるなよ。危ないだろうが」


 優衣ゆいがチャーミングな笑顔で俺に微笑んだ。


「あら、悠人ゆうとさんだから教えたのよ?

 他の男性に簡単に教えるわけ、ないじゃない」


 そこまで信頼されると、なんだか照れてくるな。


 俺は頭をかきながら告げる。


「それで、俺はどこに行けばいいんだ?」


 ガラティアが再び俺の手を引っ張って応える。


「私の部屋はこっちだよ!」


 中のエレベーターホールに移動して、エレベーターに六人で乗り込む……女子五人に密室で囲まれると、女子の匂いが鼻にまとわりついてくる。


 どこか落ち着かない気持ちでいると、どうやら女子たちも気分は同じようだ。どこかそわそわと落ち着きがない――ガラティアは、ワクワクしているだけのようだけど。


 短い密室の旅行が終わり、三階のホールに出る。ガラティアを先頭に無人の廊下を歩きながら、俺は小声でみんなに尋ねる。


「他の子にばったり出くわしたりしないのか?」


 美雪みゆきが笑顔で振り向き、普通の大きさの声で応える。


「この時間は夕食の時間で、みんな食堂に行ってるんだよ。

 その後は共有スペースでみんながおしゃべりして過ごすんだ。

 だから、ばったりでくわすことは、まずないと思うよ」


「そうなのか……でも、女子寮なんだし、堂々としてるのも変な気分だな」


 優衣ゆいがいたずらっ子のように俺に微笑んだ。


「実はね、男子を連れ込む子はそれほど珍しくないの。

 もちろん、他の子に迷惑をかけないことが絶対条件だけどね。

 これ、内緒よ? 他の学校の人に知られるとまずいから」


「だから、そういうことをペラペラと教えるなって……」


「フフ、秘密を共有すると、なんだか親しくなれた気がしない?」


 そこまで信頼されるのは光栄だけど、男として複雑な心境にもなる。


 瑠那るながため息をついて告げる。


「他の子も出会いに飢えてるのよ。

 だからどうにかして見つけた男子と仲良くなって、部屋にこっそり連れ込んじゃうの。

 普通は昼間だけど、まれに夜に連れ込む子も居る……その一人に、自分が加わるなんてね」


 由香里ゆかりが頬を染めて告げる。


「なんだか、悪い子になった気がしてドキドキしますね」


 背徳感って奴か。確かに、なんだかものすごい悪いことをしてる気分になる。

 それを六人で共有してるものだから、奇妙な連帯感まで覚える。


 ガラティアが扉の前で立ち止まり、俺に振り返った。


「ここだよ! 私の部屋は!」


 そう言って扉に携帯端末デバイスをかざしてロックを解除し、ドアを開けた。





****


 ガラティアは俺をリビングまで連れて行ってから告げる。


「じゃあ私たちは夕食に行くから、ここで待ってて!」


「おう、ゆっくり食べてこい」


 美雪みゆきがいたずらっ子の笑みで俺に告げる。


「いくら人の目がないからって、女子の部屋をあさっちゃだめだよ?」


「するか! そんなこと!」


 俺は苦笑を浮かべて五人を見送った。


 改めて部屋を見回すと、実に質素な部屋だ。あまりガラティアらしくない。

 据え置きの家具が置いてあるだけで、私物がほとんど置いてないように見える。

 あいつのことだから、もっとかわいらしいものが置いてある気もしたんだけど。


 ……いや、観察するのもよくないな。


 俺はため息をついて、袋から握り飯を取り出して食い始めた。





****


 花鳥風月の四人とガラティアは、混雑する食堂で少し遅めの夕食をとりながら、思い思いの言葉を口にしていく。


 美雪みゆきがガラティアに告げる。


「男子を部屋に上げて放っておくなんて、よくできるね」


 ガラティアはきょとんと美雪みゆきを見つめた。


「なんで? 悠人ゆうとが部屋に居るのが、何か問題?」


 優衣ゆいが困ったように微笑んだ。


「ガラティアは単に無防備なだけでしょうけど、悠人ゆうとさんなら大丈夫よ。

 彼、今まで一度も嘘をついていないのよ? あれだけ言葉を交わしていて、信じられる?」


 由香里が驚いて目を見開いた。


「そんな人、居るんですか?!」


「実際に居たのだから、認めるしかないんじゃない?

 そりゃあ私の異能を怖がらない訳よね。彼にとって、嘘をつくことが不自然なのよ。

 自然体で誠実で居られる人――貴重よね」


 瑠那るながジト目で優衣ゆいを見つめた。


「ずいぶんと高評価だけど、まさか本気で狙ってたりするの?」


 優衣ゆいが楽しそうに瑠那るなを見つめた。


「どうかしら? とても興味深い男性だとは思ってるけど。

 あれだけ好条件の物件、まず見つけるのは困難だと言っておくわ。

 この出会いをものにするかどうかは、私たち次第じゃない?」


 由香里ゆかりが頬を染めて考え込んだ。


「これからの六年間、男子と出会う機会なんてほとんどないです。

 そんな条件であれほどの人と出会うなんて、これはもう運命と行っても良いかもしれません」


 瑠那るなが頭を抱えていた。


「ちょっとやめてよー! 友達と男子を取り合うとか考えたくないんだけど!」


 優衣ゆいが微笑みながら瑠那るなに告げる。


「取り合いになるかどうかは、まだわからないわよ?

 それも含めて、今夜見極めるつもり」



 女子たちはわいわいと忌憚のない意見を交わし合い、今夜の予定を立てていった。





****


 俺が食後の筋トレをしていると、ガラティアが部屋に戻ってきた。


 ガラティアの元気な声が部屋に響く。


「ただいまーって、あれ? 何してるの? 悠人ゆうと


 俺は筋トレを中断して身体を起こした。


「ああ、待ってる間暇だから筋トレをしていた。

 悪いけどタオルを貸してもらえるか?」


「うん! いいよ!」


 ガラティアがタンスから取り出したタオルを受け取り、俺は「サンキュー」と告げて汗を拭き取っていった。


「それで、他の子はどうしたんだ?」


「先にシャワーを浴びてくるって、自分の部屋に帰っていったよ-」


 おいおい、風呂上がりの姿で集まる気かよ。

 どんだけ俺は信用されてるんだ?

 それとも、女子校の女子寮だから警戒心が緩んでるのか?


 俺は頭痛を覚えながら、ペットボトルの水を飲み干していった。


 ガラティアは黙って俺のそばに座り込み、俺のことを見つめていた。


「なぁガラティア」


悠人ゆうと、私のことはティアって呼んでよ」


 愛称呼びかよ……ハードル高いな。


 俺は気恥ずかしさを咳でごまかし、ティアに告げる。


「じゃあティア、お前はそうやって見てるだけで良いのか? おしゃべりするんじゃなかったのか?」


「それは後で、みんなが来てからにするよ。今はこうしてそばに居るだけで楽しいから、それで充分!」


「不思議な奴だな、お前は」


 俺は黙って汗を拭き取りながら、汗が引くのを待っていた。



 やがて女子たちがティアの部屋に集まってくる。


 優衣ゆいが楽しそうに目を細めて俺に告げる。


「あら、ガラティアと二人きりでも手を出してないのね。感心感心」


「当たり前だろう、何を言ってるんだ、優衣ゆいは」


 風呂上がりの女子たちは部屋着に着替えていて、薄着が目の毒だ。

 俺はなるだけ彼女たちの服を見ないようにしながら言葉を交わしていく。


 由香里ゆかりが頬を染めて俺に告げる。


「生まれて初めて上がる、女子の部屋の気分はどうでした?」


「どうって言われてもな……男の部屋とは匂いが違うなってぐらいしかわからないよ。

 じろじろと見て回るわけにも行かないしな」


 美雪みゆきが楽しそうに頷いて俺に告げる。


「さすが優衣ゆいの信頼を勝ち取るだけはあるよね。ちゃんとわかってる!」


「なにをだよ……当たり前のことだろうに」


 優衣ゆいが俺に顔を近づけて告げる。


悠人ゆうとさん、なんだか不思議な香りがしますね。何かつけてますか?」


 俺は頭をかきながら応える。


「あー、待ってる間、暇だから筋トレをしてたんだよ。汗のにおいじゃないか? 汗臭くて悪い」


 由香里ゆかりも、頬を染めたまま俺に顔を近づけて告げる。


「くさいなんてとんでもないです。なんだか不思議な香りで、嗅いでるとドキドキしてきます」


 おいおい、大丈夫か女子校生。


 ティア以外の四人が俺の周囲に集まって匂いを嗅ぎ始めた……俺は珍獣か?


 そのうち、俺が首から提げていたタオルを美雪みゆきが奪い取り、その匂いを嗅いでいた。


「わー、これすっごい香りが強い! これが悠人ゆうとさんの香りかー。なんだかドキドキするのに安心するね」


 由香里ゆかりが慌ててタオルの端に鼻を近づけて匂いを嗅ぎ出した。


「……ほんとです。心地よい香りですね」


 優衣ゆいまで加わり匂いを嗅ぐ異様な光景に、俺は内心で引いていた。


 ふと見ると、瑠那るなはもじもじと俺の顔と、タオルを嗅ぐ三人とを見比べていた。


「どうしたんだ瑠那るな。何か言いたいことがあるのか?」


「な、なんでもないったら!」


 ティアが明るい声で告げる。


瑠那るなもタオルの香りを嗅ぎたいんだけど、悠人ゆうとの前だと恥ずかしくてできないんだよ!」


「わー馬鹿! そういうこと言うな!」


 真っ赤な顔の瑠那るなが、慌ててティアの口を塞いでいた。


 ……女子校って、大変なんだな。男の匂い一つでこんな騒ぎになるのか。



 その後はゆったりとくつろぎながら、ファミレスの会話の続きをしていった。


 美雪みゆきがロマンス映画が好きだとか、由香里ゆかりは恋愛小説を読むのが趣味だとか、最近はどの作品がお勧めだとかで盛り上がっていた。


 連絡先も交換しあい、俺は彼女たちと新しいメッセージグループを作った――本当に、ガードが甘くて心配になる。



 ふと気がつくと、時計の針が十一時を過ぎていた。


「俺はそろそろ帰るよ」


 不満の声を上げる女子をなだめ、俺は立ち上がった。


 優衣ゆいが微笑みながら俺に告げる。


「私たち、明日は始業式だけで暇なの。今度は悠人ゆうとさんの部屋に遊びに行っても良いかしら」


「それは構わないけど……俺は午前中、授業があるぞ? 午後からになるけど、それでいいか?」


「ええ、それでいいわ。それに明日は金曜日だし、せっかくだから泊まりがけで一緒に映画でも見ない?」


「おいおい、女子校の生徒が男の部屋に外泊って、大丈夫なのか?」


 優衣がいたずらっ子の笑みで応える。


「外泊届けを出しておけば大丈夫よ。

 それに、こうして過ごしていて悠人ゆうとさんから変な視線一つ感じることはなかったわ。

 泊まりがけでも、きっと悠人ゆうとさんなら変なことにはならないわよね?」


「そりゃまぁ、そんなことはしないけどよ」


 なんだか、珍獣扱いが継続してるみたいだ。


 瑠那るなが立ち上がって告げる。


「じゃあ下まで送るわ。もう外を出歩いてる子は居ないでしょうけど、一人で居ると通報されるわよ」


「そいつは怖いな。よろしく頼む」


 俺は瑠那るなに見送られながら、女子寮を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る